30話➤いたずらっ娘

「キュプレ~どこにいるの~」


 小屋を出て辺りを見渡しても、キュプレの姿は見えなかった。


「ゼプス……どうしよう……何かあったのかもしれない」

「……そこまで心配することはないと思うが」


 私よりも冷静すぎるゼプスに少しだけ……ほんの少しだけ苛立ちを覚えてしまった私は、彼に背を向け再びキュプレを探し始めた。


 ――どこに行っちゃったんだろう……。小屋の外で待たされて拗ねちゃったのかな……。まだ小さいのに、何かあったらどうしよう……。


 小屋から少し離れた雑木林を探してみるも姿は見えず、私はひとり焦りを感じていた。私が探している間、ゼプスも一緒になって探してくれていたが、あまり必死ではなさそうだった……。


 ――何か気づいている……?


 やたらと後方に視線を向けるゼプスの行動が目に入り、彼に気付かれないよう私も同じように視線を向けてみた。


 ガサガサササッ――。

 耳をよくよく澄ましてみると、私たちの歩くスピードよりも少しだけ速い足音が後方から聞こえてきた。


 ――何か……いる!?


 私は思考を巡らせた。


 ――今この周辺にはゼプスと私しかいない……。キュプレの体格から考えると、聞こえてきた足音は小さすぎる。……となると、何者かが私たちを狙っている!?


 この屋敷へと来た際、アルバストゥルにいるゼプスたちの仲間がここへ来たことはない、そう聞いていた。


 ――今頃になって訪ねて来る可能性もあるの?


「モモ、あまり深く考え込む必要はないと思うのだが……」

「そんなこと言ったって……どこにもキュプレはいないじゃん……。それに、何かが私たちを狙ってる気配もするんだよ……」

「はあぁ……。もういいだろ、いい加減にしろ」


 ゼプスが少し声を荒げて言うと、草むらからひょこっと顔を見せたのは、カリアーナよりも背丈が小さな女の子だった。


「……もしかして……キュプレ?」


 キュプレの躰と同じ深緑の瞳、ショート丈で漆黒の髪色はまさに翼と同じ色。私は疑いもせずキュプレだと思った。


「さっすがモモナ!僕のことちゃんとわかってるぅ♡」

「……っていうか、キュプレ……人化できてるじゃん!」

「うん♡なんかできた!」


 人化できた原理はわからないが、こうしてドラゴンの姿から人へと姿を変えたキュプレを見ていると、すくすくと成長しているんだなと思えた。


「この姿の僕も可愛い?」

「うん!可愛いよ」

「やったぁ♡」

「はぁ……ばかやってないで、さっさと戻るぞ」


 呆れたようにゼプスが後ろから声を掛けてきた。


「ゼプスは始めからわかっていたの?」

「あぁ。姿は見えなくても、気配……ん~、個人が纏っているオーラでわかっていた」

「へぇ~。ある意味特殊能力だね!」


 ゼプスと話していると、私とゼプスの間に割って入るようにキュプレが顔を出した。


「モモナ、僕と手繋いで帰ろ♡」

「え……でも、荷物がたくさんあるし……」

「そんなのはゼプスに任せればいいんだよ!ほらほら~」


 ぐいぐいと私の手を引っ張るキュプレ……。私が躊躇いながらゼプスの方を見ると、苦笑いしながらも残りの日記を軽々と持っていた。


 ――ありがとう。


 心の中でゼプスにお礼を述べ、私はキュプレと手を繋ぎながら屋敷へと向かった。


「そうだ!さっき、ゼプスとも話をしていたんだけど、文字の読み書きを一緒に習わない?」

「……文字?」

「そう。文字の読み書きができると、ソアレさんの日記も読めるし、自分自身で何かを書いて相手に伝えることもできるんだよ」

「モモナは読み書きできるようになりたいの?」

「うん。……前いた所で使っていた文字は、この世界では全然通用しないし……。ここで生活して、何かを記録に残すためにも文字は大事だと思うんだ」

「……そっか。モモナが一緒に習うんだったら、僕も頑張る!」

「一緒に頑張ろうね」

「うん!」


 こうして私たちの生活に、ゼプス考案文字の読み書き講座が追加された。

 ゼプスの教え方は優しく、私やキュプレが覚えやすいように工夫も取り入れながら教えてくれた。ネグルの街で見たことのある文字を教わることもでき、次にカリアーナと一緒に街へ出掛ける日が楽しみになった。




 数日後――。


 バンッ!

 勢いよく屋敷の扉が開かれた。


「モモナっ!来ましたわよ!」


 そう言い、リビングに現れたのは大きな荷物を抱えたカリアーナだった。


「おはようカリアーナ」

「……人様の屋敷に入る作法がなってないぞ」


 ゼプスに小言を言われても臆しないのがカリアーナだ。一瞬ゼプスの方に視線を向けるも、彼女はすぐに外した。

 

「おはよ~随分と早いねぇ」

「……。……、もしかして……あなた……キュプレ?」


 リビングの机に突っ伏しながら声を掛けたキュプレを見て、カリアーナは目を丸くして驚いていた。


「そうだよ!僕、こうしてモモナたちと同じ人になれたの!……でも、まだまだ僕は小さいまま……。もっと食べて大きくならないと」


 ガッツポーズをとりながら意気込む姿は、年相応の少女そのものだった。


「あたしだって負けないですわよ!」

「……カリアーナはすぐに追いつけそうだよ、僕」

「なっ……!」

 

 言い合う2人をいつものように宥め、私はカリアーナを寝泊まりする部屋へと案内した。


「ここの部屋を使ってね」

「ありがとう」

「荷物の整理が終わったらリビングに来てね。カリアーナが好きなココアを準備しとくから」

「えぇ!」


 カリアーナが屋敷で共同生活をしたいと言い出したのはほんの数日前のこと――。何度か屋敷を訪れているうちに、一緒に生活をして色々と学びたいと言い出したのがきっかけとなり、クレジョス始め家族の説得を経て今に至る……。期限は特に決めていないが、ゼプスとクレジョスはすぐに根を上げると思っている。



 

 そして、この共同生活を始めて数日後――、私の運命を変える出来事が起きるとは誰も思わなかっただろう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る