39話➤それぞれの思い
静まり返った店内でそのくらい時間が経っただろうか……。
私は先ほどの話し合いを思い返しながら、ふと疑問に思ったことをゼプスへ尋ねてみることにした。
「……ねぇゼプス」
「なんだ」
「ミハイル殿下のこと……どう思う?」
「そうだな……。信用はできないけど、悪い奴ではない……かな」
「ふふ、そっか」
「なぜ笑う」
「さぁね~」
ゼプスはこの中で一番大人であり、きっと誰よりも冷静に物事の判断ができる人、私はそういう認識でいる。だから、カリアーナやキュプレがミハイルに対し敵意を剥きだし、今にも噛みつきそうになっていても話し合いを続けることができた。私としても、話自体がまとまらなくても仕方ないと思っていたことが、少し前進したように感じたため安心していた。
「僕は何にも納得していない」
膝の上に座りながら腕を組んで言うキュプレ。顔は見えないが、彼女の言動が物語っていた。
「ちゃんと私との約束を守っただけエライよ!」
私がキュプレの頭をわしゃわしゃと撫でると、少し照れくさそうにしていた。
「モモナ~髪がぐしゃぐしゃになる!」
「よしよ~し。いい子いい子」
「僕の事、子ども扱いしないでよね!」
「えぇ~、それは無理なお願いだな」
キュプレとじゃれ合っている横で盛大なため息を漏らしたのはカリアーナだった。
「はぁ……モモナが能天気過ぎて、この先が心配になるのはあたしだけかしら……」
「……なんか失礼じゃない?」
「そうかしら。……この国がめちゃくちゃになっているのは元より王様が何もしなかった、というか魔導師に悪知恵を入れられたからこんなことになったんでしょう。それを今更……。自分たちの力ではどうにもならないからって、モモナを頼るなんてどうかしてるわ!」
「カリアーナの言うことは最もだな。私も長年この国のことを見て来たが……何も変わらなかった。変えようとすらしなかった。この国が抱えている問題は相当大きい。そこにモモを巻き込むだなんて……。まったく……理解に苦しむな」
どんな時でも始まることがあれば、終わることもある。
人とドラゴンの戦いが始まって幾数年――。変化の時が来たのかもしれない。
異世界から私が召喚され、ドラゴンの英雄とも呼ばれたソアレの卵が見つかりキュプレの誕生に、私の魔力無限の治癒能力が開花――。
――だからといって、私は私らしく生きていきたいんだよなぁ……。
話し合いの場にいたワイズも、私たちの関係を離したときには驚いていたが、彼自身バラウルを悪く思う人ではなく、これからも店に足を運んでほしいと言っていた。
ワイズの店を後にする頃にはすっかり日も暮れ、街灯の明かりがネグルの街を幻想的に演出していた。せっかく行われていた収穫祭は中止となり、後日改めて行われることになったと人伝いに聞いた。
「なんだか今日は疲れたねぇ……。せっかくの収穫祭も中止になっちゃったし……」
「あれだけの騒ぎで街もパニックになってたからな。私も疲れた……さっさと屋敷に帰って休もう」
「僕……もう眠た~い。むにゃむにゃ……。ゼプス……おんぶ……して~」
「こういう人使いの荒い所はソアレにそっくりだな」
そう言いながらも、半分寝かけているキュプレをおんぶするゼプスは優しいんだな、と感心していた。
「さぁ早く~」
カリアーナが一足先に路地へと向かい、私たちを手招きしながら呼んでいた。私とゼプスは互いに顔を見合わせ、急いでカリアーナの元へと駆け出した。
この日起きたことが、後々に大きな話題となるとは誰も想像すらしていなかっただろう――。
*****~
モモナたちが帰ったネグルの街――。
ワイズの店は大盛況だった。
「おいワイズ!あの怪我、本当に嬢ちゃんが治したのか?」
「あぁそうだよ。不思議な光が私の傷をこの通り、綺麗に治してくれんたんだ!」
身体のあちこちに負った傷は綺麗さっぱりなくなっていることを自慢するように見せていた。
「にしても、あの嬢ちゃん……一体何者なんだ?」
「今日居た背の高い兄ちゃん、ここらじゃ見かけない顔だったぞ」
「いつも一緒にいた強面のお兄さんも素敵だったけど、今日のお兄さんも素敵だったわ。ねぇねぇワイズさん、今日の彼なんという名か教えて頂~戴」
「なぁワイズ!今日の事を俺にも教えてくれよ~」
店を訪れている客から質問攻めにされるワイズだったが、その表情はどこか誇らしげだった。
「そんな一斉に聞かんでな。ちゃんと話すからもっと食べて飲んでよ~」
「ははは、そういうところは抜かりなく商売上手だよなぁ。……まったく」
「ワイズさん!自家製定食お願~い」
「こっちは酒だ~」
夜が更ける頃まで、ワイズは今日の出来事を楽しそうに話していた。
その光景を店の片隅から遠目で見つめる人物――。
――バラウルと人間が一緒にいるだと……。機会があればお目にかかりたいものだな……。わが命が尽きるまでに……。
カラン、とグラスに入っていた氷を鳴らし、ぐいと口に酒を流し込んだ人物は、テーブルに
「おっ、また来てくれよな!」
ワイズの声に片手を挙げ反応し、その人物は覚束ない足取りで店を出た。
――ちょっと飲み過ぎたか……。
夜の薄暗い街をふらふらと歩き、広場のベンチへと腰かけた人物は、夜空を見つめながら呟いた。
「……ソアレ、君が恋しいよ」
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