第3話「一緒に食べませんか?」

 昼休み。

 クラスの中では「一緒に食べよー」と席をくっつける者や、学食に走る者、わいわいと色々な光景が見られる。


 俺は普段は誰かと一緒に食べるわけでもなく、母さんが作ってくれたお弁当をもくもくと食べている。まぁいつもというわけではなく、たまに友達と学食に行ったり、パンを買ったりもしている。みんなそんなもんだろう。


 さて、今日もお弁当を食べるか……と思って、鞄の中からお弁当を取り出していると、


「――赤坂さんは、お弁当が多いですよね」


 と、隣から声が聞こえた。見ると天乃原さんが真面目な顔でこちらを見ている。


「赤坂さんは、お弁当が多いですよね」


 じっとこちらを見る天乃原さんだった。まぁ隣の席だし、いつものことだし、そう思われていてもおかしくないよなと思った。


「あ、うん、そうだね、なんか学食に行くのもいいけど、たまにでいいかなって」

「そうですか、私はお弁当ばかりですね」


 天乃原さんはそう言って鞄から何かを取り出した。花柄の包みの中から取り出されたのは、小さめの赤いお弁当箱だった。


「……そうだ、せっかくですし、一緒に食べませんか?」


 …………。


 ……ん? 一緒に食べませんか……?


「……え、え!? あ、いや、まぁ……」

「ダメでしょうか?」

「あ、いや、ダメってことはないけど……」

「じゃあ決まりですね、一緒に食べましょう」


 天乃原さんはそう言って席を動かして、俺の方に近づいてきた……って、えええ!?


「……あ、一緒に食べるって、そういう……」

「……? これ以外に何かあるのでしょうか?」

「あ、いえ、ないですね……」


 思わず俺も丁寧な言葉になってしまった。天乃原さんは小さな声で「いただきます」と言って、お弁当を食べる。お、俺も食べないと不自然に思われるよな……。


「赤坂さんのお弁当箱、大きいですね。二段だし、私の倍くらいはありそうです」

「あ、ああ、そうだね、一応俺も男なんで、それなりに食べるというか……あはは」


 な、なんか不思議な感じだ。まさか女の子と一緒にご飯を食べるなんて……まぁ、クラスには男女でも友達同士一緒に食べている人もいるから、そんなに目立つわけではないからいいけど……。


 俺はちらりと天乃原さんを見た。メガネをかけているのはもちろんだが、天乃原さんは髪が長い。肩よりも長い黒髪を後ろで一つにまとめている。女の子らしいなと思わなくもないけど、今はショートカットの子もけっこういるな。

 そして、よく見ると顔が整っていて綺麗な方だと思う。横顔も綺麗で、俺はドキッとしてしまった。


「……どうかしましたか?」


 俺が天乃原さんを見ていたのがバレたのか、こちらを見て不思議そうな顔をされた。さ、さすがに横顔が綺麗でドキッとしたとか言えないので、ごまかさないと……。


「あ、い、いや、なんでもない……」

「そうですか? なにか言いたそうでしたが」

「ああ! い、いや、ほんとになにも……」

「そうですか。あ、今気づいたのですが、赤坂さんのお弁当にも卵焼きが入っていますね」


 天乃原さんの視線の先は、どうやら俺のお弁当の卵焼きの方だ。天乃原さんのお弁当を見ると、そちらにも卵焼きが入っていた。


「あ、そうだね、天乃原さんも一緒か」

「そうですね。そうだ、交換しませんか?」


 ……ん? 交換、とは……?


「ん? 交換……?」

「はい、赤坂さんの卵焼きと、私の卵焼きの交換です」

「……ええ!? そ、それは、いいのかよくないのか分からないけど……」

「卵焼きって、ご家庭によって味が違うじゃないですか。どんな味か興味がありまして」


 な、なるほど、たしかにそうかもしれない……と思ってしまった俺はちょっとおかしいのだろうか。


「あ、なるほど……いや、でも、いいのかな……」

「いいのです。大きさも同じくらいですし、等価交換というものです。じゃあ私のあげますね」


 そう言って天乃原さんが自分の卵焼きを箸でつまんで、俺のお弁当箱に入れてきた。ま、まぁ、仕方ないか……と思って、俺も自分の卵焼きを天乃原さんのお弁当箱に入れる。ちょっと手が震えていたかもしれない。


「ありがとうございます。じゃあ、いただきます」


 卵焼きをそっと食べた天乃原さんは、


「……美味しいですね、ちょっと甘い感じがします。なるほど、赤坂家ではこういう味なのですね」


 と、真面目な顔で言った。

 ……お、俺も食べないと変に思われるよな、俺も卵焼きを食べてみる……あ、しょうゆの味がほんのりと。なるほど、こういう味なのか。


「……天乃原さんの卵焼き、少ししょうゆの味がするね、お、美味しいよ」

「そうですね、違いがあって、面白いですね」


 真面目な顔の天乃原さんだったが、口元が少し笑っているような気がした。

 でもやっぱり、どうして一緒に昼ご飯を食べているのか、俺には分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る