第7話 嫌な焼き印


「と、盗賊から助けて頂いた上に、薬草まで譲って頂いてなんとお礼を言えばいいか……」

「気にしなくていいよ。特に薬草を譲ったほうは俺もムカついただけだから」


 冒険者ギルドの建物から出るとすぐにサリアが頭を下げて来た。


 だが盗賊から助けたのは偶然だし、薬草はあの陰湿メガネが不快でやっただけだからな。


「あ、あの! 薬草は必ずお返ししますので!」

「別にいいよ。元から多く採り過ぎて余ってたし」


 そもそも魔王城に帰ればいくらでもあるからな。さっきの薬草よりも遥かに高品質なものが。


 あくまで冒険者ギルドの依頼をこなすのに、周囲から疑われないために採りに行っただけで。


 それに彼女からは従属の焼き印のことを教えてもらったからな。なんで魔王国の魔物を捕らえるのかについても、焼き印で支配するというなら理屈が通じる。


 ひとまずこの焼き印の件について、魔王国に持ち帰って話し合うか。いまこの時にも捕らえられて焼き印を押される魔物がいるかもしれないし。


「サリア。悪いけど俺たちは用事があるからここで解散でいいかな?」

「は、はい。わかりました。ではまた!」


 そう言い残すとサリアは走り去っていった。


 さてじゃあ魔王国へと戻るか。俺たちは街の外に出て人目のつかないところで転移魔法を使った。


 そして玉座の間に戻るとさっそく話し合いを始める。


「人間が魔王国の魔物を捕らえているのは、おそらく従属の焼き印を使うためだろう。あのユニコーンみたいにな」

「ボクもそう思います!」

『メルもー』


 みんな意見は同じのようだ。実物的な証拠はないが状況的にはほぼ確実だろうしな。


 人間が魔物を捕縛する理由が分かったのはいい。だが問題はここからだ。


「だがこうなると厄介だぞ。もし魔王国の過激派がこのことを知ったらヤバイ」

「間違いなく人間との全面戦争を希望するでしょうね。ボクだって魔王様が戦いを避けたがってなければ、人の国を攻めるべきと思いますよ」

『戦いなのー』


 同胞が焼き印で無理やり従属させられていると知れば、魔物たちは人間に対して侵略するだろう。


 俺は魔王ではあるが、魔王国の全ての魔物が反人間に染まったら流石に止められない。そうなったら人と魔物の全面戦争になって人間は滅ぶ。


 焼き印を使っているのが隣国だけだとしても関係ない。魔物からすれば人間の国は全部まとめて同じだ。


 そうなると俺は魔物の王じゃなくて世界を滅ぼす魔王になってしまう。流石に嫌だ勘弁してくれ。


「じゃあ戦いを避けるにはどうすればいいと思う?」

「やはり従属の焼き印をもう使わせないことですね! と言っても焼き印自体がよくわかってないので、どうすればいいかわかりませんが」

「だよなあ。やはり従属の焼き印についてもっと情報を集めるべきだな」

「ですね! 焼き印はテイマーが使うものでしょうし、テイマーとして活動していれば情報が集まると思います!」

「確かにそうだな。じゃあしばらくはお忍びテイマーを続けるか。メルもそれでいいな?」

『お腹すいたー』


 こうして話し合いは終了して、ひとまずお忍びテイマーを続けることになった。


 その直後だった。玉座の間にまたカマキリンたちが殴り込んできた。


「魔王様! 人間どもを抹殺する戦略を練りました! ひとまず隣国を皆殺ししますのでご確認と実行のご命令を!」

「だからとりあえず待ってろ!」


 うん。やはりこいつらに従属の焼き印のことを知られたらヤバイ。俺が魔物の王じゃなくて世界を滅ぼす魔王にされてしまう……。


 なるべく早めに焼き印を人間から奪わないとな。なにせ……。


「魔王様! 人間に宣戦布告しましょう!」


 と今日もまた魔物が提案してくるからな。俺の目の前にいるのは全長十メートルを超えるクマ。


 こいつはエンシェントムーンベアというクマ系の魔物の頂点に立つ奴だ。たしかクマ系で一番弱いハザードベアが五段階くらい進化したやつだったかな?


「なんでお前らそんなに人間と戦いたいの?」

「より強い者が世界を支配するべきでグマ!」

「じゃあもし人間の方が強かったらどうするんだよ」

「その時は支配を受け入れるグマ!」


 魔物の思考回路が弱肉強食過ぎるんだよなあ……。







👾ノ=👑

👾ノ=👑






 都市リバスのとある倉庫で二人の男が密会をしていた。


 片方は陰湿メガネこと冒険者ギルド長の息子の【ベイツ】、もうひとりの男は強面で顔には傷がついている。


「そういうわけでしてね。この私を馬鹿にしたマノンという冒険者を、盗賊に扮して殺して欲しいのですよ。それとその男が連れていた少女はさらって頂きたい」

「あのスライムを連れたGランクのゴミテイマーか。別に構わないが女の方は遊んでからで構わないな?」


 ベイツがうなずくと強面の男は軽く笑った。


「ただひとつだけ確認させてください。なぜサリアはまだ捕まえていないのですか? 薬草採取の依頼の帰りを狙うようにと伝えましたよね」

「実は俺もわかってないんだよ。兄者の団に任せたんだがおそらく攫う奴を間違えたんだろう。スライムを連れてるテイマーなら何人もいるからな」

「まったくしっかりしてください。貴方たち盗賊のことをもみ消すのも大変なんですから」


 ベイツは子飼いの盗賊たちを所有していて、時折冒険者の情報を流していた。例えばどんな依頼を受けたかや、どんな戦い方をするかなどだ。


 どんな依頼を受けたか分かれば先回りして待ち伏せできる。そして不意打ちした上で相手の戦い方を知っていれば、盗賊たちが負けることはほぼあり得ない。


 さらにベイツは冒険者ギルドが盗賊の討伐依頼を受理するのを防いでいた。


 もちろん冒険者ギルド長の息子でもなんでも出来るわけではない。だが少数の盗賊の討伐依頼くらいならば、脅威が低いとか別々の盗賊団かもとごまかすことは可能だ。


 そしてベイツはそれらの見返りに盗賊たちから恩恵を受けていた。それは奪った金銀であったり女であったり色々だ。


「まったく。貴方たち、本当に頼りになるのですか? 実はそこまで強くないとかないでしょうね?」

「いやいや俺たちは優秀だとも。その証拠を見せようじゃないか」


 顔に傷をつけた男が口笛を吹くと、外から人の悲鳴が聞こえて来た。


「おや? いまの悲鳴は……」

「言うより見る方が早い。外に出てみなよ」


 ベイツは言われるがままに外に出てみると、倉庫の近くには血だまりの死体が倒れている。


「なっ……!?」


 そして死体の横には右手の爪に血を垂らした赤色のクマだ。


「……なんと。貴方の魔物が殺したのですか?」

「おおともよ。いまの密会が気づかれたみたいなんでな。こいつは俺の切り札であるハザードベアだ」


 ハザードベアは危険な魔物だ。もし野生で出現が確認されたら大規模な討伐隊が組まれることもあるほどの強さを持つ。


 魔物ランクもBランクであり、相当な実力者でなければ討伐は難しい。


「これでも実力を疑うってのかい? この【月熊の鋭爪えいそう】の実力をよ」

「グマアアアアァァァァ!!!!」


 クマが咆哮して空気が轟く。その姿はまるで月に照らされた熊のような、恐ろしい迫力に満ちていた。


「……訂正しましょう。やはり貴方たちは頼りになります。どうぞよろしくお願いしますね」

「熊に狙われた獲物は必ず死ぬと教えてやるよ。おっと報酬は前払いでもらおうか。従属の焼き印を寄こしてもらおう」

「仕方ありませんねえ。貴重な品ですが特別ですよ?」


 

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