29話➤ソアレの日記

 今日から新しい環境での生活が始まる。我が愛しのブレーブのおかげだ。

 王都ガルベンで過ごしていた頃に私の世話係だった彼と、まさか人生を共にするとはあの時の私は思いもしなかっただろうな。人間に心を開かなかった私に何度も何度も接触を図り、挙げ句生活を共にするという者など初めてだった。バラウル族の皆を統べる立場として、誰にも心を開かないと思っていたのだが……。あやつは別格だった。王族の人間に仕えながらも、私を一人の女として見てくれていた。いつしか私はブレーブに惹かれていた。人間とバラウル、結ばれるはずのなかった者同士がこうして幸せな生活を送れている……不思議なことだ。そんな中でも私には納得のいかないことがある。バラウル、人間が言うドラゴンの姿でいる時、ブレーブは私のことを『かっこいい』と言い、人と同じ姿でいるときには『きれい』だと言う。どちらも誉め言葉なのはわかるが、どちらかと言えば『きれい』と言われる方がうれしい……。機会があればブレーブに伝えてみるか。




 ブレーブがネグルの街へと誘ってくれた。ガルベンにもよくネグルの商人が来ていたが、実際に行ってみると想像以上の場所だった。見たこともない食べ物に羽織もの、光り輝く石などたくさん売られていた。私はこの一瞬でネグルの街が好きになった。特に目を奪われたのは書物だった。見たこともない野草について書かれている物もあれば、衣服や料理にまつわる情報が書かれた物など、王都でも見かけない書物に心を奪われた。




 ネグルで買った花の芽が顔を見せ始めた。始めは水やりの仕方でブレーブに小言を言われていたが、今では土の状態を見てできている。色とりどりの花を咲かせるのが今から楽しみだ。




 今日、初めてゼプスとクレジョスに彼を紹介した。2人とも初めこそ警戒はしていたが、次第に打ち解けているように見えた。どちらかというと、クレジョスの方が懐いているように見えた。歳の離れた兄弟(体格的にはブレーブが一番上)にも見えるが、実際はブレーブが一番年下……ということは黙っておこう。




 ネグルに何度か通ううちにある噂を聞いた。魔法を自在に操る者がどこからともなく現れたと……。王都ガルベンにいたときにも国王や王族血縁の者が魔法を使えるのは知っていたが、王族以外にも使える者がいるとは……。この先、何も起きないことを願うばかりだ。




 ここのところブレーブの帰りが遅くなった。これまでにも帰りが遅くなることはあったが、夜更けになることはなかった。彼に伝えたいことがあったが、今はゆっくりと休んでもらおう。




 何かがおかしい……。何かを隠している……。これが所謂、女の勘なのかもしれない。王都ガルベンでも不穏な動きがあると部下より報告があった。もしかするとバラウルに危険が及ぶかもしれない……。それだけは避けなければ!そして何より、この子を守らなければ!




 バラウルと人間……。分かり合えると思っていたのは私だけだった。私がいくら王都で声を上げても聞き入れてもらえない。胡散臭さ際立つ魔導師……。己の力を倍増させる手段を探り始めている。このままでは世界がめちゃくちゃになる。私がなんとかしなければ!




 私がいくら国王へ申し入れをしても聞き入れてもらえない。ブレーブも王都ガルベンから出られなくなってしまった。バラウルを守らなければ!この先、どんな未来が待ち受けようともきっとこの子が希望になる……。ブレーブと私の生きた証、私たちの宝物……。



 ――導く者が現われし時、それすなわち目覚めの時。導きし者現れるまで眠れ我が子。


 


 *****~


 ゼプスに読んでもらい、日記からソアレが歩んできた人生を知ったような気がした。


「……まさかソアレがこんなにも日記を書き溜めているとは思いもしなかった」

「そうなの?」

「几帳面、という単語が一番似合わなさそうだと思っていたが、これは……さすがにたまげたよ」


 ひとしきり読み終えた日記を手で撫で表情を綻ばせる姿から、恩師との思いでを懐かしんでいるように見えた。


「キュプレが覚えてるって言ったのは、ソアレさんがここで話しかけていたからなのかもね」

「そうだろうな」


 ゼプスに読み上げてもらったのはほんの一部。私たちは、日記と思わしき書物をゼプスが屋敷で読めるように屋敷へと運び出すことにした。


 ――私も文字が読めるといいんだけど……、この世界の文字はよくわかんない……。


「ねぇゼプス」

「ん?」

「時間があるときでいいから、文字の読み書きを教えてほしい」

「ふ~む……」


 日記を抱えしばらく考え込むゼプス……。沈黙の時間がしばらく続き、何か良いアイデアでも思い浮かんだのか目を見開きながら私の方を見た。


「いいことを思いついたぞ!」

「……なんだろう」

「文字の読み書きを教えることには賛成だ。ソアレにしてもらったように私が教えよう。ただし、モモにだけ教えるのではなく、キュプレも一緒に教える」


 ゼプスはキュプレの年齢くらいなら覚えも早いだろう、と付け加えたうえで気分高らかに小屋の外へと向かっていた。


 ――ゼプス、学校の先生みたい。


 新しいことを学ぶのは大変であるが、いつの日か役に立つことだから、と自分自身に言い聞かせてこれまでにも学びを深めてきた。この世界で生きていくと決めたのであれば、この国に馴染む努力をしなければ……。気持ち高らかに私も小屋の外で待つキュプレの元へと向かった。――だが、キュプレの姿はどこにも見当たらなかった。

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