赤い橋の女

清仁

赤い橋の女

「あそこはやばい。おまえも一回行こう」

 

 そう言われました。

 すみません。ありがとうございます。まさか、あなたみたいな人にお会いできるなんて、思いませんでした。

 こういう話、お詳しいんですか?

 ああ、はい。じゃあ話しますね。

 

 電話で行こうって言われたのは、八月の中旬ですね。たしか夜の十一時くらいかな。ちょうどそのとき、彼女と一緒にアパートで心霊番組の録画を見てました。

 見ていたといっても、俺も彼女もベッドに横になりながらだったんで、彼女は九割寝てましたし、俺も五割は寝てましたね。

 だからいきなり自分のスマホが鳴って、着信音が部屋に響いたときには、ものすごく驚きましたよ。全身でびくっとしちゃって。その振動で彼女も「え、何、今の地震?」なんて飛び起きちゃって。俺が電話でびっくりしただけって言ったら「びっくりさせないでよ」ってちょっと呆れてましたね。

 彼女に謝ってからスマホの画面を見ると、登録してない番号からの電話で、ちょっと身構えました。夜に知らない番号から電話がくるのって、変な緊張しません?まさにそんな感じです。

 彼女も「誰これ?」って少し浮気を疑ってるような感じもありました。でも俺にやましいことはなかったんで、それを証明するためにも、電話に出ましたよ。

 最初は、相手は無言でしたね。無言というか、無音ですかね。とにかく何も音がしないんです。俺が「もしもし」って何度言うもんだから、彼女も変な電話だから切ったらって。それで切ろうとしたんですよ。そしたら、急に向こうから『もしもし』って男の声がしたんです。もうびっくりしました。うわって思ってね。

 彼女と顔を合わせて、驚いていると『おーい。もしもーし?俺だけど聞こえるー?』って相手の男が言うんですよ。何度も。息切れしてるような声も入ってました。

 誰これ、やばい人かなって彼女と小声で話してると、あれ?聞いてことある声だって思いました。

 よく聞くと、俺の高校のときの友達なんですよ。えっと、だから十年ぶりですかね。それくらいです。彼女にもそう説明すると、安心したようで、また「驚かせないでよ」って文句言われましたね。

 そっから普通に、久しぶりって話して、いつ番号変えたんだって聞いたんですよ。登録されてないからびっくりしたって。それに関しては友人笑ってましたね。ごめんごめんって軽い感じで。まあ俺も誰からの電話だったのか、解決したからあんまり気にならなかったですけど。

 それで「急にどうした」って俺が言うと、友人は「赤い橋がやばい」って言ってきたんです。

 赤い橋ですか?

 えっと、赤い橋っていうのは、シーサイドラインにある鉄橋なんですけど、トラス構造っていうんですかね、鉄骨で骨組みがされてる橋。トラス橋かな?電車とかの橋っていうか。まあ画像調べるとたぶんわかると思います。その橋が、俺たちの地元にはあるんですよ。それで、その橋は心霊スポットとして有名なんです。

 もうちょっと説明すると、鉄骨が真っ赤に塗装されてるから赤い橋です。色については、ほかの色で塗装しても勝手に赤色に変色するから放置されてるとか、噂でありますね。あとは、女性看護師が飛び降りて自殺して、その血のせいで赤いとかも。そういっても、シーサイドラインの途中にある、大きな谷というか、渓谷を渡るための橋なんで、地面までは八十メートルくらいですかね。とにかく高いです。だから飛び降りた人の返り血が橋に飛んでくるとか、ありえません。

 話に戻りますね。その赤い橋には、幽霊が出るって話が昔からあるんですよ。俺たちも若いときは、そういう怖いもの見たさでよく行きました。

有名な話ですか?そうだなあ。

 夜にその橋を渡ると、下から女の霊に足を掴まれて谷底まで落とされるとかですかね。あと、車でその橋を通るとき、窓から女が中を覗いてくるとか、上の鉄骨に女が立ってるとかかなあ。あ、そうだ。あと橋を渡ってるとき口を開けちゃいけないってのもありました。喋りながら橋を渡ると呪われるとかって。よくわかんない噂ですよね。ほかのは、まあそれっぽいですけど、喋ると呪われるってなんだよって。やっぱりそう思います?

 ちなみに、俺も友人たちも、この噂は検証だって言いながらふざけて試しましたよ。まあ、特に何もなかったですけどね。

 ああそうだ。それで、友人から電話があって、詳しく話を聞いたんです。するとね、その電話の少し前に赤い橋を通ってきたそうなんです。

あ、すみません。忘れてました。シーサイドラインって二つあって、この赤い橋を通る道は旧シーサイドラインっていって、もうあんま使われてないんですよ。夜とか真っ暗だし、動物とかも多いし、道も悪いし。それで、新シーサイドができたんでね、みんなそっちばっかり使います。だから友人がわざわざ赤い橋に行く意味もないし、なんでだろうって思って。

 そしたら、久しぶりに行ってみたくなったって、明確な理由はなかったみたいです。単純なやつだなあって思いましたね。それで久しぶりに電話でそんなこと報告してくんなよって。こっちはもう寝るとこだったぞって言ったんですけど、やけに興奮してるというか、様子がおかしかったんですよ。だから俺も気になって、詳しく聞くことにしました。

 友人は、さっきも言ったとおり、急にその橋に行きたくなったらしいです。それで実際行ったそうなんですよ。一人で。

 なんで一人で行ったのかは、わかりません。学生時代から、やんちゃというか、怖いもの知らずだったんですよ。すごいですよ。

俺たちと一緒に心霊スポットに行こうって約束してて、連絡取れなくて、仕方ないから自分たちだけで行くかって話して、現地にいざ行くと、先に一人で下見してるんですから。

 行くなら行くで、ちゃんと言ってほしかったですけどね。

やっぱり、普通言いますよね。約束してるんだから。ん?そうですねえ。どんな廃墟だろうが、山奥だろうが、関係なしでした。たしか、学生のときも一人で赤い橋に行ってたような気がします。そのときも、それで俺たちがあとから合流したはずです。え?当時ですか?バイクでしたね。車の免許取ってからは車でしたけど。

 すみません。さっきから話が脱線してばっかりで。ああ、そうそう。それで、その日の友人は、一人で橋に行ったそうなんですよ。車で行って、まず普通に橋を渡ったそうです。車内を覗いてくる女がいないか、車を走らせながら、全方向見渡して。

そのときは特に問題なくて、今度は車を停車して、歩いて橋を渡ったそうです。車を停めたのは、橋の西側ですね。友人は東側の道を運転してきたんで、渡ったところに停めたそうです。西側に停めて、東側に歩いて戻った感じになります。

 やっぱりですか?そうですよね。友人ですけど、やっぱり、ちょっと頭ぶっ飛んでますよね?俺も行った当時は、何人もいたからそういうことできましたけど、夜中の山奥に一人ですよ?あ、でも高校のときも同じことやってんのか。すみません。まあそういうやつなんです。そうです。高校のときからぶっ飛んでたんです。

歩いて渡っても別に足を掴まれるとかなく、普通に渡って、東側に着いたそうです。で、車に戻るためにまた西側に向かって歩き始めたそうです。そこで、大声で叫びながら渡ったらどうなるかって試したくなったらしいんです。それって学生だった当時もやったことなくて。車内で大声で歌いながら運転するってのはあったんですけどね。徒歩で叫びながらは初の試みってわけです。

 それで、彼は大声で「おい出てこいや!あばずれ尻軽くそ女!」って叫んだそうです。単調な悪口ですか?そうですね。もっとほかに言葉があったかも。

 そのまま何度も叫びながら橋を歩いていくと、上から、何か大きいものが目の前に落ちてきて彼の目の前の地面で、ぐちゃって潰れたそうです。顔に水が顔にかかって、臭かったらしいですね。鉄の匂いがすごかったって。あはは。そうですそうです。人だったんですよ。正解です。

 ライトで照らすとそれは女の人だったんです。女の人が落ちてきたんですよ。上の鉄骨から。

 友人はびっくりして、咄嗟に上の鉄骨と地面の肉塊を交互に見たそうです。それでね、上の鉄骨に女が立ってるんですよ。友人の方を見ながら満面の笑みだったそうです。

 すぐにあの女が、この女を上から落としたのかって思ったらしいです。でもどうやって鉄骨の上に行ったのかわからないし、そもそも真っ暗なのに、ライトの光って遠いとそこまで照らせないじゃないですか?でも上の女が見えて。なんでこんなにはっきりと女が見えるんだって思ったら、もうパニックですよね。でもあまりのことに動けなくて、また交互に上と下の女を見たそうです。

 そしたらですよ。上の女と、下の女。着てる服が一緒だってことに気づいたんです。どんな服だったか?そこまでは言ってなかったですね。ちょっとわからないです。

 続きですね。同じ服の女だってわかって、ぐちゃぐちゃになってるけど、見れば見るほど同じ女だったんですって。髪も長くて、靴も一緒だったかな。もう、これ本物だって思ったらしいです。

 車の方まで行くには目の前に女の肉塊があるし、その真上には女が立ってるし、車を諦めて後ろに走ろうとしたそうです。そしたら、地面の肉塊が起き上がったんですよ。それで友人に向かって笑ったらしいです。上の鉄骨女と同じ顔で。肉塊に顔があんのかよって思いますけど、笑ったってわかるってことは、顔は残ってたんじゃないですかね。

 さすがの友人も全力で走って逃げたそうです。車は諦めて。その途中で俺に電話をかけてきたそうです。なんで俺だったのかは、急いでて、とりあえず誰でもよかったそうです。

 それで「あそこはやばい。一回行った方がいい」って。あと「車を取り返しに行きたいから、一回行こう、一緒に行こう」って言われました。

 正直だるかったですね。夜だし。でも彼女が「友達が困ってるなら行っておいでよ」って言ってくれて。優しいんですよ、俺の彼女。怒ると怖いけど。ええ、大好きでしたね。ほんとに。

 それで行ったんです。彼女は次の日朝早かったんで、俺だけです。俺は次の日休みでしたから。ええと、シーサイドラインは、アパートから四十分くらいですね。あ、すみません。さっきの赤い橋の女の話は、現地でその友人と合流してから詳しく聞きました。電話では「女が出た。やばい」ってかなり省略して言ってました。ええ、電話でそんな長話してるくらいなら、早く逃げろって話ですよね。でも、もうわかってるでしょ?まあ、一応最後まで話しますよ。

 シーサイドラインに入って赤い橋に向かってる途中で、歩いている友人を見つけました。声をかけて、車に乗せて、そのときに詳しく話を聞きました。さっきの女の話です。

 それから助手席にそいつを乗せて、赤い橋の向こう側に停めてある車を目指して進みました。ちょっとは怖かったですよ。ほんとに女がいたらどうしようって思って。

友人の様子ですか?そうですね。へらへらしてました。そのときにおかしいって気づけばよかったんですよね。なんでそんな恐怖体験したのに笑ってられるんだって。俺はそのとき、もしかしてどっきりだったのかなって思いました。口にはしませんでしたけど。

 赤い橋まで行って、車で橋を渡って、西側へ進みました。でも、友人の乗ってきた車はなかったんですよ。友人は「あれ?俺の車がねえ!」って慌てて車外に出ていきました。俺もそれを追いかけようと、車から出ました。

 はい。そうです。友人はいなかったんです。そこで思い出しました。その友人って、学生のとき死んでたんですよ。その赤い橋で。そのときも友人は一人で赤い橋に行って、俺たちが行ったときにはいなかったんです。珍しくいないなあ、なんて話して、家に帰りました。それからどれくらいだったかな。下の渓谷に川が流れてるんですけど、その川が、ちょうど海に流れ込む岩場で、友人の死体が見つかったんでした。

 橋から落ちて、ぐちゃぐちゃで。なんとか持ち物から友人だってわかって。

だから携帯電話の番号も消してあって、登録されてなかったんです。なんでそんなこと忘れてたんだろうって思ったときには、自分を呼ぶための罠だったってわかりました。橋の方に、女っぽい何かが立ってたんで。詳しくはわからないです。はっきりと見えたわけじゃないんで。

 すぐに車に戻って、エンジンをかけて逃げましたよ。ドラマとかだと、エンジンかからないじゃないですか?でもすんなりかかって。危なかったって思いながら、西側の道を進みました。いや来た道には女が立ってたんで、戻れないですよ。

そのまま進んで、ルームミラーを見ると、後部座席に乗ってました。女が。

服装とかは思い出せないです。ただ髪の毛が長かったことと、裂けた口元が大きく動いて笑ってました。

 助手席をふと見ると、俺を呼んだ友人がまた乗ってて「ごめんな、でもこうしないとだめなんだ。ありがとな」って言いながら、ハンドルを掴んで、無理に動かしてきました。それで崖下に落ちて、俺は死んだんです。新道から見えるところだったんで、車も、俺の死体も、回収はしてもらえましたけどね。

 でも本当に、ここであなたが俺のことを見つけてくれてよかった。偶然通りかかったんですよね?本当に、俺が見える人が来てくれてよかった。

 俺はもう、友人と同じように、あの女へ誰かを捧げるための操り人形のようになっていくと思います。電話で赤い橋まで誘い出すように。自分でわかるんです。お願いします。彼女だけは、そうならないように、警告してもらえないですか。彼女だけは、どうしても救いたいんです。お願いします。本当にお願いします。

 あ、あありがとうございます。はい。俺から電話があっても、絶対に出ないように。アパートの記念写真の入ったフォトフレームの後ろに、婚約指輪が入ってます。そそそれを言えばきっと信じてくれます。準備してたんですよ。プロポーズしようと思って。だだから彼女は知らないはずです。でも、もう無理ですけどね。俺が幽霊になって、そう忠告してきたってことは、言ってもいいです。でも成仏したってことにしてください。じゃないと彼女、ここに何度も通うかも。そしたら、赤い橋の女に呼ばれるかもしれないんで。本当に頼みます。あ、あ、あ、あ、でも、もしもうアパートから退去してたら、どうしようもないか。そしたら、仕方ないですね。

 それじゃあ、お願いします。俺、もももお行かないとお。ずうっと呼ばれてるんで。橋にい。橋にい。赤い橋にい。

そおだあ。

それとお。

俺の供物にいなってえもらえませんかあ。

そおしたら解放されるうんでえ。

えええ。だめえ?

じゃああ、わかってると思うけどおお。

私の邪魔をしたあらあ。

おまえも殺すから。

おまえと一緒にいるやつも。

私たちのことが、見えてえ、話せるからってええ。

何かできるなんて、思い上がるなよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤い橋の女 清仁 @kkkiiiyyyooo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ