第6話「それは秘密です」

「大河、お嬢さん、ありがとうねぇ、また来てね」

「うん、ありがとう、ばあちゃんも身体気を付けて。じいちゃんに無理しないように言っておいて」

「ありがとうございました」


 俺と天乃原さんは、ばあちゃんにお礼を言って、店を後にした。二人で並んで駅まで歩いていく。


「すみません、こんなにいただいてしまいました……」

「いやいや、じいちゃんもばあちゃんも孫にいいことしてあげたいんだろうね。お菓子ばかりで申し訳ないけど」

「いえ、嬉しいです。帰ってありがたくいただくことにします」


 天乃原さんはお菓子の入った袋を持って、真面目な顔なのだが少し嬉しそうな感じにも見えた。


「おじいさま、早くよくなるといいですね」

「そうだね、天乃原さんが言っていたように、腰は痛めるときついからなぁ」

「そうですね、『かなめ』という字が入っているくらいですから、腰は大事なのです」


 たしかに、と思った俺だった。

 二人で駅まで歩いて来て、時刻表を見る。電車が来るまでもう少し時間があるようだ。

 駅にはぽつぽつと人がいる。二人で駅のベンチに座ることにした。

 ふと、自動販売機が見えたので、


「天乃原さん、何か飲む?」


 と、訊いてみた。


「あ、そうですね、お茶が飲みたいかもしれません」

「分かった、買ってくるよ」


 俺は自販機に行って、二人分のお茶を買って戻った。


「はい」

「ありがとうございます」


 ……そこで俺は思い出した。なぜ天乃原さんは俺なんかに話しかけたり、昼ご飯を一緒に食べたり、帰りについて来たりしたのだろうか。クラスメイトであり、隣の席ではあるが、これまでそんなに接点は多くなかった。それだけに不思議だった。


 まぁ、友達になるきっかけなんてどこにでもあるし、たまたまため息を聞いたからとか、前から話してみたかったとか、理由は色々あるだろう。でも気になったので、天乃原さんに訊いてみることにした。


「あ、天乃原さん、なんで急に俺なんかと話そうと思ったの……?」

「……それは秘密です」


 ……あ、ひ、秘密と言われてしまった……そう言われると気になってしまうのが人間というもので。でも、あまり訊きすぎるのもよくないかなと思った。


「そ、そっか、秘密か」

「はい、そうです」


 それから少しの間、沈黙の時間ができた。な、何か話した方がいいのかなと思っていると、


「……でも、そのうち話してもいいかもしれません」


 と、小さな声で言う天乃原さんだった。


「そっか、じゃあ、その時を楽しみにしてるよ」

「はい、そうしてもらえると嬉しいです」


 天乃原さんは変わらず真面目な顔……なのだが、たまにちらちらとこちらを見られているような気がする。な、なんだか恥ずかしくて、俺は目を合わせることができなかった。


「……あ、そうだ」


 天乃原さんがそう言って、もらったお菓子の袋に手を伸ばしている。なんだろうと思ったら、


「いただいたアメ、食べませんか?」


 と言って、アメが入った袋を俺に差し出してきた。


「ああ、じゃあ、いただきます」

「私も、いただきます」


 包みを開けて、口にアメを入れる。メロンの甘い味が口の中に広がった。


「赤坂さんは、何味でしたか?」

「俺はメロン味だったよ、天乃原さんは?」

「私はいちご味でした。美味しいですね」


 やっぱり、天乃原さんの口元が少し緩んでいるような気がした。


 そんなことを話していると、駅に電車が入って来た。俺と天乃原さんは電車に乗る。天乃原さんは一駅隣なのですぐに着いてしまう。隣の駅に電車が着こうとしているところで、


「今日は、ありがとうございました」


 と、天乃原さんが言った。


「いや、こちらこそありがとう。じゃあまた明日、学校で」

「はい、また明日です」


 天乃原さんは小さく手を振って、電車を降りて行った。


 一人になって、今日のことを思い出す。

 とんでもない成績を目の当たりにして、落ち込んでいたら、天乃原さんが話しかけてきた。

 その後、今日は一日、よく天乃原さんと話していた。

 いつもの真面目な顔は変わらないのだが、たまに見せるやわらかい表情が、印象的だった。


(今まであまり話したことはなかったけど、天乃原さんもいい人っぽいな……)


 電車が俺の家の最寄り駅に着き、俺は降りて改札をくぐる。

 外は初夏。むわっとした空気が、俺にまとわりつく。


 でも、今日はなんだか、いい日になったような気がした。

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