第2部 平々凡々日常譚 

45話➤変わらぬ日常

「もうっ!いい加減にしてちょうだい!」


 朝一からカリアーナの声が屋敷内に響き渡っていた。


 ――……本当に懲りない人たちだこと……。


 朝食の準備をしていた手を止め、私はリビングへと向かった。


「カリアーナ、今日はどう……、……ははは。……そういうこと」

「……モモナ。あたしの転移魔法で極寒の場所に飛ばしてもいいかしら」

「さすがにそれは……」

「……っ、この人たちは何度、同じことを言ったらわかってくださるのかしらね!」


 私とカリアーナは、屋敷に泥棒でも入ったかのように散らかされた場所で、すやすやと寝息を立て眠っているゼプスとブレーブを見下ろし溜め息を吐いた。


「よくもまぁ毎日飲み明かせるね……。というか、屋敷のどこにお酒を隠してたんだろう」

「気にするところはそこではありませんわ!」

「……あぁ、酒はワイズさんがくれたみたいだ」


 背後から聞こえて来た声に、私たちは一瞬戸惑った。


「……」

「……なんだよ」


 ここにいるはずもない人物に、私とカリアーナは顔を見合わせ、再び背後へと目を向けた。


「……クレジョスさん、お久しぶりですね」

「……おぅ」

「お兄様……一体いつからこちらに?」

「昨日の夜だ。ゼプスが俺たちの所にブレーブとワイズさんを連れて来た。まぁ……そこで色々と話を聞いた、ってことだ」

「そう……なんですね」

「俺はまだ貴様のことは認めてねぇし、群れのやつらもまだ半信半疑だ。だから……これから貴様がどうするか、群れの長代理として見届けてやる」


 いつになく饒舌なクレジョスを見てふと思うことがあった。


「もしかして……酔ってます?」

「まぁ……ちょっと気分はいいな」

「お兄様っ!確か、お酒には弱いはずでしたよね!まさかとは思いますが、この人たちと同じように飲んでおられませんわよね!」

「まぁまぁ、そうカリカリするなよ。ほどほどにしか飲んでないから」

「……信用なりませんわ。それに、こちらに来られるのであれば一言声を掛けてくだされば良かったのに……」


 ――それは確かにそう。夜遅くに出掛けて行ったことも知らなければ、こうしてクレジョスさんがいること自体も知らなかった……。ちょっと好き勝手し過ぎでは?


 と頭では考えつつも、居候させてもらっている身からすると何も言えないんだよな、と半分諦めていた。クレジョスとカリアーナが相変わらず言い合う姿を見て、どこかほっと胸を撫でおろしていた。


「カリアーナ、朝食の準備をしに戻ろう。クレジョスさんはここにいる寝坊助たちを起こしてください。それから、食事の後で結構ですので、きちんと掃除もお願いしますね」

「……っぐ。貴様に指図されるとはっ……」

「何か?」


 文句は言わせません、と言わんばかりの意味合いを込めた表情をクレジョスに向けると、彼は観念したようにゼプスとブレーブの身体を揺すり起こしにかかった。

 その光景を後目に、私とカリアーナはキッチンへと戻り、朝食の支度を再開した。


「ブレーブさんが来たことによって、ゼプスも生き生きしているように見えるのは私だけかな?」

「そんなことないと思うわ。あたしも同じこと思ってましたもの……。まぁでも、お兄様はじめ群れのみんながネグルの人たちの良さを知ってくれると、より一層関係性もよくなりますわよね!」

「そうだね。時間はかかるだろうけど、一歩一歩進むといいね」


 朝食が出来上がる頃を見計らい、屋敷一の寝坊助キュプレが起きて来た。

 リビングに全員が揃うも、まだ眠そうなゼプスとブレーブは船を漕いでいた。


「きゃはは!なにあれ~寝ながらご飯食べてる~」

「キュプレ、貴女はあんな風になってはだめよ」

「悪い大人のお手本ですからね!」

「……すげぇ言われようだぜ」


 こうして朝から人が集まり、食卓を囲むことができる日常に私は感嘆の息を漏らしていた。


 


 この屋敷内では、各々ができることをするスタイルで生活を共にしている。

 私とカリアーナは専ら料理担当、ゼプスは掃除・洗濯担当、ブレーブは畑担当……。そんな中、キュプレにはできることを手伝ってもらっていた。


 もうひとつ大きく変わったことがある。

 それは、屋敷の近くにいつでもネグルの街へ行けるように転移魔法陣が敷かれたこと――。

 常時魔法陣を敷くには相当な魔力を要するのだが、いとも簡単にキュプレはやってのけたのだ。ゼプス曰く、ソアレと私のおかげらしいが、私はいまいち納得していない。自分自身が持ち合わせている魔力を知ろうにも、どうすれば良いかわからず、ゼプスに尋ねても「己の力は己しかわからぬ」と誤魔化された。

 

 誰かの役に立てるのであれば良いか、と私は気持ちを切り替えて日々過ごしている。


 何気ない日常を過ごしていたある日、ワイズから吉報が届いた。


「うしっ!じゃあどんな風に仕上がったのか、皆で行くか」


 クレジョスはネグルの街へ行くことにまだ躊躇いがあるようで、ブレーブとともに留守番役を買ってでた。

 2人に飲みすぎないようにとだけ伝え、私たちはネグルへと向かった。


「お~い!こっちだ~!」


 私たちの姿を見つけたワイズが大きく手を振り、こちらに呼び掛けていた。彼の元へと駆け寄り、「ここだ」と示された場所を見て私は息をのんだ。


「……これ……本当に救護室ですか!?」


 どこからどう見ても立派な教会に、私はただただ茫然と建物を見つめるしか出来なかった。

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異世界ナ~ス 虎娘 @chikai-moonlight

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