第4話 200年越しに
【ユーリ・シルヴァローズ 60歳】
それからずっと、ずっとずっと、魔物の血肉を浴びる日々だった。
目の前の魔物を魔石に
フィオナが大規模魔法で魔物を殲滅し、残った奴らをドランが更に足止めする。それでも近づかれれば喰って、喰われて、喰い返して。その繰り返しだった。
ダンジョンに辿り着き、必死に攻略する。
攻略後、外に出れば帝国軍の戦死によって新たなダンジョンが出現している。
兵を殺し、民を殺し、じわじわと魔物の――ダンジョンの生息圏が広がっていく。
どうしようもない物量に押し上げられ――ついには帝国シルヴァローズまで飲み込まれた。
母も。シリル兄さんも。我が妃フェリスも。近衛騎士に城の使用人、城下の民ら。全部飲み込まれた。
目の前には魔物がのさばる帝都がある。そこには、穴やら門やら塔やらの好き勝手な形をして、いくつものダンジョンが墓場のように乱立していた。
我はどんなときでもおっとりとした母が好きだった。魔法が苦手で、それでも剣で武功を必死に立てるシリル兄さんが好きだった。プラチナブロンドの髪を揺らして微笑むフェリスを愛していた。愛の鞭と言わんばかりに虐待してくる騎士団長、我ら帝国を支えている使用人、民らも、好いていた。
それらが全てダンジョンとなった。
我は――僕はなんのために剣を抜いて、魔力を燃やしているんだろう。皇帝の使命が、今燃え尽きたというのに。
「ユーリ皇帝、私は貴方様の剣です。この拾われた命、ユーリ皇帝が折れぬ限り、この命が果てたとしても剣であり続けます。どうか……!」
荒れ果てた地。振り向くと、アリシアが剣を掲げて跪いていた。
アリシアは内乱を治めているときに拾った、戦争孤児だ。スラム街で浮浪者に襲い掛かられ、今にも朽ちようとしていた。それでも強い力を宿す瞳に釘付けとなったのだ。
それから剣を鍛え、魔力を練らせた。かの騎士団長の所業を虐待と言えないほどの過酷さで。それでもここまでついてきたというのは、アリシアには本当に才と運があったのだろう。それを血の滲む努力を持って結びつけた。
アリシアのプラチナブロンドの長い髪にフェリスを想起されられ、顔が歪む。姿も性格も全く違うというのに、生前、仲が良く2人でしゃべっていた姿が思い浮かんだ。
そんな感傷に浸っていると、ガッとドランに肩を組まれる。
「がっはっは! ユーリ様ぁ、もう生きてんのは俺たちくらいじゃねえですか? こんな世界で俺たちが生き残るなんてすげえことですぜ。ほんとに。早くぜーんぶ片付けて、たらふく酒を飲みましょうや」
フィオナに脇腹を杖で突かれる。
「魔物は人間と違って手加減しなくて良い、でしょ? 魔力ある限りわたしは尽きない。魔力が尽きても
僕は辺りを見渡した。魔物や魔法によって倒木し、枯れ荒れ果てた森。鼻の奥に染みついた腐敗臭、汚れた大気。
それでも仲間が3人いた。僅かに残った帝国軍と共に。
一度だけ、ため息を吐く。
「すまない、気の迷いだ。久しく考え事などする暇もなかったからな」
我は剣を掲げる。
皇帝としての使命は失くなった。
それでも我は皇族としてこの世界に生まれ落ちたのだ。そしてその命は未だ生きている。
我は皇帝ユーリ。
ただ、魔物を喰らい、ダンジョンを壊す。
【ユーリ・シルヴァローズ 70歳】
【ユーリ・シルヴァローズ 80歳】
【ユーリ・シルヴァローズ 90歳】
……
…………
………………
【ユーリ・シルヴァローズ 150歳】
皮肉なことに、帝国が飲み込まれてからは、ダンジョンは増えなくなった。腹立たしいことにダンジョンからしたら栄養がなくなったのだろう。
とは言え、しばらくはダンジョンから無尽蔵に湧き出る魔物は一向に減らなかった。
だが、最近になって魔物が減り始めているのが分かる。
今はもう不老である我、皇帝ユーリ、フィオナ、ドラン、アリシアのみの戦いだ。アリシアはその才にものを言わせて、ドランはドワーフという長寿種の年月の長さにものを言わせて、不老の術を身につけていた。
さて、幾度目かのターニングポイントだ。
その果てには何があるか――
【ユーリ・シルヴァローズ 200歳】
最後のダンジョン、魔導国家の跡地、天を突く巨大な塔。最後のダンジョン。
――グアアアァァァァァァッ!!
異形の悪魔の姿をした魔物――最後の魔物の慟哭が響き渡る。
フィオナが空を飛ぶ悪魔の背後を取り、不可視の刃で片翼に傷をつける。
バランスを崩したところにアリシアが切り掛かる。数百もの剣戟を打ち込む。
悪魔がアリシアに反撃しようとしたところにドランが悪魔の足を引っ掛けてバランスを崩させる。
一瞬の隙――魔力で研ぎ澄ました剣で我が一刀のもとに切り伏せる。
行き場を失った悪魔の魔力が空中に舞い上がる。
崩れ落ちて行く悪魔――その体の中心に、核となる魔石が見えた。ボスの核はダンジョンの核に通じている。
ドランが槌で素早く叩き割った。
ここから始まったのか、終わったのか……。
ただ、魔導国家の目論見は今、我ユーリ・シルヴァローズとその一行によって敗れ果てた。
終わった。
えも言えぬまま……勝利を、剣を掲げようとして――粉々になった悪魔の核が強い光を放つ。
「なんだこれは! 皆、集まれ! 防御障壁を張り巡らせよ!!」
我の元に皆が集まり、多重にも障壁を張る。
その間に魔力を込めて斬撃を飛ばし、魔法を打ち込むが、悪魔の核から溢れ出る光の奔流に吸い込まれる。
「なんだぁ! なんだぁ! やばいですぜぇぇ――」
「ユーリ様ッ――」
「んぉぅ――」
皆の声も、身体も光に吸い込まれていく――
目を開けると、辺りは一変していた。
綺麗に舗装された足元、高階層のビル群、その路肩に停められている迷彩柄の車。そして我らを囲む、統制された服装の人間たち。
そこはダンジョンではなかった。これは――
――――――――――
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