第3話 喰らうダンジョン

【ユーリ・シルヴァローズ 29歳】


――ウオオオォォォォォォ!!


 我ら帝国シルヴァローズ軍から地を揺さぶるような勝鬨が上がる。

 今一度切り捨てた、王国で剣聖と呼ばれている男の首を掲げる。


「皆の者、剣聖という邪悪なる王国の剣は我が帝国シルヴァローズの剣神ユーリ・シルヴァローズが討ち取った! 声を上げよ、叫べ! 喜べ!!」


 王国が剣聖という偶像を持ち上げるならば、我は剣神として立ちあがろう。


 ――オオオオオオォォォォォォッ!!


 鬨の声が更に大きくなる。

 

 この5年、常に苦渋を飲まされた相手だった。純粋に魔力で研がれた剣が手強かったのもあるが、何より、こいつが面倒だったのは小賢しい立ち回りだった。

 民を人質に取るは常にして。追い詰められれば火を放ち逃げ隠れる。味方には兵に加え、殺した民の数も戦果に入れ報告する。 向こうの国からすれば剣聖は希望であり、折れない不屈の王の剣であった。

 

 それをこのたび、剣聖、その他王国騎士、魔法師団併せた10万の軍との決戦で、我らが帝国軍1万が打ち破ったところであった。

 

 前世での戦とは違う。戦は数ではない。鍛え上げた肉体と魔力運用でどのようにも転ぶ。


 開幕で、フィオナが空を飛び空中から魔法の絨毯爆撃、大将首へ我が雑兵を蹴散らし斬りかかる。そこをドランの張り巡らせた罠がかき乱す。精錬された帝国軍1万が襲いかかる。


 この5年、血で血を洗う日々だった。敵が多過ぎる帝国には、剣を振るう機会が腐るほどあった。大勢の民を救うために少数の民を犠牲にし、大将首を獲るために兵を囮にした。

 フィオナが対軍魔法を開発し、空を飛んで爆撃とするという、魔法の多重並列起動が可能になってからは随分と楽になった。


 また、常に首を狙われる我は、昼夜問わず身体に魔力を巡らせていた。その魔力運用法のおかげで、不老のすべを身につけた。

 我は26歳で、フィオナは16歳で体の成長が止まっている。ドランは我やフィオナに教えられてもそう上手くはいかないようだった。まあ長寿種であるドワーフのドランにはまだまだ時間が残されている。

 フィオナほどではないが、我に魔法の才があって良かった。


「フィオナ、ドラン、交易国家に行くぞ。次はこんなに時間をかけん」

「ん、人がゴミのようだ。次も爆撃でストレス発散する」

「へえへえ、ここまで来たら全部ぶちのめしましょう。その方が酒も旨えに決まってらあ」


 なんだかんだ我についてきてくれるフィオナとドランには頭が上がらない。王国に背を向け、後の戦後処理は他の者に任せる。我の役目は帝国のため、民のため、2人の仲間ためにも、全ての仇敵を切り捨てることだ。


【ユーリ・シルヴァローズ 40歳】


 戦争がようやっと治まった。途中で魔道都市が各地に魔道兵器をばら撒いたせいで更に混乱を極めた。あれだけ大言を抜かして、15年近くの大戦だった。


 魔力運用によって不老のこの身体。最盛期を維持するこの肉体。剣と魔力を研ぎ、力を増すほど、我の小ささに気づくのだから不思議だ。だがそんな小さな我が、帝国を背負っているのだ。

 戦で荒れた内地ではもう内戦が起きようとしている。元の統治された帝国シルヴァローズを取り戻さねばならない。


【ユーリ・シルヴァローズ 50歳】


 どこから狂い始めたのだろう。


 そうだ、父ベルナール皇帝が殺されたところからだ。

 王国との国境での諍いを止めるため、ベルナール皇帝が出向いたのだ。辺境伯の家に泊まっていたところ、その街ごと魔道兵器で街ごと爆破された。戦時中なら、父も油断していなかっただろう。もちろん、肉体が最盛期から遠のいていたのもあるだろうが。戦争から10年経った今に、こんなことになるとは……。

 

 それに、ただ爆破されただけじゃない。巨大な穴――ダンジョンが現れた。それも国家戦略規模のダンジョンが。その場の痕跡から、魔道国家によって開発された術だと判断された。

 

 人の命、魔力や魂を喰らってダンジョンに成長するおぞましい魔道兵器。

 

 それをボロボロの伝令に知らされた。ダンジョンにとって、帝国シルヴァローズに何十年もの間君臨したベルナール皇帝の命はさぞかし旨かっただろう。

 戦後しばらく凪いでいた我の魔力が吹き上がる。すぐさま我は魔道国家に向かった。父の葬儀を置き去って。


 魔導国家の首都についた我はフィオナと共に空を飛び、火炎魔法で主城、研究所を吹っ飛ばした。

 

 だが、遅かった。研究所の地下から押し上げる膨大な魔力。我とフィオナは緊急回避し、ドランの元で防御障壁を何重にも張り巡らせる。


 膨大な魔力が魔導国家の首都を包み込み――人が消えて、天を突く巨大なダンジョンの塔が現れた。加えて、それを囲うように、何十もの穴や門に塔――様々な形をしたダンジョンが。息すらできないほどの魔力がゆらゆらと辺りに立ち込めていた。


 とても3人で太刀打ちできるものではない。そう判断を下し、帝国に戻り現状を報告する。加えて、名誉ある死を遂げたベルナール皇帝を継ぐ、次なる皇帝を選ばなければならなかった。

 完全なる実力主義国家、帝国シルヴァローズ。我は己の武が皇帝となる覚悟はできていた。

 

 宰相としてシリル兄さんに帝国を任せる。

 そして皇帝ユーリとして、帝国軍を引き連れて舞い戻った。この世とは思えない地獄へ。


 ダンジョンから魔物が溢れて、魔物の大暴走スタンピートが起きている。地平を魔物が埋め尽くしている。

 ゴブリンにオークの大群。ミノタウロス、キメラ、グリフォン。ワイバーンに各種属のドラゴン――こんなにも多種の魔物がいるなんてありえない。


 事態はどんどん悪化していた。

 魔導国家は何がしたかったのだ? この坩堝を、本当に求めていたのか?


 もう滅んだ国に尋ねても何も返ってこない。

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