第5話「天乃原と申します」

 天乃原さんと一緒に、学校の最寄り駅から電車に乗り、二人並んで座った。

 俺について来るというのは本当のようだ。あれ? そういえば天乃原さんはどのあたりに家があるのだろうか。


「天乃原さんは、この路線で学校に来てるの?」

「はい、偶然ですがこの路線です。五駅隣ですね」


 なるほど、俺の家は三駅隣だから、その先だったのか。もしかしたら朝会うこともあるかもしれないなと思った。


 ……ん? な、何を期待しているのだろうか。ちらっと天乃原さんを見ると、横顔が綺麗で俺はドキッとしてしまった。


「……どうかしましたか?」

「……あ、い、いや、なんでもない……天乃原さんの最寄り駅からもう一駅先に行くけど、大丈夫かな?」

「はい、ICカードにお金は入っていますので、大丈夫です」


 やっぱりついて来るようだな……と思ったが、それ以上考えるのはやめた。

 電車が目的の駅に着き、俺と天乃原さんは降りる。駅を出て、十分くらい歩いたところにじいちゃんの家はある。そこまで案内することにした。


「……着いた、ここだよ」

「え? ここは……」


 天乃原さんが見上げている先にあるのは、『神山商店』という看板だった。じいちゃんは母方の祖父で、ここで小さな商店を経営している。生活用品やお菓子などが置いてある、昔ながらのお店という感じだ。


「じいちゃん家、お店やっててね」


 俺がそう話しかけるが、天乃原さんはじーっと看板とお店を見ていて、何も言わない。あ、あれ? 何かあったのだろうか。


「……あ、天乃原さん?」

「……あ、すみません、ついぼーっとしてしまいました」

「そっか、入ろうか」


 扉を開けると、カラカラと音がした。中にはお客さんが二人いた。じいちゃんはきっとお店には出てないだろうから、ばあちゃんはいるかなと思っていると、


「――あら、大河じゃないの」


 と、声が聞こえた。レジのところにばあちゃんがいた。


「あ、うん、じいちゃんが腰痛めたって聞いて、母さんが様子を見て来てくれるかって」

「あらまぁ、ありがとうねぇ、おじいちゃんは奥で横になってると思うよ。上がっていきなさい……って、そちらは?」

「あ、ああ、同じクラスの天乃原さん。ついて来たいって言って」

「こんにちは、天乃原と申します」


 天乃原さんがぺこりとお辞儀をした。


「こんにちは、大河がいつもお世話になっとるねぇ……あら?」

「……ん? ばあちゃん、どうかした?」

「いや、お嬢さん、どこかで見たような気がしたけど、気のせいかしらねぇ。歳とったから誰かと見間違えてるのかもねぇ」

「そ、そっか、まぁそういうこともあるか。じゃあ……上がらせてもらうね」


 俺たちは店の奥に上がることにした。天乃原さんは「おじゃまします」と小さな声で言っていた。

 じいちゃんは奥の部屋で横になっていたが、


「――おお、大河か、よう来たな!」


 と、声を出した。


「じいちゃん、腰痛めたって聞いたけど、大丈夫?」

「ああ、昨日は動くのもきつかったけど、今日は少し楽なようだ。お薬も飲んでるからそのうちよくなるだろうよ」

「そっか、よかった。あんまり無理しないで」

「ありがとよ。おや、そちらの子は……?」

「あ、ああ、同じクラスの天乃原さん。俺について来たいって言って」

「こんにちは、天乃原と申します」


 天乃原さんがまたぺこりとお辞儀をした。


「こんにちは、せっかくのお客さんなのに、こんな姿ですまないね」

「いえ、腰は痛めると辛いです。お大事になさってください」

「ありがとよ。なんだ、大河にもこんな可愛い彼女がいたのか」

「え!? ち、違うよ! 天乃原さんはクラスメイトで……」

「じいちゃんに隠さなくてもいいんだよ、お嬢ちゃん、大河をよろしくな」

「はい」


 じ、じいちゃん、人の話聞いてないな……天乃原さんも「はい」って言っちゃうし……うう、なんか恥ずかしくなってきた。


「せっかく来たんだ、大河、お嬢ちゃんに何か持たせてやりな。お菓子とかならあるから。お金はじいちゃんが出してやるよ」

「じ、じいちゃん、俺もお金持ってるよ」

「そんな遠慮するな、孫にいいことしてやりたいんだよ」


 ま、まぁ、なんか申し訳ないが、ここは従っておかないと怒られそうな気がした。


「あ、天乃原さん、お菓子でも見る……?」

「はい、そうさせてもらえると嬉しいです」


 俺たちはお店の方に行って、お菓子を見ることにした。まぁ、高校生にもなってお菓子というのもなんだか恥ずかしいが、今日はいいということにしよう。


「……あ、ウマイ棒がありますね」


 ぽつりと天乃原さんが言った。


「ああ、美味しいよね、俺はめんたい味が好きだよ」

「私もです。美味しいですよね」


 お菓子を見ている天乃原さんも真面目な顔なのだが、口元が少し笑っているような気がした。

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