第7話「借りちゃいました」

 朝、俺はめずらしく早く目が覚めた。

 たまにはいいかと思って、起きて朝食を食べる。朝はパンが多かった。昼は母さんのご飯を食べることが多いので、それもありかなと思っている。


 朝ご飯を食べて、少しのんびりしていた。天気は今日は雨のようだ。雨だと憂鬱になるが、仕方ない。濡れてもいいようにタオルを鞄に入れておこうと思った。


 さて、いつもより少し早いが、俺は学校に行くことにした。早く起きた日くらい早く行ってもバチは当たらないだろう。そう思って「行ってきます」と母さんに声をかけて、家を出る。

 しとしとと降る雨。靴が濡れてもいいように、靴下の替えも入れている。今日は準備がいい。


 駅まで歩いて来て、時計を見る。ちょうど電車が来る時間のようだ。朝は通勤、通学の人で多い。俺は電車の前から二番目のドアから電車に乗った。


「――あ、赤坂さん、おはようございます」


 その時、そんな挨拶が聞こえた。右を見るとなんと天乃原さんがドアの横に立っていた。


「おはようございます」


 間違いなく、いつもの真面目な顔の天乃原さんだった。


「あ、お、おはよう、びっくりした、まさかいるとは思わなくて」

「私もびっくりしました。赤坂さんはいつもこの時間なのですか?」

「あ、今日はちょっと早起きしたから、早めに行ってみようと思って……天乃原さんは?」

「偶然ですね、私もです。なんか目が覚めちゃって」


 真面目な顔の天乃原さんだが、口元が少し緩んでいるような気がした。その後、「……なるほど、この時間なら……」と、ブツブツと何か言う声が聞こえたような、そうでもないような。


 電車が学校の最寄り駅に着き、天乃原さんと一緒に駅から歩いていく。雨なので傘を差しながら。天乃原さんは薄いピンクの傘だった。


「雨は面倒ですね、傘を差さないといけません」

「そうだね、梅雨が明けるのはいつ頃かな……」


 そんな世間話をしながら、一緒に学校まで行く。玄関で靴を履き替えて、教室へ。うちの高校は一年生が一階、二年生が二階、三年生が三階と分かれている。俺たちは一組なので、玄関からも近い。教室に入ると、ぽつぽつと人が来ていた。


「赤坂、おはよう!」


 いつもの窓際の席に着くと、元気な声が聞こえてきた。橋本だった。


「あ、おはよう、橋本も早いな」

「おう、なんか目が覚めちまってな、早く行こうと思って」

「そっか、俺も一緒だ」

「マジかー、まぁそういうこともあるよな。あ、そうそう、借りてたJEWELSジュエルズの新しいアルバム持ってきたぜ、ありがとう」

「いえいえ、よかっただろ?」

「おう、いい曲多いなー、一気に好きになったかも」


 JEWELSとは、今若い人に人気のアイドルグループだ。可愛くて、歌も上手くて、よく音楽番組に出ているのを見かける。


「――どなたかのCDですか?」


 その時、隣の席から声がした。見ると天乃原さんが真面目な顔でこちらを見ていた。


「どなたかのCDですか?」


 あ、今の橋本との会話を聞いていたのかな。隣の席だから聞こえるのも当たり前か。


「あ、うん、JEWELSのCDを橋本に貸していて」

「そうでしたか。橋本さんはもうお聴きになったんですよね?」


 天乃原さんが橋本に話しかける。あ、まずいかも、と思ったが、もう遅かった。


「……あ、う、うが、あの、その……」

「……?」

「……あ、いや、あの、き、聴きました……」

「そうでしたか、よかったですか?」

「…………赤坂すまん! あとは任せた!」


 そう言って橋本がダッシュで教室から出て行った……って、どこに行くんだあいつは。

 そう、橋本は女の子と話すのが超絶苦手だった。元気があるし、背も高いし、けっこう爽やかな方だと思うんだけど、そこだけは残念なんだよな……。


「……私、嫌われてるのでしょうか?」

「あ、いやいや、橋本は女の子みんなにあんな感じなんだ。天乃原さんが嫌いとか、そういうことじゃないよ」

「そうでしたか。それにしても、じゅ、じゅえるず……? というのはどういうものなのでしょうか?」


 あ、なるほど、天乃原さんはJEWELSを知らない……のかな。まぁ興味がなければ知らないのも仕方ない。


「何年か前にデビューしたアイドルグループだよ。あ、天乃原さんも聴いてみる? 貸してあげるよ」

「そうなんですね、じゃあ……せっかくなのでお借りすることにします」


 俺は天乃原さんにCDを手渡した。その時ちょっと手が当たってしまって、俺はドキッとしてしまった。


「……CDを、借りちゃいました」


 じーっとCDを見ていた天乃原さんが、なんだか可愛く見えた。

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