第9話 ありえねえ
俺はベイツ。優秀なテイマーだ。
あの強力な魔物であるハザードベアを従えていて、ベイツでも有数の冒険者だ。
そんな俺にはもうひとつの顔として盗賊がある。冒険者ギルドに出入りして情報を集めて、他の冒険者を狩ったりして金を稼ぐ。
冒険者どもの中には手練れもいるが、疲れ切った帰り道を狙えば楽勝だ。
余力のない状態でハザードベアに不意打ちされたら、勝てる奴なんてそうそういない。
冒険者はバカなんだよ。俺みたいに楽して利口に稼ごうとせずに苦労して、そして俺に全部奪われて殺されるんだから。
そうして俺は頑張って盗賊を続けた結果、冒険者ギルド長の息子とのつながりもできた。ようやく人生が上向いてきたのだ。
あのボンボンに気に入られたらもっと派手なことができる。だから今回の依頼もさっさとこなして俺の評価を上げてやる。
ランクGでスライムを連れた冒険者など楽勝だ。そう思っていたのに、
「……は? おいハザードベア! なにしてやがる! 寝てるんじゃねえよ!」
目の前では信じられない光景が繰り広げられていた。
従属の焼き印で命じて強化したハザードベアの突進が、ただの人間に片手で受け止められてしまった。
あり得ねえ。普通のハザードベアの突進ですら城壁を壊すほどの威力を持つ。
ましてや従属の焼き印による命令で、数倍強くなったハザードベアの後先考えない特攻だ。あんなの人間が受け止められるようなモノじゃない。
それをなんの鎧も身に着けていない、ましてやテイマーが片手で押さえるなどあり得ない。あり得るはずがない。
マノンという男はハザードベアを優しく地面に寝かせると、ため息をついて俺を睨んできた。
「俺の臣下の魔物をここまで雑に扱ってくれたんだ。覚悟はできてるんだろうな」
なにを言っているのかは分からない。だがあまりにも怖かった。
気が付けば俺は地面に尻もちをついていて、足が震えて立つことすら出来ない。
化け物がゆっくりと近づいてくるが動けない。
「や、やめっ……く、来るなっ! 来るんじゃねぇ! ハザードベア! 立て、立つんだ! そいつをなんとかしろっ!?」
「ハザードベアならゆっくり眠ってるよ。じゃあ色々と教えてもらおうか。本来なら多少は手段を選ぶんだがお前相手には必要ないよな。メル、食べていいぞ」
化け物はゆっくりと俺に手を伸ばしてきて、俺を片手で持ち上げて放り投げた。飛んだ先にいたのは、山ほどの大きさのスライム。
俺はあのスライムを知っている。あんな巨大なスライムは世界に一匹しかいないのだから。あれは魔王国の【国喰らい】サウザンメルトスライムだ。
じゃあそんな魔物を連れていて、かつハザードベアの全力の突撃を軽く受け流すテイマーは何者なのか?
「……まさか、まお」
言い終わる前に俺の身体はスライムに包まれた。
👑👑👑
👾👾👾
俺はベイツを放り投げて、十メートルほどに巨大化したメルに取り込ませた。
メルには特殊能力があって取り込んだ生物の記憶を読み取れるのだ。この男は焼き印を使っているので有益な情報を得られるかもしれない。
「メル。どんな感じだ? なにかわかるか?」
『んー。コッテリしてるー』
「味を聞いてるんじゃないんだが」
そもそもコッテリってどんな味なのかイマイチイメージつかないんだが。よくコッテリ系のラーメンとか言うけど分からん。
そんなことを考えている間にもベイツの服が溶けていく。モサいオッさんの服溶かしとかなんて嬉しくない絵面だろうか。
『魔王たまー。この人間、大したことは知らないよー。盗賊として十人くらい殺したくらいー。ただ代わりにいいモノ見つけたー』
メルがペッと吐き出したものをキャッチする。金属製の印鑑だ。
印鑑はなにやら僅かに不快な魔力を纏っている。もしかしてこれって……。
「従属の焼き印か?」
『そうっぽいー』
「ふーん、これがそうなのか」
従属の焼き印とやらを観察するが、見た目は普通の印鑑とそこまで違いはない。
だがこの印鑑を押すと魔物たちを従えることが出来るんだよな。いったいどうやって作ってるんだろうか。
『その焼き印、どこかで食べたことある味ー』
焼き印の製造方法について考えているとメルが妙なことを言いだした。
メルが焼き印を食べたことはないはずだ。つまり焼き印に使われている素材を食べたことがあるのだろう。
メルが食べたことのあるモノとなれば絞れ……いや言うほど絞れないな。こいつ国喰らいって言われるくらいなんでも食べてるじゃん。
山の
「なに? どこでだ?」
『わかんないー。でもたまに食べてる気がするー』
「たまに?」
『うんー』
たまに食べているとなるとちょっとだけ絞れるな。
メルは魔王国から出ることはあまりないので、魔王国内にあるモノだろうか。ただメルは山でも海でもなんでも食うので、印鑑で使われてるモノは結局予想できないが。
しばらく印鑑を見つめてみるがやはり使われてる素材はわからない。
「よし。そろそろ情報は取り終えただろ。その男は吐き出してもいいぞ」
『このまま食べたらダメ?』
「ダメ」
あの盗賊のことは正直どうでもいいのだが、なんとなくメルに人の味を覚えさせたくないからな。
メルはペッとベイツを吐いて身体の外に出した。
「じゃあボクが凍らせますね」
するとすかさずフェニが氷漬けにしてしまう。凍らせる意味があったのかは微妙だが、薬草を採る時にこいつを連れていくのは邪魔か。
「じゃあ薬草をつみに行くか。焼き印については後でゆっくり調べよう」
「はーい」
俺たちは襲ってきたベイツのことはひとまず忘れて、薬草を採りに行ったのだった。
あ、帰りにベイツを回収するのを忘れたがまあいいか。氷像にして街道の脇の方に置いてるし誰も盗らんだろ。今度通りがかった時に回収しよう。
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