16話➤モモナの覚醒

 ――こんな所に入り口……。裏口かな?


 ふと手を伸ばしドアノブに触れた途端、全身に電気が走ったようなビリビリとした感覚を覚えた。


 ――静電気……!?とは違うような……。なんだか身体に……。


「モモ~」


 ゼプスの声を聞き我に返った私は、その場から離れることにした。


 ――後でゼプスに聞いてみよう。……この扉の奥に何があるのかを……。


 採取した野草を手に、私はゼプスの声がする方へと駆け出した。


「ゼプスっ!」

「モモ……。どこまで行ってたんだ?……というか、その手に持っている草はなんだ」

「色々と探し回ってたらこんなに採れちゃった……へへへ。そういうゼプスの方は?」

「見よ!脂ののったいい魚だろ」


 魚の尾を掴み、意気揚々と自慢する姿に思わず笑みが溢れた。


「今日こそは香草焼き魚が食べられるね!」

「なんだその怪しげなネーミングは……」


 あまり乗り気ではないゼプス背中をぐいぐいと押すように、私は屋敷の中へと入るように促した。


「絶対に美味しいから。ほらほらキッチンへゴー!」

「わかったから……そんなに押すなって……」


 

 トントントントン――。

 リズムよく採取したばかりの野草をナイフで切っている隣で、マジマジと私の手元を見つめるゼプス……。彼の視線を気にしながらも私は調理を続けた。


「手慣れているな」

「そう……かな」


 私は今まで私自身のためにしか料理をしてこなかった。誰かにこうやって間近で見られながらするのは初めてのことであり、少しばかり緊張していた。


「あんまり見ないで欲しいな」

「なぜだ」

「なぜって……。今まで誰かに見られながら料理したことがないから……その……恥ずかしい」


 自分でもわかるくらい、じわじわと顔に熱が帯びるのを感じていた。


「あぁ、もうっ!とにかく完成するまでもう少しかかるから、向こうで待ってて」

「お、おぅ……」


 ゼプスがキッチンから出て行こうとしているのを私は慌てて止めた。


「ゼプス待って!」

「なんだ?」

「釜戸に火だけ着けてって」

「人使いの荒い奴め……」

「何か言った?」

「……なんにも」


 少しだけ太々しい態度だったが、ゼプスが釜戸に向かって指をかざすと、小さな炎が指から釜戸に向かって飛んで行った。


「口からじゃないんだ……」


 思わず心の声が漏れ出してしまい、慌てて口を噤んだ。


「この姿で口から火は出ん。それに、私はもともと火の使い手ではない」

「……ん?ドラゴンはみんな火を吹くと思ってたんだけど……」

「はぁ……この話はもうお終いだ。疲れすぎて話す気になれん」


 そう言うと、ゼプスを片手をひらひらとさせながらキッチンを出て行った。


 ――火の使い手でなくても火を出せるってなんで?それぞれのドラゴンには特性があるの!?スケールが大きすぎる……。


 キャパオーバーになりそうな私は一旦思考を止め、目の前のことだけに集中しようと思った。


 切り終えた野草を魚の周りに散りばめ、オーブンへ投入。焼き上がるまでの間に汁物の準備をしようと、私は収納棚から鍋を取り出した。だが、濡れた手が鍋を滑らせ盛大な音を立て鍋を落とし、同時にずでーん、と転倒してしまった。


「痛っ……やっちゃったよ」


 大きな音に驚いたのか、ゼプスもすぐさま駆けつけて来た。


「何の騒ぎだ……!?」

「うるさくしてごめん。ちょっと転んだだけ」

「そうか……って、モモ!ケガをしているではないか!」


 ゼプスは血相を変え私の腕を掴んでいた。


「擦り傷くらい、どうってことないよ」

「些細な傷でも命取りになると言っていたのはそなただぞ」

「あはは……そんなこと言ってたねぇ」


 ゼプスが私の腕を掴んだまま洗い場へ連れて行こうとしていると、ふと身体の中から不思議な力を感じたため思わず足を止めた。


「どうした……」


 ゼプスの問いかけに答えようとしていた矢先、擦り傷がみるみるうちに治った。


「うえっ!?傷が……傷が治った!」

「……本当だ」

 

 私たちは互いに顔を見合わせ、治りたての腕から目を離せないでいた。


「けど、なんで?普通はこんなすぐには治らないよね」

「……モモの能力なんじゃないのか」

「能力!?そんなのないない!あり得ないよ!」


 首をぶんぶんと大きく左右に振る姿を見ていたゼプスはくすくすと笑い出した。


「くっ……ふははははは」

「ちょっとなんでそんなに笑うかなぁ」

「いや……モモは何にも気づいてないんだなぁ、と思って……すまん。くふふふふふ」

「話すか笑うかどっちかにしてよ……もう」


 ――何も気づいていない?一体どういうこと?


 ゼプスが発した何気ない一言に私は疑問を抱いた。


「ねぇ……気づいてないって……どういうこと?」


 ゼプスの服の裾をぐいぐいを引きながら尋ねると、彼は私の方へと向き直り、さきほどまで笑っていた表情から一変、神妙な面持ちで答えた。


「モモには治癒能力がある。それも、底なし魔力を兼ね備えている」

「はい?」


 その場に流れる沈黙を破ったのは、魚の焼き上がりを知らせるオーブンの音だった。


「まぁ……まずは食事にしよう。詳しい話は後だ」

「……わかった」

「私はオーブンの中に入っているものを運んでおくよ」


 色々なことが起きる度に困惑していたが、深呼吸をすることで落ち着きを取り戻すことができたため、詳しい話を聞くためにも今は残りの食材で汁物を作ることに専念しようと意気込み立ち上がった。


 ――食べてから考えよう!


 手際よく汁物を完成させた私はゼプスが待つリビングへと急いで向かった。

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