41話➤百菜の夢

 ワイズの店でモモが民衆の相談に乗っている間、私とカリアーナは少し離れたところで様子を見守っていた。


「モモは人が好すぎる」

「……同感ですわ」

「正直、モモよりも私の方が注目されると思っていた」

「へっ!?」

「人間側がバラウルを恨んでいると思っていたが、……ワイズの様子や他の人間の様子を見て思ったよ。過去の概念に囚われているのは我々の方なのかもしれない、とな」

「まぁ、そうですわね……。案外すんなりと、昔みたいに関係が戻るかもしれませんわね」


 本当にそんな未来はあるのだろうか――。

 期待して裏切られる可能性もある――。

 だが、そんな未来に期待を寄せているのもまた事実――。


 今の彼女らなら変えてしまうかもしれない……。

 そんな淡い期待を胸に秘め、私は街の民衆に囲まれいるモモを眺めていた。




 *****~


「はぁ……どっと疲れたぁ」


 ワイズの店を訪れた客の相談に乗ること数時間――。

 私はカウンターテーブルに腕を伸ばし、突っ伏していた。


「……悪いことしちゃったねぇ」

「本当にそう思っているのか?」

「相変わらず手厳しいねぇ。モモナさんの護衛は」

「ワイズさん……何か食べさせてください……話し過ぎて腹ペコです」


 街の人たちから受けた相談のほとんどは日常生活で困っている腰痛や、ちょっとした怪我の対処方法についてだった。些細な相談事でも、慎重に言葉を選んで話をした結果、エネルギー消費を要する結果となった。


「はい、ワイズ特製リゾットの完成だ」


 目の前に出されたチーズたっぷりのリゾット。追いチーズされた部分はこんがりと焼き色がつき、より一層美味しそうな雰囲気を醸し出していた。


「胃に優しそう……」

「ははは。確かにそうですな!ささ、冷めないうちに召し上がれ」

「はい。では、いただきます」


 ゼプス、カリアーナ、キュプレにもそれぞれ料理が運ばれ、同じように食べ始めた。


「んん~♡!おいひ~」

「見た目は……食欲をそそられる感じはしないが、食べてみると意外と美味だな」


 ――なんとなくゼプスが言いたいことはわかったが、あえて何も言わないでおこう……。


「モモナもこういうの……作れますの?」

「あぁ……作れるかな」

「まぁ!では今度作って欲しいですわ!」

「僕はモモナが作ってくれる物、全部好きだよ♡」

「ありがとう」


 ――それにしてもワイズさん、本当に料理上手いなぁ……。


 料理は見た目が大事――。

 私が料理を始めた頃に言われた言葉をふと思い出していた。


「ワイズさんって、このお店を始める前は何をされていたのですか?」

王都ガルベンで料理長をしてた」

「……王都で……料理長。って……えぇっ!?」

「がはははは。そんなに驚くことか?」

「料理長はなんとなくわかるんですけど、……王都っていうのが意外でした」

「私がいたころの王都は皆ピリピリしててな……。特に、今の国王に跡継ぎがいなかったせいもあるんだろうけどよ」


 私は耳を疑った。

 

 ――跡継ぎが……いなかった?ミハイル殿下は……国王陛下の子ではないの?


「あの……。ミハイル殿下は……」

「ミハイル殿下は国王の養子だ。あっ……ただこれは極秘情報だから、口外禁止で頼む」


 他の人には聞こえないように耳元で囁くように彼は言った。


 ――そう言われてみると、陛下とミハイル殿下は似ていない……ような気がする……かも。というか、ワイズさん口軽すぎ……。この人に秘密という概念はあるのだろうか……。


「人間関係が嫌で独立された……とかですか?」

「それも一理ある。もともと自分の店を持ちたかった、という夢もあったしな。たまたまいいタイミングでこの地に空きげあって、今を逃すわけにはいかん!という思いで移って来たんだ」

「……すごいですね。……夢かぁ」


 自身の夢について語るワイズさんの姿は私には輝いて見えていた。


 ――働き初めてからは目の前の事でいっぱいいっぱいで、この先どうなりたいとか考えずに過ごして来たよなぁ……。

 

「モモナは何かしたいこととかありませんの?」


 ペロリと早々に食べ終わったカリアーナが尋ねてきた。


「う~ん……。この世界に来たばかりの頃は生活に慣れるまで大変だったけど、今は落ち着いているし……」


 頭の中に浮かぶ映像……。

 街の人たちと、バラウルの人たちが集まり井戸端会議を行い、和気藹々と過ごしている雰囲気がどこか懐かしさを思い出させてくれる場所……。


「……救護室」

「城にあるとこか?」

「えっ?……王都には行かないよ……。街の救護室……なんていいかもなぁ……。街の人たちとバラウルの人たちが集まる中心に私が居て、ここでしたような相談とか怪我を治す的な……なんちゃって」


 一瞬、賑やかだった店内が静まり返った。


 ――……っ、またやらかした……?


「すっごくいいじゃないか!」

「えぇ!そんな場所ができたら毎日でも通いますわ!」

「モモナちゃんがいるんなら毎日でも通うぞ」

「そんな場所、素敵ね」

「王都の奴等に見せつけてやればいいんだよ!」

「あぁ、そうだな。ドラ……バラウルと戦うのはもう時代遅れだと知ら示してやろう」


 こんなにも賛同されるとは思わなかった。

 きっとこれはネグルの人たちの懐の広さだけではない。

 何かを始めるには勇気がいる、その勇気を切り出した人の思いと人々の思いが一致したとき、理想が実現可能となる。ただ、理想を語るのは誰にでも出来る……。


 ――これからどうするべきか、きっとこれは私が私自身に課せた問題だ。


「モモ」


 名前を呼ばれ振り向くと、優しく微笑みながら私を見つめるゼプスと抱きついてくるキュプレ、呆れるようにため息を吐きながらも笑顔のカリアーナの姿があった。




 

「……思いは紡がれる……か。まさにその通りだな。……こんな私にも、できることはあるんだろうか……」 


 男は店の片隅でぼそりと呟いた。

 

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