第2話 たのもしい仲間たち

【ユーリ・シルヴァローズ 23歳】


「ユーリ皇子、こんな辺境までご足労いただき誠にありがとうございます。この度ユーリ皇子におかれましては――」

「良い。我は長い口上は好かん。それより、賊が出たというのは王国と繋がるその方の街道か?」

「はっ、さようでござります。王国から警備隊が派遣されているとのことですが、いかんせん、我々帝国の商人だけ襲われている模様でして……」


 我々帝国も警備隊を放っているのですが、尻尾を掴めず……。辺境伯が苦悩を顔に浮かべる。


 賊、と言っているが、王国からの遣いであることがこの辺境伯も気づいているのだろう。国との折衝に関わる事柄から、今まで歯痒い思いをしていたに違いない。


「言わずともだな。我が来たからには好きにはさせん」

「このような体たらくをお見せすることになってしまい、己が身を恥じるばかりです。どうかよろしくお願いします」


 頭を下げる辺境伯に手を振り、すぐに馬を呼ぶ。このような事態になっているのは今だけではない、ここ数年、各地で起きていることだった。


 初めての戦闘――ゴブリンの群れに突っ込んだときから、10年足らず。その間、僕は帝国各地の治安維持に努めていた。魔物が増えすぎた土地。盗賊に占領された街道。放置されたダンジョン。貴族間の折衝。


 特に放置されたダンジョンはやっかいだった。魔物が溢れ返り、今にも魔物の大暴走スタンピートが起きかねない危険な状態。ゴブリンの群れが生易しいと何度思い知ったか。


 今になって騎士団長の教育は正しかったと思えてくるから不思議だ。いや正しくはなかったな、あれは虐待だ。

 ただ、あの子供相手とは思えないシゴキのおかげで今の僕がある。戦闘中も言葉遣いを一々咎められていたのも今になれば必要だと分かる。ダンジョンとはまた別やっかいさが、貴族同士のやり取りにはあるとうんざりさせられているのだから……。


 そのやっかいさは今から相手する盗賊紛いでも現れるだろう。僕は歳を重ねるにつれ、帝国シルヴァローズの皇族としての使命、その立場の重みを背負っていた。


 互いに忙しく、シリル兄さんやセフィロス兄さんとはしばらく会っていない。両親とは、帝都に戻り、戦果を纏めて報告するときに顔を合わせるくらいだった。また、ほとんど構えていない、妻となったフェリスともそのときだけ。それでも我に微笑んでくれるフェリスには頭が上がらない。

 おっとりとした母は変わらずだが、父、ベルナール皇帝は年々気が張っている。

 

 東の王国、西の交易国家、北の連邦国家、南の魔道国家。四方を国々に囲まれたこの国は危うい。これまでずっと、ベルナール皇帝を初めとした武力で抑え付けてきた国同士が結託している節がある。年々、戦端の火花が大きくなっている。


「ユーリ、馬持ってきた。早く行く。新しい魔法試したい」

「ユーリ様ぁ、今回も国が絡んだ面倒な案件ですかい? はぁ、腰を落ち着けて酒を飲む暇もねえや」


 フィオナとドランが馬を連れてくる。この10年の間にできた仲間だった。


 顎下で切り揃えられた黒髪、14歳にしても小柄な体はローブに着られている。小さな手で持つ大きな杖が余計に小柄さを引き立てていた。

 フィオナは平民だったところ、魔法の才を見出され、貴族に引き取られたが、無茶な魔法実験を繰り返し家を追い出されようとしていたところを僕が引き取った。というより押し付けられた。

 

 縮れた髪をオールバックに、彫りの深い顔には髭がよく似合っている。ドワーフの血か、20歳前後にしてはフィオナより一回りしか大きくない。

 ドランはとある地にダンジョンができ、攻略しようとしたところ貴族の権益やらで揉めて、荒れているときに酒場で出会い意気投合した。朝起きたら記憶がなくなっていたが、ドランに話を合わせて適当に頷き聞いたところ、そうらしかった。


 フィオナは魔法の的を探してすぐにふらふら実験に向かうし、ドランは気付けば酒を飲んでいる。

 2人の手綱を握るのは大変だが、頼もしい仲間であることには間違いない。


 フィオナは魔力を月に何度も暴発させるが、それでも、いくつもの魔法を開発している。その実験対象となる魔物や盗賊は悲惨な目に遭っているが……。


 ドランは酒ばかり飲んでいるが、そのおかけで気分が良くなると勢いで魔剣を作成することもある。また斥候としても優秀で、ドラン抜きにはダンジョンなんて考えたくないくらいだ。ただ、二日酔いでよく落とし穴やミミックの中にゲロをしているが……。


 ……まあ、頼もしい仲間だ。


「ふぅ……。フィオナ、今回の賊は王国との繋がりを探るために尋問する必要がある。余りやり過ぎるなよ。ドランも、偵察中は飲酒禁止だからな。我の体裁を考えてくれ……」

「わかった。精神魔法の研究も進めたかったところ」

「ユーリ様ぁ、そりゃ殺生ですぜ。こっちはもう3日も深酒してないってのに」


 色々と突っ込みたいところはあるが、人目もあるため無視する。

 はあ……ほんと、早く王国との面倒な用を治めて久方ぶりの休暇を取りたいところだ。


【ユーリ・シルヴァローズ 24歳】


 セフィロス兄さんが戦死した。

 

 今年の初めに、東の王国が帝国シルヴァローズに戦線布告をし、戦争が始まっていた。

 そこへ西の交易国家、北の連邦国家も狼煙を上げた。王国と小競り合いをしているうちに背後の交易国家から、傭兵団の奇襲を受ける形となった。そこに連邦国家が漁夫の利を求めて手を出し始めた。魔道国家は未だ動きがないが、これから先どうなることか……。

 

 そんな中、セフィロス兄さんは連邦国家相手に睨みを利かせていた。そこに王国から奇襲が入り、魔法部隊の絨毯爆撃と共に、大軍に蹂躙された。片腕を失くした伝令から、そう聞かされた。串刺しの、見せしめにされたセフィロス兄さんの遺体の痛々しさと共に、聞かされた。


 母が泣き叫んでいた。ベルナール皇帝が静かに、全身に魔力を迸らせていた。シリル兄さんは静かに泣いている。騎士団長は顔を伏せるだけだった。ただ、握られた剣からギシリ、と軋む音が響いた。

 

 戦争とは、民だけが火を見るのではないと、今になって気づかされた。帝国皇子としての重責を10年間積み上げて来たと安易に宣っていた自分が愚かしい。


 強大な武力を持つ帝国シルヴァローズ、それが煩わしい王国、この機に儲けようと金に貪欲な交易国家、そのおこぼれに預かろうとする卑しい連邦国家。その戦火を直火で受ける我が民ら。

 今になって帝国シルヴァローズの大きさ、底抜けな重圧がのしかかる。


 この怒りは敵にだけじゃない。自分にも向いていた。王国を牽制しきれなかった詰めの甘さ。

 

 だが全て、敵兵に向けてやる。


 身体から抑えきれない魔力が立ち昇り、陽炎ができていた。陽炎に歪んだベルナール皇帝が小さな声で、ユーリ、と呟いた。


 帝国に仇なす者は悉く蹂躙してやる。

 

 僕が――我が、この世界に生まれ落ちた使命として。皇族の使命として。

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