17話➤魔力の限界

 掃除をし終えたばかりの綺麗なリビングに並ぶ料理を眺めていると、疲労感よりも食欲の方が増していることに気づいた。


「すごいな……。そこら辺に生えていた草が魚の彩りを演出している。それに……この香ばしい香り……食欲をそそられるな」


 無邪気に笑うゼプスを見て私も嬉しくなった。

 取り皿と即席のお箸を渡すと、ゼプスがまじまじと熱い視線を送っていることに気づいた。


「……どうかした?」

「なんだこの棒は」

「え?……お箸だけど」

「おはし?」


 何の躊躇いもなくお箸を渡していたことに対し私自身も驚いていた。


 ――そうだ……。私がいた世界で当たり前のことが、この世界では当たり前じゃないんだ……。


「ごめん……」

「謝る必要はない。私にとってはむしろ良い刺激になっているぞ」

「……違うの持ってくるね」


 キッチンへ戻ろうとする私の腕をゼプスはすかさず掴んだ。


「構わん。これの使い方を教えよ」

「……いいの?」

「ああ。せっかくモモが用意してくれたんだ、使ってみたい」


 彼の優しい一面に触れた私はゼプスの隣へ椅子を移動させると、お箸の持ち方から物の掴み方まで丁寧に教えることにした。


「なかなかに難しいな」


 そう言いながらも、彼はお箸で掴もうと一生懸命だった。見かねた私は、魚の身を摘まみやすいようにほぐすことにした。


「これで摘まみやすくなったんじゃない?」

「おぉ!これなら……」


 ゼプスはひょい、と魚の身を摘まみ、満足したような様子で頬張った。


「ん!今までに口にした中で一番美味い!」

「ちょっと大げさなんじゃない」

「何を言う!私は今まで焦げた魚か、モモが作った魚団子しか食したことがないぞ。こんなにも旨味がある魚を食べたことがない!もっと食べたい!」


 子どものようにはしゃぐゼプスを見ていると、作って良かった、と改めて嬉しくなった。


「こっちの吸い物も飲んでみて」


 お椀に注いだ吸い物をゼプスへ渡すと、不思議そうな顔をしながも飲んでくれた。


「んん~!これまた美味い!ただの汁ではなかったのか!」

「ただの汁って……これはお吸い物、って言うんだよ」

「お吸い物……ふむふむ。モモの作るものはどれも美味しい上に、身体に力がみなぎる感じがする!……あの時口にしたときにも思ったが、やはりモモの力はすごいな」


 ――ゼプスの言う私の力……。俄かに信じがたいけど、彼が嘘を言ってるとも思えないし……。


 頭の片隅で考えながらも、私も自作の料理を食べ進めた。


 ――案外、調味料がなくても野草で味付けはできるけども……やっぱり魚ばっかり、っていうのも飽きちゃうよなぁ……。


「モモ」

「あ、うん。何?」

「さっきから上の空だぞ。何を考えていた?」

「え、そんなことないよ……。ほらほら、まだ残ってる!食べて食べて~」


 こんなことを考えたってどうしようもない、時が来れば何とかなるだろう……。そう私自身に言い聞かせ、食事を愉しむことにした。


 調理時間を要した物もあっという間になくなり、テーブルの上には綺麗に平らげられた食器のみが残っていた。


「ふぅ……久々に美味い物を食べたよ。モモ、ありがとう」

「よろしゅうおあがり」

「初めて聞く言葉だな」

「お召しあがり下さいましてありがとうございました、っていう意味があるんだよ」

「ほぅ。言葉にも色々と意味があるんだな」

「そうだね」


 しばらく心地よい空気が流れる一方で、私は気になっていたことをゼプスへ尋ねることにした。


「ねぇゼプス」

「ん?」

「さっき言ってたことなんだけど」

「……そなたの力についてか」

「うん」


 私の真剣な眼差しを受けゼプスは姿勢を正した後、徐に口を開いた。


 私の治癒能力に気づいたのは初めて私を見つけた時……。つまりは、私が魔導師によって飛ばされ、雨に打たれて寒さで死にかけていた時に入った洞窟内でのこと。始めはうっすらと感じたらしいが、私が洞窟内に入った時には治癒能力があると悟ったらしい。そして何より、私がまじないを込めて作った団子を口にしたときには更に力が増していたそうだ。


「あの時、モモは一体どんなまじないを込めたんだ?」

「……確か、ゼプスのケガの状態が酷かったから、痛いの痛いの飛んで行け、ってお呪いをかけた」

「痛いの痛いの飛んで行け、だと!?どこに飛んで行くのだ?」

「どこに飛んで行くとか考えたことないけど、ケガをしたときとかにそういうお呪いをかけてもらうだけで痛みがなくなる、っていうただの迷信だよ」


 ゼプスの真剣な表情で疑問をぶつけてくる姿勢が可笑しく、笑いを堪えるのに私は必死だった。そんな私を他所に、彼は話を続けた。


 この世界における魔法には転移魔法、攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法が存在する。中でも一番価値があるとされているのが治癒魔法だそう。魔導師たちはどの魔法でも操れるらしいが、魔力がなければ使うことはできない。一度使っただけでも相当な量の魔力を消費するらしく、回復するためには時間を要する。そのため、あちこちで戦いが勃発しても、魔導師率いる人間側が退散せざるを得なかったそう……。ただ、人間側にドラゴンの血肉で魔力が底上げされると知れ渡ってからは、ドラゴンが人間に見つからないように生活する日々となっているとゼプスは言った。


「いくら魔力が底上げされようが限界は来るものだ。だが、モモからはそれが感じられない」

「……つまり、私の魔力は底なしの無限ってこと?」

「おそらくは、な」

「治癒能力……か。そんな力、私の身にあるとは思えないんだけどな」

「まぁ、今は深く考えなくともいいだろう。ふあぁぁぁ……腹が満たされると、今度は睡魔が襲ってきたぞ……。早く片して眠ろう」


 この話はおしまいと言わんばかりの態度だったが、私にも睡魔が襲ってきたため今日のところは観念して食器を片すことにした。


 屋敷内の掃除がまだ終わったわけではないため、ゼプスと私はリビングで大きめの布を敷き、その上で横になった。


「……ゼプス、おやすみ」

「あぁ……おやすみ……すぅ、すぅ」


 ――寝るの早っ!まぁ今日は無理ないか……。ずっと動きっぱなしだったもんね、……お疲れ様。


 隣で眠るゼプスを見ていると私の瞼もだんだんと重くなり始め、意識も遠のき始めた頃のことだった。


『ハヤク……ミツケテ……ココデ……マッテルヨ』


 何か聞こえたような気がしたものの、意識を保つことができずに私は眠りについた。

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