33話➤魔導師と看護師
「勝手に行っちゃだめ、って言ったのにっ!!」
キュプレの後を追うように、私とカリアーナは逃げ惑う大衆に向かって走っていた。軽快な音楽も悲鳴にかき消され、街の一角は楽しい雰囲気を台無しにしていた。
――ゼプスに何も言えずに来ちゃったけど……大丈夫だよね。
私はそう自分自身に言い聞かせ、今はキュプレを追いかけることに集中した。
悲鳴が聞こえた一帯へと到着し、ようやくキュプレの動きも止まったところで私は背後からキュプレを抱え込んだ。
「わわっ!」
「はぁ……勝手に……行ったら、だめだ……って言われてたよね……はぁ」
「……けど!」
「言い訳は……後でちゃんと訊く。だから、今は大人しくしてて。ねっ」
一刻も早くこの場から立ち去ろうとしたが、大きく開けた場所に見知った顔を見つけた途端、私は動けなくなっていた。
「……ワイズさん?」
そこには片膝をつき、息を切らしながら誰かと話をするワイズの姿があった。
彼を取り巻く場にはただならぬ雰囲気が漂い、ネグルの街の人たちもある程度距離をとりながら様子を窺っていた。
「カリアーナ、キュプレをお願い」
「……モモナ!?」
「なんだかワイズさんの様子がおかしい。……ちょっと確かめてくる」
そう言い残し、私は人込みをかき分けるようにワイズの姿が見える場所まで移動した。――そこには予想だにしていない光景が広がっていた。
「貴様っ!何故今まで黙っておった!」
「あんたらみたいな胡散臭い奴に、誰が情報を渡すものか」
ワイズに向かって声を荒げるのは、私も見覚えのある魔導師たちだった。寄ってたかってワイズを取り囲み、何やら口論をしている様に見えた。そして何よりも気になったのが、ワイズの頭からは真っ赤な血が流れていることだった。
「この街を何度も来ていることは我々だって把握済みだ!これ以上隠すようなら容赦しないぞ!」
「はん、そうやっていつも力づくで解決しようとする……あんたらの性根は腐りきってるなぁ」
「何を偉そうにっ!お前たちが生きていられるのは我々魔導師のおかげだろうが!それを感謝もせずに減らず口を叩くだなんて……」
そう言いながら1人の魔導師が杖を地面に叩きつけた。すると地面から勢いよく風が吹き始め、やがてその風がワイズを襲い始めた。
「ぐっ……」
辺り一帯は風で砂埃が舞い、ワイズに何が起きているか目視できない状態だった。
「我々の言うことが聞けぬのであれば、貴様の家族、この街の住民を同じ目に合わせるまでだ!」
「……くそっ!……お前たちの力にひれ伏せるものか!」
「なぜだっ……己の身体を犠牲にしてまで庇う理由はなんだっ!?」
「……ぐはっ……」
風の勢いが弱まり、次第に状況が掴めてきた。
「……っ!」
私は思わず息をのんだ。周囲の人たちもワイズの姿を見て驚愕のあまり声を出せずにいた。
「ワイズさんっ!」
咄嗟に私は彼のもとへと駆け出していた。
「……モモ……ナさん?」
ワイズは痛みを堪えるように、顔をしかめながら私の方を見た。彼の腕、腹部、足……ありとあらゆる所に切り傷ができ、一番深く切れていた腹部からは止めどなく血が流れていた。
「……っ……ひどい」
「私の……事はいいから……今すぐ……ここから……逃げるんだ」
「そんな事できません!」
「おい!誰だお前は!」
私が魔導師たちの方に背を向けていたせいか、苛立ちを込めた声で言い放った。
「とにかく傷の手当てをしないと……。ワイズさん、動けそうですか?」
「くっ……いいから……逃げなさいっ」
痛みを我慢しながらも、私に逃げろと言うワイズ……。だが、目の前で怪我をしている人を放っておけるわけもなく、私はワイズを抱えようとした。すると――。
「何を勝手な事をしている女っ!そいつを庇うならお前も同じ目に合うぞ!」
魔導師の一方的かつ勝手な言い分に、私の堪忍袋の緒がプツンと切れた。ワイズを背で庇うようにして立ち上がり、魔導師たちの方へと振り向いた。
「どういうおつもりなんですか」
「どうもこうもない!お前のような小娘には関係ないことだ」
「むやみやたらと人を傷つける、それが正しい行いなんですか?貴殿方の魔力は人を傷つけるためのものなんですか?」
「うるさい黙れ小娘がっ!お前のような人間には何もできぬわ!わかったらさっさとそこをどけぃ!」
――あぁ、この人たちには話が通じないんだ。魔法を使えるだけで優越感に浸ってるただの凡人。
「はぁ……。もういいや」
私は再び魔導師たちに背を向け、座り込むワイズに治癒魔法を施した。私から放たれる光が傷ついたワイズの怪我をみるみる治していった。
「これは……!」
「傷口は塞がりましたけど、出血している量が多かったので貧血でたちくらみや目眩を引き起こすかしれません。しっかりと鉄分を含んだ食事をしてくださいね」
「モモナさん……。ありがとう……」
ワイズへ一頻り説明をしていると、背後からただならぬ圧を感じた。
「小娘~っ!なぜお前が治癒魔法を使える……」
「一体何者だ!?」
ワイズの状態を確認し、ほっと胸を撫で下ろした私は魔導師たちの質問に答えるべく振り返り言った。
「私は看護師です!目の前の命と向き合うのが私の仕事です!」
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