第45話「集中していますね」

 ある日の放課後。

 みんなが「じゃあねー」と言って帰っていく。


 さて、俺もそろそろ帰るか……と思っていると、教室の前方の教壇で琴音さんが何かをしている。

 何かなと思ったが、そういえば先ほどのホームルームで、秋に行われる文化祭のアンケートをとったのだった。クラスの出し物は何にするか、みんなが意見を書いて、学級委員である琴音さんに提出したのだ。

 この書いて提出する方法を提案したのも琴音さんだ。一人一人の意見が大事だと。さすがだなと思った。


 なるほど、それのまとめをやっているのかなと思い、俺も教室の前方に行く。


「琴音さん、大変そうだね、手伝おうか?」


 忙しそうにしていた琴音さんがこちらに気づいて、微笑んだ。


「あ、大河さん、書いてあるものを集計していたのですが、なかなか数が多くて大変で」

「そっか、じゃあ俺が読み上げていくから、琴音さんがメモするのはどうかな?」

「そうですね、ありがとうございます。ではお願いします」


 俺は紙を一つずつ見て読み上げる。琴音さんがそれを聞いてメモをしている。あ、橋本は『みんな胸がドキドキ! メイドカフェ!』なんて書いてやがるな。あいつにそんな趣味があったとは……そこはカフェにするとして、だいたいまとまったところで、一覧を見ながら琴音さんが考え込んでいた。


「うーん、カフェとお化け屋敷が同数で多かったですね。中には『スパイスたっぷりインドカレー屋さん』『タコスバー』などと、できるのかよく分からないものもありましたが……」

「まぁ、みんなもよく考えてくれているよね。まだ期間はあるし、今日のところはカフェとお化け屋敷を候補にしておいていいんじゃないかな」

「そうですね、また後日みなさんにお聞きすることにしましょう」

「うん。で、これどうするの?」

「あ、職員室に持って行かないといけません。大河さんすみません、ちょっと待っててもらえますか?」

「ああ、じゃあ俺も一緒に行くよ」

「ほんとですか、ありがとうございます。大河さんのおかげで早く終わることができました」


 琴音さんが、ニコッと笑顔を見せた。

 いつも真面目な顔の琴音さんの笑顔は、俺をドキドキさせるには十分だった。


 職員室に行き、琴音さんが先生に提出した後、


「出してきました。大河さんはこの後ご予定がありますか?」


 と、訊かれた。


「ん? いや、特に予定はないけど……」

「そうでしたか、すみませんがもうひとつお付き合いしてもらってもいいですか?」


 そう言って琴音さんが俺の手をきゅっと握ってきた。そのまま俺を引っ張るようにしてどこかへと行く……って、手が、手が……! ああ、琴音さんのあたたかい手、いいものだな……。


 ……はっ!? 危ない、軽くトリップするところだった。

 それはいいとして、俺が連れて来られたのは……二階にある図書室の前だった。


「……ん? 図書室……?」

「はい、久しぶりに本が読みたい気分でして。大河さんは本を読まれたりしますか?」

「う、うーん、普段は漫画ばかりだなぁ」

「たまには活字を読むのも、いいと思いますよ。入りましょうか」


 琴音さんが図書室のドアを開けた。俺も一緒に入る……って、カウンターにいる図書委員かな、ジロっとこちらを見たような……。

 ……あっ、琴音さんと手をつないでいるからか。俺は急に恥ずかしくなってしまった。


「……このあたりの文庫本なら、大河さんも読みやすいと思いますよ」


 琴音さんが小さな声で話した。図書室には本を読んでいる人、勉強をしている人、いろいろいるみたいだ。


「……な、なるほど、そうだなぁ、じゃあこれを……」


 俺も小さな声で話す。なるほど、図書室にはラノベのような文庫本もあったのか。あまり来ることがないので知らなかった。


 俺が手に取った本は、ラブコメ小説だった。せっかくだし読んでみるかと思い、琴音さんと隣同士で椅子に座る。どれどれ……おお、出だしから主人公はいきなり女の子数人に詰め寄られているぞ……これがハーレムというやつか……実際にあったらかなり大変そうだな……。


 でも、ラノベの文章と展開は、普段本を読まない俺でも読みやすかった。ていうかこの主人公、なんでこんなにモテるんだろう? また女の子出てきたぞ……。


「……大河さん、集中していますね」


 そのとき、琴音さんが小声で話しかけてきた。


「……あ、うん、意外と読んでみると面白いもんだね」

「……そうですね、借りることもできますし、面白かったら、ぜひ」


 そう言ってニコッと笑った琴音さん。俺としてはやはりそっちの方がドキドキするわけで……。

 ……い、いかんいかん。今は物語を楽しむようにしようか。


 結局、この主人公がどうしてこんなにモテるのかは、俺もよく分からなかった。

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