28話➤時が止まったままの小屋

 いつも通り、日の出前に目が覚めた私は身支度を済ませ庭へと向かった。

 ネグルの街で買った花の種や、野菜を植えた場所に水やりをしに行くのが最近の日課となっていた。植えてまだ日も経っていないが、小さな芽が顔を出しているのを見つけると幸せな気持ちのまま1日を過ごすことができていた。


「ん~。今日もいい天気」


 水やりを終える頃には太陽も顔を出し、1日の始まりを教えてくれる。


「モモナ~♡おはよう」


 屋敷の扉から飛び出し、私の元へと飛んでくるキュプレを抱き留めようとするも、また一段と大きく成長した彼に押し倒されてしまった。


「わっ……っててて」

「大丈夫?」


 顔を横に傾げ、きょとんとした表情は小さな頃とは変わりないものの、体格はそれなりに大きい。私がキュプレを手で押し戻そうとしても力及ばず……。


「キュプレ!モモが押しつぶされるぞ」


 ――ゼプスだ……。助かった……。


「僕……モモナをつぶすつもりなんてないもん!」

「つべこべ言わずにさっさと退け」

「……ふん。……モモナ、ごめんね」


 大きな躰から解き放たれ、私は安堵の息を吐いた。


「大丈夫だよ……。ただ、飛びつくのはもうやめよっか。キュプレも前に比べると大きくなってる分、私じゃ支えきれないし」

「うん……わかった」


 しょんぼりする彼を宥めるように背中に手を回し優しく撫でた。


「さ、朝ごはんにしましょ」

「うん♡」

「ったく、調子のいい奴め」

 

 ――キュプレがゼプスみたいに人になれたら幾分かましになりそうなんだけどな……。どのくらいの年齢でそういう風に変化するかわかんないからな……。


 彼らの後ろ姿を見ながら私はそんな事を考えていた。




「さて……あとは屋敷の裏にある小屋の掃除……かな」


 この屋敷に来て数週間が経ちようやく屋敷全体の掃除、庭の手入れを終え、残すは裏側にひっそりと建つ小屋だけとなっていた。

 数日前、雑草が生い茂っていた場所を掃除していたときに偶然見つけた細い道を辿って行った先に小屋は建っていた。ゼプスに聞いたところ、小屋の存在自体は知らなかったと……。


 ――ゼプスはきっとこの屋敷を寝床として使っていただけだから興味がないんだ……。


 何が出るかわからない小屋に行く必要はない、と思いつつも、何かあるのではないか、という私の中の好奇心がうずうずとしていたためゼプスとキュプレを連れ行くことにした。


「で、なぜ私の後ろに身を隠すのだ?」

「え……それはだって……何が出るかわかんないし……」

「この私を盾にするとはいい度胸をしているな」

「……私、ホラー系……苦手なんだよね」

「ホラー系?なんだそれは」

「お化けとかゴースト、って言えばわかるのかな」

「そんなもの存在するわけないだろ!……バカバカしい」


 文句は言いながらも、私を無理やり前に行かそうとはしない辺り彼の優しさなのだろう、とほっと胸を撫でおろしていた。


「僕……あそこ……覚えてる」


 小屋に近づく間際、キュプレが思わず言った言葉にゼプスと私は思わず歩みを止めた。


「覚えてる……?」

「うん。なんでだろう……、すごく懐かしい感じがする」

「……よくわからんが、行ってみれば何かわかるだろう」


 こうして私たちは小屋へと足を進め、扉の目の前までたどり着いた。

 レンガで造られた建物自体は少し古びているようにも見えたが、年数を感じさせないくらい劣化は見当たらなかった。


「歴史的建造物、って感じがする」

「……そうか?」

 

 片手でトントン、と壁を叩きながら建物の周りを歩くゼプスに続き私もぐるりと一周した。


「まぁ確かに長年放置されてても崩れないくらいしっかりしてる」

「僕……この躰じゃ入れない」


 小屋の扉の前で頑張って縮こまっているキュプレの姿を見つけ、思わず笑いを我慢できずに吹き出してしまった。


「ふふっ……キュプレ……」

「あ~っ!僕が真剣に悩んでいるのに……」

「ごめん……なんだか健気で可愛いな、と思って」

「ぶぅ……」


 頬を膨らませ拗ねる姿も可愛い……、と心の中に秘めたまま私は彼の頭を撫でていた。私とキュプレがじゃれついているのを横目に見ながらゼプスがすたすたと小屋の中へ入ろうとしていたため、置いて行かれまいと慌てて付いて行った。


「ゼプス、待って」

「……はぁ」


 ため息をつかれた理由は聞かず、私は彼と並んで扉の前に立った。


「モモ、怖いなら無理せず外で待っていればいいんだぞ」

「……大丈夫。きちんと自分の目で確かめないと気が済まないタイプだから、私」

「そうか」


 恐る恐る扉に触れるも、以前みたく電気が全身に走ることはなく、すんなりと扉は開いた。


 ギギギギギギ――。

 少しだけ力を込めて扉を押し込むと、木製扉とレンガ壁の擦れる音が響いた。小屋の中からは少しだけ懐かしさを感じるような香りが鼻に入ってきた。


「この匂い……」

「なんだこの……鼻にツンくる匂いは」

「……消毒液、っぽいね」


 小屋中に広がる香りに誘われ、私は自ら進んで中へと入って行った。日の陽に照らされ私の目の前には、私の想像を遥かに超える光景が広がっていた。


「なにこれ……すごい」


 感嘆の息を漏らしながら私は小屋を見渡していた。壁面に備え付けられている本棚にはびっしりと本が並べられ、小屋の中央に置かれていた大きめのテーブルには、何冊ものノートが積み重ねられていた。ふと気になってノートを見てみると、そこには見たこともない文字で何かが書かれていた。


「これ……何かの記録?」

「……ソアレの日記だ」


 ノートを手にしたゼプスがパラパラとめくりながら答えた。その表情は嬉しそうでもあり、どこか寂しそうでもあった。


「……キュプレのことも書いてあるぞ」

「えっ!?なんて書いてあるの」


 私がノートを覗き込んだところで読めもしないのだが、そんな私にゼプスは優しく笑みを向けながら内容を教えてくれた。

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