第2話 親切なユニコーン馬車


 俺たちは山に入って薬草を摘み取っていた。


『この草美味しいねー』

「おいメル、薬草を食べるんじゃない」


 目当ての薬草をむしっては近くに置いたカゴに入れていく。すると隣で草をむしっていたフェニが俺に視線を向けて来た。


「魔王様。テイマーとして紛れ込んだのはいいとして、これからどうするおつもりですか?」

「とりあえずしばらくはこのままかな。テイマーは魔物に最も近い職業だし、なにかわかるかもしれない」


 するとフェニがため息をつく。


「魔王様ー、行き当たりばったりすぎません? それに街からここまで歩くの大変ですしペガサスにでも乗ればよかったのに」

「魔物になんて乗ったら目立って魔王とバレるかもだろ」

「魔王様、いまテイマーですよね?」

「……あっ」


 言われてみればそうだ。テイマーなんだから魔物を使ってもなんの問題もないじゃん。


「相変わらず天然ボケしますよね」

「いや俺は天然じゃないぞ。これはウッカリしてただけで」

「そういうのを天然って言うんですけどね」

「だから天然じゃないと」

『じゃあボケー』

「なあメルよ。俺、仮にも魔王なんだけど」

『ボケ魔王たまー』


 メルの身体をつねるがただ柔らかく伸びるだけだ。スライム相手に物理攻撃は効き目薄いからなあ。


 ダメージを与えたいなら辛い物でも塗り込めばいいんだが。メルは辛い物がちょっと苦手だからな。


 そうして俺たちは薬草を採り終えて帰りの街道を歩いていた。背中には薬草でいっぱいのカゴを背負っている。


『魔王たまー、誰か呼んで運んでもらおうよー。エンシェントドラゴンとかをさー』


 エンシェントドラゴンはかつて国を滅ぼしたドラゴンだ。メルと違ってこちらは有罪である。


 当然ながら人間にも死ぬほど恐れられてるので、いくらテイマーでもそんなの呼んだら大騒ぎ不可避である。


「ダメダメ。ほら健康のために少しくらい歩こう」


 そんなやり取りをして街道を歩き続ける。すると後ろからドタドタと蹄の音が聞こえてきた。

 

 振り向くと馬車がこちらに近づいてきている。馬車を引いている馬は真っ白で角が生えていた。


 あれはユニコーン。普通の馬ではなく魔物だ。 


「ほら魔王様! 他の人間もやってるじゃないですか! テイマーなら普通なんですって!」

「……次から俺も馬車使おうかな」


 街道を歩くの大変だしな……ユニコーンなら馬車を引くくらい朝飯前なので、いくらでもやってくれるだろう。


 ただあのユニコーンに鞭で打たれた跡があるのは気に食わないが。


 そんな馬車は俺たちの側にやってくると、御者の男がユニコーンの側の地面に鞭を叩きつける。ユニコーンはその音に驚いて立ち止まった。


「よお兄ちゃん。薬草獲りの帰りかい? 重そうだな」

「そうなんですよ。少し獲り過ぎまして」


 御者の男は俺を見てそれからフェニに視線を向けた。


「おいおい。若い男女がこんなところで歩いてると危ないぞ? 俺はボルディって言うんだがあんたは?」

「ん? 私はまお……」

「この人はマノンです! ボクはフェニでこの子はメルちゃんです!」


 フェニが横から俺たちのことを紹介して、肘で俺の脇腹をつついてくる。


 ……あっ、魔王って名乗ったらダメか。いつものくせで言ってしまうところだった。


 御者の男はそんな俺たちに人のよさそうな笑みを浮かべると。


「うーむ。俺たちはリバスという街に向かってるんだが、あんたらはどうだ?」

「私たちもその街が目的地ですね」


 リバスは俺たちがやってきた街だ。どうやら彼らと行き先が同じらしい。


「ほう、目的地も一緒か。なら俺の馬車に乗ってくかい?」


 などと後ろの馬車の荷台を指し示してきた。


「マノン様、どうします? 乗せてもらった方がよいかもですよ?」

『ユニコーン美味しそうー』

「ひひん!?(ひえっ!?)」


 メルが余計なことを言ったのでユニコーンが悲鳴をあげてしまった。


 俺は魔王なのでユニコーンの言葉も当然わかる。というか意思疎通ができない魔物などいない。


 とりあえず御者の男に軽く頭を下げておくか。


「こらこら、メル。どうもすみませんね」

「お、おう? どうかしたのかい?」


 御者の男は困惑して俺に視線を向けてくる。


 大半の人間は魔物の言葉が分からない。だからさっきのユニコーンの悲鳴もいなないただけに聞こえるし、メルの声に関しては彼の耳にすら入ってないか。


「いえいえ。ちょっと謝りたくなったので」

「そ、そうかい。それでどうする? 馬車に乗るかい? タダでいいぜ。どうせ荷台は空いてるしな」

 

 御者の男は俺を心配するように告げてくる。


 まあ元々俺の答えは決まっているのだが。


「結構です、お気持ちだけ頂戴いたしますよ。なにせ悪人の馬車には乗りたくないもので」

「……あん? 俺が悪人だと? せっかく乗せてやろうと思ったのにそれは酷くないかい?」

「と言われましても。悪人なのは事実でしょう?」


 俺もニコニコと笑い返すと、御者の男は舌打ちをして途端に人相の悪い顔に変貌した。


「チッ。おいお前ら! こいつらも攫うぞ!」


 御者の男が叫ぶと同時に、荷台から武装した男たちが四人ほど出てきた。


 彼らは俺というかフェニを見て下卑た表情を浮かべている。


「おい兄ちゃんよ。なんで俺が盗賊だってわかったんだ? 今まで両手で数えきれない奴を騙してきたが、誰もかれも疑わずに荷台に乗ってくれたんだがよお。教えてくれたら楽に殺してやるよ」


 御者の男も地面に降りて俺に向けて剣を突き付けている。


 ……と言っても俺はこいつらが盗賊だったのを今知ったのだが。


「あんた、盗賊だったのか」

「……は? いやてめえ、俺が悪人だって言っただろうが。俺の喋りか見た目かで感じ取ったんだろ?」

「いやまったくわからなかったが? 荷台から他の奴が出て来るまで盗賊だなんて思わなかった」


 本当にびっくりだ。魔王たる俺がまさか盗賊に襲われる日が来るとは。


 彼らのことは詐欺師だと思ってたのに。馬車に乗せて街に連れて行ってから、多額な報酬を払えと脅すぼったくり馬車みたいな。


「はあ? それはおかしいだろうがよ! じゃあなんで俺を悪人と断じたんだよ!」


 御者の男はなおも叫んでくるが、そんなこと決まってるだろう。


「お前のことは知らん。俺はユニコーンの姿を見てテイマーのお前も悪人だと判断しただけだ」


 俺は魔王だ。魔物のことならば一目瞭然で分かる。


 そしてその魔物の状態を見れば、使役者がどのような者かも簡単に分かる。


「はあ? ユニコーンだと?」

「そうだ。ユニコーンを使役するのに鞭などいらないはずだ」


 ユニコーンは愛情を注げば答えてくれる魔物だ。


 例え会話ができなくても使役者の意図を読み取る知能もあるし、そもそも人間の言葉を理解できるのだ。馬車を止めたりするのに鞭なんていらない。


 なのに鞭を使うのはユニコーンと一切の信頼関係を築けていないことに等しい。こんな奴がどうやってユニコーンをテイムしてるんだ?


「そのユニコーンは表情もやさぐれている。性格が悪い者に育てられたからだ。だがこれだけなら悪とは呼べないが、他には角の状態を見れば」

「……ええいグダグダとうるせえ! お前が意味不明なのがわかったからもういい! てめえら! この男とスライムは殺して女は捕まえろ!」


 ……なんだこいつ。聞いておいて途中で遮るとは。


「魔王様。ボクがやりましょうか?」


 そんなことを考えているとフェニが俺の前に出てきた。


「いやお前がやると後始末が大変だからな。俺とメルでやるよ。それとお前も俺のことを魔王と言ってるじゃないか」

「だってこの人間たち、悪者なんですよね? 今から倒しますよね? じゃあ別にいいかなって」


 フェニはクスリと微笑んだ。


 それを見た盗賊たちはなぜかさらに興奮し始める。


「ぶはははは! 自分を魔王って名乗るとはどれだけバカなんだよ! しかも俺たちに勝てると思ってるのか? こちらは五人がかりな上にユニコーンまでいるんだぞ? ガキ二人とスライムとなにが出来るってんだよ!」

「俺らはお前みたいな馬鹿な奴を何人も殺してきたんだよ!」


 なんか面倒になってきたしさっさと倒してしまおうか。



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野生の魔王が現れた!

 たたかう

 にげる

>ばかにする


 

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