35話➤気まずい一時

 ワイズの店はそう遠くなかった。

 店の入り口には『準備中』と札が掲げられ、店内に客人を入れないよう配慮がなされていると思った。


「もともと今日は休みの予定で誰も来ない。ここならゆっくりと話ができるだろう」

「……ありがとうございます」

「……」


 ゼプスは店に到着してからも無言だった。腕を組み、カウンター席に腰かけたまま何も話さないため、私はどう声を掛けるべきか迷っていた。


「……なんだい、みんなしてだんまりか」


 厨房で何かをしようとしていたワイズだったが、沈黙の時間が続くことに耐えかねたのか、ため息をつきながら私たちに声を掛けてきた。


 ――何から話すべきなのか……。順を追って説明しないといけない、ってわかっていてもうまく言葉が出てこない……。ゼプスは聞いてくれるかな……。そもそもなんで私が狙われてたの?……勝手にネグルとは違う場所に飛ばしたのはあの人たちじゃない。


 考えればかんがえるほど、沸々と怒りの感情が込み上げてきた。

 冷静になって物事を考え、周りの状況をしっかりと見て判断する……。幾度となく後輩に言ってきたことが、今となっては私に必要なことだと痛感していた。


「モモ」


 重たい空気の中、ゼプスがいつも以上に低めのトーンで私の名を呼んだ。


「……はい」

「気分が優れていなかったのは大丈夫なのか?」

「ふぇっ!?……うん……大丈夫」

「……そうか。モモたちと離れてすぐに騒ぎが起きただろう。私も急いで戻ろうとしたのだが、民衆が逃げ惑う群れに逆らえず時間を要してしまった」

「……私の方こそ、勝手に行動してごめんなさい」


 私はゼプスに深々と頭を下げた。すると、頭上から「もうよい」と優しい声をかけながら彼は頭を撫でてきた。


「今回の件……、誰かが悪い、ということではない。むしろ賞賛に値すべき行動だと私は思う。モモはこの店の主を守り、キュプレはモモを守った。私が駆けつけるまでよく耐えてくれたな、キュプレ」


 ゼプスの言葉を聞いたキュプレは、堪えていた涙をまた流し始めた。泣きじゃくる貴女の姿を可愛いと思ってしまう私を、今だけは許してほしいなと心の中で呟きながらそっとキュプレを抱き締めた。


「……ぐすっ……」


 声を抑えながら鼻をすする音が聞こえてきたのは、店主であるワイズだった。


「……えっ!?ワイズさん!?」

「いやぁ……この歳になると、涙脆くなっちまうんだ……ゔぅ……」


 一旦この場が和んだようにも思えたが、1人だけ未だに納得していないと言わんばかりの雰囲気を醸し出す存在があった……。


「あたしは納得しておりません」


 カウンター後方にある4人掛けテーブルの一角に腰を下ろすカリアーナがぼそりと呟いた。


「……モモナがあいつらに狙われる理由はなんですの?」

「多分だけど、私の力が目当てなんじゃないかな……。治癒能力?治癒魔法?重宝されているらしいけど、詳しいことはわかんないや……」

「奴らが狙うのには理由わけがあってな……」


 神妙な面持ちで答えたのは、ちり紙で鼻をかみ終えたワイズだった。




 *****~


 街ではある噂が広まっていた。

 王都で異世界から女神の加護を与えし者の召喚が執り行われたが、召喚された者には何の力もなかった。国王は王都で生活する理由はないと判断し、ネグルの地へ転移魔法で移送すると決定した。このネグルの地へ飛ばされてくると知ったときは、街の皆で快く迎え入れようと思っていた……。だが、その者は街へ飛ばされて来なかった。

 来る日も来る日も……、私たちは待っていた。

 半ば諦めていたときだった。この街に見慣れない若者の姿を見たと、街のあちこちで噂が出回りだしたのは……。

 ――それが貴女たちだった。

 私たちは一丸となり、貴女たちの事を知ろうと皆で情報交換をしていた。それとまさに同時期、王都からも情報を探る者がいるだの、流れの魔導師が探しているだのと、色んな情報が錯綜としていた。


 私が運悪く魔導師たちに襲われてしまったのも、情報を聞き出すための実力行使だ……。

 まさかあの時、モモナさんが助けに来るとは思いもしなかったけどね。




 *****~

 

 ワイズの話を聞き、街一丸となって守られていたことを知った私――。あの時、怪我をしていたワイズの傷を治癒能力で治したのは間違っていなかった、そう改めて思った。


「魔導師が力を得るためにモモナを狙うのは理解できましたわ。……ですが、どうして王都の者どもが今更モモナを探すのです?」

「私もそこが引っかかってるんだ。この街には王都で仕える者の知人が何人かいるのだが、その者たちに聞いてもわからないと言っていた。ただ、見かけたら報告して欲しいとだけ言われていたそうだ。まぁ誰も報告はしていないらしいけどな」

「モモ……王都で何かしでかしたのか?」

「失礼な。……何もしてないですぅ」


 心当たりなんて何にもなかった。

 王都には必要とされていないから飛ばされた……ただ……それだけ……。


 ドンドンドンッ――。

 店の扉が激しく叩かれ、私たちは身体を強張らせた。


「……ここに来ると誰かに言ったか?」

「誰にも言ってやしないさ……」


 戸惑いを見せるゼプスとワイズを余所に、再び扉が叩かれた。


 ドンドンドンッ――。


「ワイズさん!中に居られますか?」

「……なんだ、私のことか……」

「待てっ!」


 ワイズが扉に近づこうとした時だった。

 ズッドーン――。


「モモナ殿っ!ご無事か?」

 

 大きな音とともに店の扉が壊され、店内に入って来たのは、モモナも見覚えある人物だった。

 

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