32話➤収穫祭

 4人で初めてネグルへ向かう日は少し曇り気味。これまで晴天続きだったこともあり、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。


「はい!では皆さん整列してくださいね~」


 片手を上げ、私たちを誘導するカリアーナ。それに続くのは、初めてネグルへ向かうことでテンションがやや高めのキュプレだった。


「これからネグルへと向かいますが、気を付けることがいくつかあります!」

「はい、なんでしょう」

「絶対に1人でウロウロしてはいけません!ネグルの街は人がたくさんいます。迷子になる可能性もあるので、モモナかあたしと必ず手を繋いでください」

「はぁい!」


 その後もカリアーナによる注意喚起は続き、熱心に聞き入るキュプレも後半はだらけているように見えた。


「キュプレちゃん、きちんと手を繋いでね」

「……はぁい」


 私がキュプレに手を差し出すと、目をキラキラと輝かせるように手を握ってきた。


「いざ、ネグルの街へ~」


 いつものように人気のない路地裏に転移した私たちは大通りに向かって歩き始めた。大通りに近づくにつれ、何やら賑やかな音楽が聞こえてきた。それに興味を示したキュプレが咄嗟に走り出そうとしたのを、私は慌てて手を引いて止めた。


「キュプレ、約束したでしょ」

「……ごめんなさい」

「みんなで行こ!」

「うん♡」


 まだ幼いキュプレが興味を示すことはわかっていたが、こうも咄嗟に動かれるとは思いもせずネグルにいる間は気を抜かないように気をつけようと心に強く誓った。


 


 ♬~♪~♪~♬――。

 音楽が鳴り響く方へ4人で向かうとそこには特設ステージが設けられ、華やかな衣装を身に纏ったダンサーたちが音楽に合わせて踊っていた。


「この軽快な音楽はなんだ」

「ヒラヒラのドレス……可愛いですわ」

「僕にも踊れそう……っとっと……」


 ――確かにこの音楽……耳に残る、というかステップも覚えやすそう。


 隣で手を繋いだまま器用に踊るキュプレを見て、私も踊れるのではないかと思えてきた。

 

「お~い!モモナさ~ん!」


 ステージを食い入るように見ていると、人込みをかき分けて私たちに近づいてくる人の姿が……。


「ワイズさん!」


 背丈は私よりも少しだけ高く恰幅の良い男性が手を振りながら駆け寄ってきた。いつもとは違う格好に少しだけ違和感を感じたが、声や体格はまさしく食事処で料理長を務めるワイスメドルズだった。彼をワイズと呼ぶようになったのは、何度か店を訪れ料理を教わっているうちに親しみを込めて私が命名した。常連客も私に続き、彼のことをワイズと呼ぶようになった。


「今日はお店、お休みなんですか?」

「あぁ!今日はお祭りだかんな!」

「お祭り……何かのお祝いですか?」

「収穫祭さ。毎年この時期に豊作を祈願する祭りさ。音楽を絶え間なく流すことで、作物にいい刺激となり豊作になると言われているんだ」

「そうなんですね!」


 カリアーナもよくネグルを訪れてはいたが、収穫祭のことは知らなかったようだ。


「向こうの広場では色んな屋台があるぞ!」

「屋台!僕行ってみたい!」

「おっ!?坊主、初めて見る顔だな!そっちの背の高い兄ちゃんも初めてだな!」

「僕……こう見えて女の子なんですけどぉ。おじさん失礼」

「……そうなのか……。てっきり男かと思っちまったよ」

「ぷぃ」


 少しだけ拗ねたキュプレのご機嫌をとるために、私はみんなで屋台へ行く提案をした。すると、案の定とも言うべきか、キュプレの態度がコロッと変わり、上機嫌でぐいぐい手を引き始めた。


「ワイズさん、また~」

「おうよ!楽しんでな」


 大きく手を振りながら別れを告げた私たちは、人込みに飲み込まれながらも広場へとたどり着くことができた。

 そこにはワイズが言っていたように、多くの屋台が立ち並んでいた。食べ物を取り扱う店もあれば、スイーツを取り扱う店、宝飾品、この場には少しだけ似合わない武器を取り扱う店までもあった。


「すっごいねぇ」

「あそこのスイーツ……色鮮やかですわね」


 カリアーナとキュプレは屋台の多さに目を輝かせ、どこから回るか考えているように見えた。その一方で、ゼプスは辺りをキョロキョロと見渡し、何か警戒しているように見えた。私はそんなゼプスに思わず尋ねていた。


「ゼプス、どうかした?」

「あ……。いや……、何でもない……と言いたいところだが、何か嫌な予感がする」

「えっ?」

「はっきりとはわからんのだが、人込みに隠れているような……私の早とちりか……」


 ――そんなこと言われると、なんか気になっちゃうんですけど……。


 私もゼプスと同じように辺りを見渡した。


 ――ゼプスみたいに特殊能力があるわけじゃないから、見たところで何もわかんないよ……ね?


 私は目を疑った。目を凝らして人込みの中を見てみると……見覚えのある姿がそこにはあった。

 忘れもしない、私を本来の予定地とは全く別の地へと送り込んだ魔導師たちの姿を見た途端、背筋が凍るような感覚を覚えた。


 そんな様子に気づいたのか、カリアーナとキュプレが心配するように私の顔を覗き込んできた。


「モモナ……顔色が悪いけど、大丈夫?」

「もしかして人の多さに気分が悪くなってしまった?」


 2人に心配かけまいと笑顔で大丈夫と答えるも、納得する気配はなく半ば強引にベンチがある方へと連れられて行った。


「ここでしばらく休憩しましょう!」

「僕、何か飲み物を買ってくる」

「おい……単独行動はだめだと言われただろう。私が行ってくるからカリアーナとキュプレはモモと一緒にいろ」

「ぶぅ……」


 ネグルへ来る前に約束したことを忘れてないだろうな、と目で訴えかけるゼプスにキュプレは何も言い返せず、そのまま黙って私の隣に腰かけた。拗ね気味のキュプレの頭を撫でながら辺りを見渡してみると、先程までいた魔導師たちの姿は見えなくなっていた。


 ゼプスの帰りを待ち、どのくらい時間が経っただろうか……。遠くの方から聞こえてくる音楽を聞き、心地良い風を感じながら目を閉じた時だった。


「キャアーーーーーーーっ!!」


 どこからともなく叫び声が聞こえ、多くの人たちが逃げ惑う姿が目に入ってきた。


「何事っ……!?」

「……行ってみよう!」

「待っ…………」


 私の制止を無視してキュプレは手を離し、そのまま人混みの中へと駆け出して行った。

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