第4話「ご一緒してもよろしいですか?」

 放課後になった。

 クラスメイトが続々と帰っていく。俺も帰る準備をしている。


「赤坂ー、帰るのか?」


 そのとき、後ろの方から呼ぶ声がした。見ると橋本が笑顔でこちらに来ていた。


 橋本はしもと光星こうせい。今日の数学の時間に前に出て解答を書いていた男の子だ。クラスの中でもよく話す友達……ではある。


「ああ、帰ろうかなと。ちょっと寄るところあるけど」

「そっかー、しかし数学の時間はビビったぜ、まさか当てられるとはなー」

「まぁそういうこともあるよ。橋本は部活だろ?」

「おうよ、今日もしっかりレシーブして、スパイク打ってくるぜ!」


 そう言って橋本がスパイクを打つように腕を振り回した。橋本はバレー部に所属している。背も高いからピッタリなのだろうなと思う。


「そっか、頑張って」

「おう、じゃあまた明日なー」


 橋本がぶんぶんと手を振りながら教室を出て行った。さて俺も帰るか……と思っていたら、


「――どこかに寄るのですか?」


 と、隣から声がした。見ると天乃原さんが真面目な顔でこちらを見ていた。


「どこかに寄るのですか?」


 ああ、さっきの橋本との会話が聞こえていたのかな。


「あ、うん、ちょっとね……」

「そうですか、私もご一緒してもよろしいですか?」


 ……ん? ご一緒してもよろしいですか? とは……?


「え? ご一緒……とは?」

「すみません、ついて行ってもいいですか? という意味です」


 なるほど、俺について行く……と。


 …………。


 ……えええ!?


「え!? あ、いや、その……」

「ダメでしょうか?」


 天乃原さんはじーっと俺のことを見てくる。やっぱり綺麗な目だな……って、そうじゃなくて! つ、ついて行くって、本気なのだろうか?


「あ、いや、ダメってことはないけど……」

「じゃあ決まりですね、行きましょう」


 天乃原さんはそう言うと、スッと立ち上がった。ほ、本当に俺について来るつもりなのだろうか。でも天乃原さんが嘘をついているようには見えなかった。


 どういうことだろうかと思いながら、俺たちは玄関で靴を履き替え、学校を出る。俺の横に並んで天乃原さんが歩いている。な、なんか不思議な光景のように思えた。


「……赤坂さん、背が高いですよね」


 ぽつりとつぶやいたのは、もちろん天乃原さんだ。俺は百七十五センチくらいある。天乃原さんは百六十センチくらいだろうか、並んで歩くと背の違いが分かる。


「ま、まぁ、百七十五センチくらいだけど……天乃原さんは?」

「私は百五十八センチです。いいですね、背の高い男の子って」


 い、今のは褒められた……のかな。よく分からないが、なんとなく嬉しくなったのはここだけの話だ。


「そ、そうかな、めちゃ高いってわけじゃないけど、昔からそこそこ背は高くて……あはは」

「……なるほど、昔から……」


 そう言った天乃原さんが、じっと俺のことを見てくる。やっぱりなんかくすぐったくて、恥ずかしい感じがして、俺は目をそらしてしまった。


「……あ、天乃原さんは、昔から勉強できる……の?」

「そうですね、自分で言うのもどうかと思いますが、勉強はしっかりとやってきました。なので勉強で困ったことはないというか」

「そ、そっか、そうなんだね……すごいなぁ」

「いえ、それほどでもありません。逆に言うと、それしか取り柄がないのです」


 真面目な顔の天乃原さんだが、ちょっと寂しそうな表情に見えた。それしか取り柄がないって、そんなことはないと思うんだけどな……。


「そんなことはないんじゃないかな、勉強ができるってすごいよ。十分誇れることだと思うよ」


 歩きながら俺がそう言うと、天乃原さんがピタッと歩みを止めた。あ、あれ? どうかしたのだろうか。


「あ、あれ? どうかした?」

「……いえ、赤坂さんが、優しいなと思いまして」

「え!? い、いや、そうでもないと思うけど……あはは」

「ありがとうございます。勉強のことで褒められることが少ないので、嬉しかったです」


 天乃原さんがまたじっと俺を見てきた。は、恥ずかしい……って、勉強ができると普通は褒められるんじゃないのかな? 俺はあんな成績だからよく分からないけど、先生とか、親とか、兄弟とか、褒めてくれる人がいそうなものなのだが。

 ……でも、天乃原さんの表情を見ていると、なんとなく訊きづらかった。もしかしたら何か事情があるのかもしれない。


「それはいいのですが、これからどこに行こうとしているのですか?」

「ああ、俺のじいちゃんの家。なんかじいちゃんが腰を痛めたらしくて、心配になってね」

「……そうでしたか。腰を痛めると辛いです」


 なぜか天乃原さんとそんな話をしながら、俺たちは俺のじいちゃんの家へと向かっていた。

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