第8話 焼き印の調査
俺たちはまたお忍びでリバスの冒険者ギルドに訪れて、受付の人に話しかけていた。もちろん陰湿メガネではなく以前に薬草を納品した人だ。
「従属の焼き印について教えていただきたいのですよ。テイマーの端くれとして興味がありまして」
テイマーの端くれというか魔王だけどな。
受付さんはそんな俺の言葉に少し困ったような顔をした後に。
「わかりました。と言っても私もあまり詳しいことは知らないですけどね。あの焼き印はここから東にある【アーレスト】という国から取り寄せてます」
アーレストという国は聞いたことがないので遠い場所にあるのだろう。
決して俺が無知というわけではない。
「(なあフェニ。アーレストって知ってるか?)」
「(知りません)」
念のため小声でフェニに確認したけどやはりそうだ。俺が無知なわけではない、よかった。
「本来テイマーは懐いた魔物しかテイムできませんが、あの焼き印を押せば関係なくテイム可能になるんですよ。それに焼き印を押された魔物はテイマーの命令に逆らわなくなります」
「まさに従属の焼き印ですね」
ようは洗脳みたいなものだ。なんて恐ろしいモノを作ってくれたのか。
「ただ問題もありますけどね。あの焼き印で操れるのはBランク以下の魔物だけなんです。ただ一度テイマーが焼き印に甘えてしまうと、もう焼き印が手放せなくなるようでして」
「焼き印に頼り切りになってテイマーとしての腕前が伸びなくなると?」
「そうなんですよね。なので私としてはちょっと勧めづらいところもあります」
自転車の補助輪みたいなものか。補助輪をつければ転ばないがスピードが出なくなるし、いつまで経っても普通の自転車に乗れるようにはならない。
「そもそもあんな焼き印なんて使ったら魔物たちが怒ると思うんですよね。もし魔王が知ったら攻めて来るんじゃないかなーと思っちゃいます。まあそうそう知ることはないでしょうけどね。魔王は魔物国にいるわけですし」
そうそう知ってるんですよ。なんなら目の前にいるんですよ。
「ちなみにその従属の焼き印はテイマーに人気あるんですか?」
「悲しいことに大人気ですね。本来なら従えることのできない魔物でも、ポンと押すだけで従属させられますから」
「そうですよねえ……」
Bランクの魔物を使役できるテイマーは少ない。
それを焼き印押すだけで可能となれば人気が出るに決まってる。当たり前だ。
「ちなみに焼き印って手に入りますか?」
「この街ではほとんど入荷していませんね。マノンさんもやはり焼き印を使いたいのですか?」
「いえ使うつもりはありませんよ。見てみたいだけです」
俺に従属の焼き印なんて不要だからな。
そもそも俺はBランク以下の魔物をテイムというか、眷属にするのは難しい。なにせ眷属化した時点で魔物が進化してランクが上がるからな。
バイクに補助輪はつけられないみたいなものだろうか。
「わかりました。色々とありがとうございます。それとまた薬草採取依頼を受けたいのですが大丈夫ですか?」
「もちろんです!」
依頼受諾してもらったので受付カウンターから離れる。そういえば今日はあの陰湿メガネはいないようだ。
別に顔も見たくないのでいない方がいいけどな。
そうして冒険者ギルドを出て都市リバスの中を歩いていた。
「どうします? 焼き印が人気だと今後も使われそうですけど」
フェニの言うことは間違ってない。
そりゃテイマーからすれば従属の焼き印は魅力的だろう。未熟な者でもそれなりの魔物を使役できるのだから。
なにせユニコーンですらCランクだからな。Bランク以下の魔物がテイムできるなら色々と金儲けの手段も思いつくし。
「うーむ、どうしようかなあ。人間からすれば焼き印は便利だろうし、使わせないのには骨が折れそうだ。ただ見過ごすといずれ魔物と人間の戦争になる」
なんか地球温暖化問題の話みたいだ。
クーラーを使うと地球が温暖化していくが、便利過ぎてクーラーを捨てさせるのは難しい。
そして周囲を見るとたまに魔物を連れている者もいるのだが、結構な魔物が従属の焼き印を押されていた。体感五割くらいだろうか。
従属の焼き印が手に入りづらい状況でこれなら、今後量産とかされ始めたらもっと多くの魔物が従属させられるだろう。
それに魔物が無理やり言うことを聞かされるのは、見ていて気持ちのいいモノではない。
「焼き印の実物を見てみたいな。その上でどうするか考えよう。とりあえずは怪しまれないために薬草を採取しに行くぞ」
「はーい」
そうして俺たちは都市リバスを出て街道を歩いている。
こないだ眷属にしたペガサスに乗ろうかなとも思ったのだが、なんとなくGランクテイマーっぽくないなとやめておいた。
「魔王様ー。宿屋の部屋は一緒でいいと思うんですよー。なんで昨日も別に取っちゃうんですか」
「男女が同じ部屋で泊まるのはマズイだろ……」
『お腹空いたー』
ずっと従属の焼き印の話をしても疲れるので、いつの間にか他愛ない話に変わっている。
そんな俺たちの進行方向の道を塞ぐように、顔に大きな傷をつけた男が立っていた。そいつは腕を組んで俺を睨んでくる。
「よおマノンさん。俺はベイツっていうしがない男なんだけどよ」
「急ぐのですがなんのようですかね?」
「いやいや。そんなに時間は取らせないさ。
ベイツは性格の悪そうな笑みを浮かべると召喚魔法を発動した。
彼の目の前にクマの魔物であるハザードベアが出現する。
「グマアアアアァァァ……グマァッ!?」
ハザードベアは俺を睨んだ後に、「あ、やべ」と言わんばかりに目を逸らした。
……こいつたぶん俺が魔王なの分かったな。そんなことはつゆ知らずにベイツは愉快そうに笑うと。
「悪いんだけど死んでもらえるか? ああ大丈夫だ。返答は聞いてない。ハザードベア、やれ!」
「ぐ、グマア!?!? グマぁ!?」
だがハザードベアはイヤイヤとばかりに首を横に振る。
「あん? なにをビビってるんだ? ほら命令だ、ハザードベア! あの男を全力で殺せ!」
ハザードベアはベイツの言葉に「マジすか!?」と目を見開いたが、その様子とは裏腹に鋭い爪で俺に襲い掛かってきた。
表情と行動が一致していないというか、明らかに身体だけ無理やり動かされている。これが従属魔法の力ってことかよ。
ハザードベアは俺に対して鋭い爪を振り下ろす。爪は俺の胸部分に当たってポキリとへし折れてしまった。
当然だ。俺の方がハザードベアよりもよほど丈夫なわけで、文字通り歯も爪も立つはずもない。
「ベアアッ!?」
ハザードベアは折れた爪を見て涙目になっている。自慢の爪がへし折れてしまったのだからそりゃそうだ。
「……は? なにやってんだハザードベア!」
ベイツも折れた爪を見てしばらく呆然としていたが、我を取り戻したようで叫び始めた。
「遊んでるんじゃねえ! さっさとあの男を殺せ! いつもの肉をやらんぞ!」
「べあっ!? べあっ!?」
ハザードベアはベイツに対してイヤイヤと首を横に振りまくる。どう見ても戦意喪失してるんだから無理だろうに。
だがそれを見てベイツは舌打ちをすると、
「……チッ。やれって言ってるだろうが! 命令だ、ハザードベア!」
ハザードベアは泣きながら勢いよく俺の肩に噛みついてきた。なお俺の方が遥かに硬いので歯まで折れてしまった。
なんてことだ。爪も歯も折れちゃった。
「ベアアアアアアアァァァァァァ!!!!」
ハザードベアは号泣しながら俺の肩をカジカジしている。
「おいそこの人間、なにをしてるんだ?」
「あん? 従属の焼き印で強制的に命令してんだよ!」
ハザードベアは苦しそうに息をした後に、俺の肩を噛みつくのを止めた。
そしてオエエと言わんばかりに血反吐を吐く。たぶん俺の肩がまずかったのだろう、無理するから……。
「従属の焼き印はな! 命令によって限界以上の力を引き出させるんだ! さあやれ! 突進でトドメを刺せ!」
……これが従属の焼き印か。俺が思ったよりも悪い代物だな。
俺は突進してきたハザードベアの顔を掴むと、魔力を流し込んで従属の焼き印の力を打ち消した。
意識を失ったハザードベアをゆっくりと地面に降ろして、俺はクソ野郎のベイツを睨む。
「俺の臣下の魔物をここまで雑に扱ってくれたんだ。覚悟はできてるんだろうな」
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