25話➤お忍び視察
「殿下、準備が整いました」
「……わかった」
執務室を訪れた側近から報告を受けた私はマントを纏い城を出た。ここのところ、執務を早々に終え時間ができてはネグルの街へと出掛けるのが私の日課となっていた。
全ては彼女を探すため――。
ネグルの街は広いが、我が優秀な執事の知り合いも多い故にすぐさま見つかると思っていた。
だが、一向に手掛かりはなく途方に暮れる日々――。
父上は今のところ何も言わないが、ただ単に彼女自身の安否に興味がないだけなのか、はたまた私にすら興味がないのか……。
始めのうちは騎士団に捜索をお願いしていたのだが、まだ傷が癒えていない彼らに負担をかけたくないとの思いが勝り、こうして私自身がお忍び視察を兼ねて捜索をすることにした。
『なぜそこまでするのですか』
『何も心配せずとも、転移魔法はきちんと執り行えたではありませんか』
『一国の王子が探すに値する者ですか』
『今は他にすべきことがあるはずです』
私の行動をよく思わない者からの苦言は多かったが、私は未だに納得できずにいた。
――魔力のない者が召喚されるなどあり得ない……。それに、いつもはあんなに落ち着きのある執事が慌てふためいていたのだ。何か予期せぬ事が生じたと考えるべきだ。
ネグルで生活するには十分すぎるくらいの金銭は渡していたが、私自身の目で安否を確認したかった。今回の視察をするにあたり、執事の知り合いを通じて些細な情報でもよいと朗報を待っていたが何の音沙汰もなく日にちだけが過ぎていた。
ネグルの街から少し離れた場所に転移魔法で到着した私は、身分を悟られないようにマントを深々と被り数人の部下を連れ街へと歩みを進めた。
「……今日も見かけてないです」
「
訪れる店で聞き込みをするも、返事はいつも同じ内容だった。
あえて彼女に渡した
――使用すれば瞬く間に情報が入るだろうと思っていた思惑も見事に外れか……。モモナ……一体どこにいるのだ……。
途方に暮れながらも街を歩き、情報をかき集めるしか私にはできなかった。
*****~
「モモナ!これを見て。あの殺風景なお屋敷にこのお花を咲かせましょうよ」
カリアーナに手を引かれ、私はフラワーショップを訪れていた。植物の種がいくつも売られる中でひと際目を引く色をした花が私を強く惹きつけた。
「確かに……この色素敵」
ゼプスと同じような透き通った青色の花がイラストで描かれている看板に私の目が留まり、私はしばらくじっと見ていた。
――この花、ネモフィラに似てる……。綺麗だな……。
「こちら、今の時期に植えていただくと1か月後には綺麗な花を咲かせますよ」
ショップ店員に話しかけられ水やりのタイミングや育て方、花になった後の使い道など色々とアドバイスを受け、ますます魅力に感じた私は種を購入することにした。
「花を咲かせたらあたしにも分けてね」
「カリアーナ自身では育てないの?」
「ぐ……あたし……今までにも何度か種を買いましたけど、咲かせられた試しがないんです」
「……水をあげすぎてるんじゃないかな……。まぁでも、こんなにいっぱい咲いてくれると綺麗だろうな」
「今から楽しみですわね!」
「ねっ!」
花以外にも、食用植物の種、野菜の種を購入し支払いを済ませようと巾着から金貨を出した。すると、今まで笑顔で対応していた店員が驚いたような表情を見せた。
「……これ」
「あ、もしかしてこれで支払えませんか?」
「いや……そんなことはありません。もちろんお使いいただけます。……ただ、私も長年ここに勤めておりますが、
「金貨のことをアウリウ……って言うんですね。またひとつ知識を得られました」
聞き捨てならない台詞を聞いたのか、店員が食い入るように私を見ながら話を続けた。
「もしかしてこの街は初めてですか?」
「えっ……あぁ……えぇ、はい」
「道理で……。どちらからお越しになったかはお聞きしませんが、この街は貴女様から見てどんな風に見えますか?」
さきほどまでとは違い、表情が柔らかくなった店員に少しほっとした私は答えた。
「すごく活気があって素敵な街だと思います。物珍しい品が多くて目移りしちゃいます」
「……そう言っていただけて良かった。王都に比べるとまだまだですが、ネグルも他から比べると発展途上の地域です。ただ……魔導師様がね……」
何か言いたげな様子だったため聞き返そうとするも、何もありません、と誤魔化すように手を振った。
――この街には今日初めて来たけど、何か闇がありそうな……。なんてね。
情勢のことに触れたところで無力な私にできることはない、そう私も頭を切り替え購入した種を手に店を後にした。
「随分と話し込んでいたのね」
「待たせちゃってごめんね」
「全然いいのよ。……ただ……モモナがこの街を気に入って当主様の元からいなくならないか……心配かな」
「えっ!?」
「ちょっと!声が大きいですわ!」
「……ごめんなさい」
――私がゼプスの元を去る……!?そんなこと考えたこともなかった……。というか……。
「カリアーナ、心配しなくても私はあの屋敷から出ていかないわよ」
「……本当に?」
うるうるした瞳を伴い上目遣いで私のことを見つめるカリアーナを、私は思わず抱きしめた。
「出ていかない!」
「ちょ……苦しいですわ」
「おい!じゃれてねぇで、とっとと帰るぞ!」
クレジョスの声で我に返った私たちは、慌てて荷物を抱え街はずれへと向かった。
*****~
「殿下っ!」
「大きな声を出すな」
「申し訳ありません……急ぎ報告が」
部下から報告を受けた私は、急ぎその店へと向かったのだが、彼女の姿はそこにはもうなかった。
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