26話➤待ち遠しい帰宅

 どのくらい時間が経ったのだろうか……。

 ふと窓の外を見ると、太陽が沈みかけて独特の雰囲気を醸し出す夕焼けが空一面に広がっていた。


「……もうじきか」


 モモとカリアーナが出掛けて数時間経つ。

 戻りの時間を具体的に聞いていた訳ではなく、こうして屋敷の中で時間を持て余している。わが恩師であるソアレの子孫キュプレは、モモを見送った後から今までに一度も私の元へは来ない。呼び掛けても反応はなく私の方すら見ない……。


 ――頑固とも言うべきが、意固地と言うべきか……。そんなところはソアレにそっくりだ。


 ふと昔の事を思い出し、私は思わず笑みをこぼしていた。その瞬間、キュプレと目が合ったようにも思えたが、相変わらず素っ気ない態度で私から目を逸らした。


「何年、何十年と探していた卵がこうもあっさりと見つかった上に、目覚めも早いとはな……モモの力なのか……」

「モモナは我にとって特別だ。世界で唯一我の声が聞こえていた」

「ほう……」

「そちだって本当はわかっておるのではないか?モモナの力が誰よりも優れていると」

「まぁ……薄々ではあるがな」

「モモナは我が守る」

「……それはいいとして、普通に会話できるじゃないか」

「……ふん」

「はぁ……何が気に食わないか知らないが、モモの前でも話せば良いだろう」

「……いずれな」


 話は終わりと言わんばかりにキュプレはリビングから出て行った。

 会話ができるとわかればモモはどんな反応をするのだろうか……。喜んで飛び跳ねるか、可愛さがなくなることで寂しく思うか……。

 他人に興味を示さなかった私が、ここまで誰かに興味を示すとは昔の自分が知ったらどんな反応をするのだろうな……。


「モモ……、早く帰って来ぬか……」




 *****~


 初めて訪れた街ではしゃぎ過ぎた結果大荷物になったものの、そのほとんどをクレジョスが文句を言いながらも持ってくれていた。


「これ以上買うな!」


 両手両脇で器用に荷物を持つクレジョスに叱咤され、気が付くとすっかり夕暮れ時となっていた。


「わっ……。もうすっかり夕方だね」

「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます」

「カリアーナ。また一緒に来ようね!」

「勿論ですわ!」


 互いに顔を見合わせ笑っていると、後方から只ならぬ怒りのオーラを感じた。


「このままではお兄様に小言を言われまくりますわ。今日のところは大人しく帰りましょう」

「そうだね」


 街へ来たときと同じように私たちは人通りのない路地へと向かった。

 3人ともカリアーナの魔法陣へ入るや否や、一瞬でがらりと景色が変わった。


「……さっきまで賑やかだったのが嘘みたい」

「ちっ、とっとと歩け」

「お兄様、お口が悪いですわ!」

「……ふん」

「クレジョスさん、今日は私たちに付き合って下さりありがとうございます」

「別に貴様のためじゃねぇし」


 小声で少し照れ気味に話すクレジョスを見て、胸の奥がジーンとしたことは黙っておこうと思った。


「ね、せっかくなら晩ご飯、一緒に食べない?」

「いいですわね!」

「……ったく」

「食材もたくさんあるし、今日のお礼を込めて料理頑張っちゃお!」


 わいのわいのと話しながら歩いているうちに屋敷が見えてきた。

 私たちが帰って来たことに気づいたキュプレが勢いよく扉を開け、一目散に私の所へと飛んできた。両手を広げ、キュプレを抱きしめていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「モモナ~♡」

「ただいまキュプレ。って……え?……空耳かな」

「僕だよ!」


 聞きなれない声がする方を見ると、キュプレがニコっと笑顔を見せていた。


「ええぇぇっっ!」


 私は驚きのあまりしばらく固まっていた。そんな私を見て、キュプレは何食わぬ顔で私の頬をペロリと舐めた。


「モモ、おかえり」

 

 気づけばゼプスも出迎えに来てくれていた。


「……ただいま」

「キュプレ、モモがびっくりしている」

「ふん。我に話しかけるな」


 その場から動けないでいる私に、クレジョスからの無言の圧を感じた私は慌てて屋敷へ向け足を進めた。


「……ちょっといきなりでびっくりしちゃった」

「大成功だな♡」

「モモナに釣られてあたしまで驚きましたわ」


 リビングで買った物を片しながら、留守中の事や初めて訪れたネグルのことを話した。


「それにしてもたくさん買ったな」

「目に入るものどれも素敵で……たくさん買っちゃった」

「モモナ、これはどこに仕舞うの……っと」


 カリアーナが荷物を持ち上げ動こうとした途端、バランスを崩したのかその場で大胆に転倒してしまった。


「大丈夫っ!?」

「えぇ……ちょっとよろめいちゃったわ……っ!」


 顔をしかめながら足を見ていたカリアーナ。私も同じように足元を見ると、両膝に擦り傷ができていた。


「ケガしてるじゃない」

「これくらい平気よ」


 そう言いながら立とうとする彼女の腕を私は思わず掴んだ。


「ダメ!些細な傷でもほっとくと大変なことになるんだから」

「でも……」

「大丈夫。私に任せて」


 カリアーナの両膝に手をかざし、私は傷が癒えるように心の中で唱えた。すると、キラキラと光りを浴びながらカリアーナの膝の擦り傷は消えていった。


「これって……」

「伝説の……女神の癒しヴィンデカ

「わかってると思うが、このことは他言無用だからな」

「……おぅ」

「当主様は気づいていらしたのですか」

「……まぁな」


 この場の雰囲気の雲行きが怪しそうだったが、そんなことはお構いなしにキュプレのお腹が盛大に鳴り響いた。


「……まずはご飯にしよっか」

「モモナのお手伝いをしますわ!」

 

 こうして一旦場を離れたが、クレジョスが口にしたヴィデンカ、という言葉が気になって仕方なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る