第3話 魔王様、軽く暴れる


「メル。少し難しいことを頼むがいいな? こいつらを生かして捕らえろ」

『えー……難しいよー。頑張るけどー』


 俺の指示に従うようにメルがぽよんぽよんと跳ねて前に出てくる。


 メルと人間ではあまりに差があるため、軽く体当たりしただけでも人の肢体を粉砕しかねないのだ。


 人がバッタを捕らえようとしても、何匹かに一匹は足をもいでしまうだろう。それと同じようなものだ。

 

 そんな俺の言葉を聞いて盗賊たちはさらに爆笑する。


「ただのスライムで? 俺らを生かして捕らえる? ぎゃはははは! バカじゃねえの!」

「ただのスライムなんぞ百体いようが俺らの敵じゃねえよ!」


 無知とは恐ろしいものだ。スライムとメルトサウザンスライムは見た目こそ似ているが、その力は小さなトカゲとドラゴン以上の差がある。


 メルは結構ヤバい魔物だ。山を丸ごと飲み込んだり巨大な湖(琵琶湖くらい)の水を全て吸収して枯らしたりしたからな。


 ちなみにどちらも無差別に環境破壊したわけではない。山は廃鉱山でいずれ崩れそうで危険だったのと、湖は毒沼と化していたからやむを得ずだ。


 たぶん魔王軍全員含めてもメルが一番この世界の地形を変えただろう。ついた異名は国喰らいだ。まだやってないから冤罪である。


 などと考えていると盗賊たちがメルへと襲い掛かった。


「死ねやごらぁ!」


 盗賊のひとりがメルに剣を振り下ろす。すると剣はズブリとメルの体内に入って、そのままジュワッと蒸発した。


 そりゃそうだ。サウザンメルトスライムに鉄なんぞオヤツにもならない。そればかりかアダマンタイトなどの特殊金属ですらもご飯くらいのものだろう。


 つまり物質ならほぼなんでも溶かして美味しく頂くのがメルなのだ。


 メルは触手を伸ばしてすごくゆっくりと攻撃するが、盗賊たちは後ろに下がって回避する。触手が叩きつけられた地面には割れたような跡が残ってしまった。


「け、剣が飲み込まれたぞ!? それにこの威力……こいつただのスライムじゃねえ!」

「なんて力だ! あんな一撃受けたらタダじゃすまねえぞ!?」


 盗賊たちが狼狽して距離を取る中、メルもまた身体をプルプルさせて助けを求めるように俺を見つめてきた。


『うーん……魔王たまぁ。無理だよー。こんなのどんなに手加減しても死んじゃうよー』


 メルもまた困り果てている。


 うーむ。流石に相手が悪すぎたか?


 いやでももうちょっと頑張ってみて欲しい。メルは手加減が下手過ぎるせいで、重要な任務を任せられないからなあ。


「落ち着け! 鉄を溶かすならスライムが進化したハイスライムだ! ハイスライムは動きが遅いし、馬鹿正直に相手をする必要はない!」


 どうやらメルを普通のスライムではないと認識したようだ。だがメルとハイスライムはまだまだ全然違う。スライムが十段階以上進化したメルトスライムが、千体集まってひとつの魔物になったのがメルトサウザンスライムだ。


 すると馬車の御者台に座っていた奴が、ユニコーンと馬車を繋ぐ紐をほどいていた。馬車から解放されたユニコーンは俺の方を向いて足を踏み鳴らす。


「わざわざ魔物を相手しなくてもテイマーを狩ればいいんだよ! それがテイマー相手の常とう手段だろうが!」


 ユニコーンの使役者である男が叫んだ。


 テイマー相手の常とう手段はよくわからないが、メルには勝てないと踏んで俺を狙うということか?


「行けユニコーン! あのガキを貫き殺せ!」


 ユニコーンは剣よりも鋭く長いツノを前にして、俺に向けて突撃してくる。


 おかしいな。ユニコーンは頭がよくて危険を察知できる魔物なのに、馬鹿正直に俺に突っ込んでくるなんて。


「鉄の盾すら打ち砕くユニコーンの突進だ! 助かると思うなよ!!!」


 ユニコーンがあんな盗賊の男に唯々諾々と従うとも思えないが……まあユニコーンは命令されただけだし気絶させておくか。


 俺はユニコーンのツノを優しく手で掴むと、そのまま投げ飛ばす。


 ユニコーンは悲鳴をあげながら地面に転がった。


「……は? え? ユニコーンの突撃を素手で受け止めた? い、いやあり得ないだろ!? ロクな防具もつけてない、しかもテイマーだぞ!?」

「ユニコーンの突撃なんぞ大したことないだろ。そもそも俺はテイマーでもないし」


 俺は瞬時に御者男に肉薄すると彼の顔面を軽く叩いてから、首を掴んで宙に持ち上げる。


「おい貴様、本当にユニコーンのテイマーとやらか? ユニコーンのツノは折れたら死ぬんだぞ。あんな勢いよく突撃させて俺の身体に当たったら、ユニコーンのツノなんぞ簡単に砕け散るぞ?」


 確かにユニコーンの突撃は超強力だ。時速百キロを超えるほどの速度で、鉄より頑丈なツノをぶち当てるのだから。たいていの魔物は耐えられないだろう。


 だが諸刃の剣なのだ。あまりにも強すぎるその一撃の代償に、ユニコーンの頑丈なツノすらへし折れる恐れがある。


 なのでユニコーンにツノを使わせた全力突撃をさせてはならない。あのツノは人間が剣を使うみたいに振り回すべきなのに。


「そもそもユニコーンのツノはなあ……」

「魔王様。もう気絶してますよ、その人」

「えっ? うわ本当だ白目剥いてる」


 せいいっぱい手加減したのに……思ったよりさらに数段弱いぞこいつ。


「う、嘘だろ……ユニコーンだぞ!? Cランクの強力な魔物が一瞬で……しかもテイマー相手にだと!?」

「あり得ねえよ!? テイマーは魔物を使役するのに力を使ってるからろくに戦えないはずなのに!?」


 なんか盗賊たちがジリジリと下がり始めている。あれはたぶん逃げる構えだな。


 そしてこいつらの言ってることは間違いだ。ユニコーンは戦闘用の魔物じゃないのでそもそも強くない。少なくとも魔王軍では戦闘向きの魔物にしていない。


 全力突撃は強いが下手すると自らも死んでしまうし、そこまで強い魔物じゃないからな。


 そんなユニコーンが強いと言ってる時点で、こいつらが想像を絶する弱さなのが分かってしまう。


「……メル、すまない。こいつらを殺さずに捕縛するのは難易度が高すぎる訓練だった。俺が代わりにやるから」

『でしょー?』

「ひ、ひいっ!? 逃げっ……!?」

「お助……」


 盗賊たちは逃げようとした瞬間、全員がいきなり氷の塊に覆われた氷像になってしまった。


 こんなことが出来るのはひとりしかいない。フェニの方を向くと彼女の右手は白い冷気をまとっていた。


 そんな彼女は俺から目を逸らすと、


「ひ、暇だったのでつい」

「どうするんだよ。お前の作った氷は溶かすの大変なんだぞ」


 フェニが作り出すのは不死の氷だ。自然に溶けることはまずなく、なんなら普通の炎魔法でも解凍できない。


 溶かすには神聖なタイプの熱じゃないとダメなんだ。聖なる火みたいな感じの。


 俺なら聖なる炎を出せないこともないのだが、こんな盗賊たちのためにやるのは面倒さが勝ってしまう。


「えーと、氷像としてここに飾っておくとか。ほら道行く人を見守る聖なる氷像になりますよ。たぶん」


 呪いの氷像が関の山だろう。


 まあ幸いにも盗賊たちは道の上では凍らなかったので、通行人の邪魔にはならない。彼らはいつか運が良ければ解凍されることもあるだろう。


 彼らのことは放置することに決めて、投げ飛ばしたユニコーンを手招きする。いちおう優しく投げたので怪我はしていないはずだ。


「ユニコーン、こっちにおいで。ちょっと毛づくろいをしてやろう」

『ユニコーン食べていい?』

「ひひん!?」

「だからダメだっての」


 ユニコーンを軽く撫でたりして懐かせた。やはり盗賊の扱いが酷かったようで弱っているが、俺ならすぐに元気にしてやれるだろう。


 それとユニコーンの首筋になにやら焼き印が押してある。なんとなくなにかは分かるのだが、後で改めて確認する必要がありそうだ。


 そして俺たちの目の前には残された馬車の荷台。


『魔王たまー。この荷台食べていい?』


 すでにメルが荷台の一部にくっ付いているので、俺が許可したら中身ごと一瞬で平らげてしまうだろう。


「そうだな。別に使い道もないし構わないかな」

『わーい。いただきまーつ』


 メルが馬車の荷台よりも巨大になって高く飛びあがる。このまま馬車の上に落ちて、飲み込んで溶かしきるようだ。


 相変わらず豪快な食べ方だなあと思った瞬間だった。


 ガタガタ。


「……ん? いまなにか妙な音が聞こえなかったか?」

「ボクも聞こえました。荷台から物音がしたような」

「もしかして中に誰かいるのか?」

「いるかもですね」

「……ストップ!? ストップだメル!」

『もう止まらないよー』

「ええい! とうっ!」


 俺は空高く飛び上がって、馬車めがけて落ちてくるメルを蹴飛ばした。


 軌道がズレたメルは馬車から少しそれた方向に落ちて、地面に巨大な穴を空けてしまう。


 その後に荷台の中身を確認してみたところ。


「んー! んー!」


 さるぐつわをつけられてロープで捕縛された少女がいた。


 ……あ、危なかった。危うく溶かしてしまうところだったな。

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