15話➤終わりが見えない大掃除

 ゼプスとともにだだっ広い屋敷の掃除を始めたのだが……。


「ゼプスっ!また休憩してる!」

「モモ……少し休ませてくれ……。まさか……こんなに体力を使う羽目になるとは……。掃除を甘く見ていた……はぁ……はぁ」


 一部屋ずつ掃除を始めた私たちだったが、あまりの広さになかなか進めることができずにいた。床の埃を箒で払い、雑巾で拭き掃除をする……単純な作業とは言え、何年何十年と放置されていたこともあってか、一向に綺麗にならなかった。掃除道具だけは新品のように綺麗なまま保管されていたのだが、あっという間に箒と雑巾は真っ黒になってしまった。


「こんな広い屋敷に1人で住んでただなんて……羨ましいんですけど」

「そうか?まぁ、1人にしては広めだろうな……。モモが住んでいた屋敷はどんな感じだったんだ?」

「……ワンルームだけど」

「ワンルーム?この部屋くらいか?」


 ――んな訳ないでしょうが!もっと狭いし、というかこの部屋の10分の1くらいなんじゃ……。


 そう考えるとだんだんと虚しくなってきた。

 ゼプスに私の部屋の説明をすると、目をまん丸にして固まり、ものすごく驚いていることが見て取れた。


「部屋の広さなんて気にしないし……。住めば都って言うじゃん!」

「住めば都か……。そんな言葉は初めて聞いたが、モモのいた世界にいつか行ってみたいものだな」


 ――私のいた世界……。今頃みんなはどうしてるのかなぁ……。私がいたという事実は無くなってるのかな……。


 ふと涙が込み上げてきたのを慌てて誤魔化すように目を擦った。


 ――こんなことで弱気になってどうすんの!ここで生きていくって決めたんだからしっかりなさい!


 休憩はおしまい、パチンと手を鳴らしながらゼプスへ声を掛け、掃除の続きをすることにした。


 夕陽が差し掛かる頃、ようやくリビングと思わしき部屋の掃除を終えることができた。

 蓄積していた埃で黒ずんでいた床も磨くことで綺麗になり、長年放置されていた机と椅子も蘇った。


「今日はここまでにしよっか」


 私の声かけに安堵したゼプスはその場にしゃがみこんだ。


「……やっと終わった」

「安心するのはまだ早いんだけど……とりあえずは一旦おしまいね」

「はあぁぁぁ……」


 盛大なため息に私までも疲れが出てくるような気がした。


「あのさ、食材とかってどこかで買えるの?」

「買う……か……。昔は売っていたんだが、今はそんな場所などない」

「嘘でしょ……」

「嘘ではない……そもそも私たちはそこまで食に拘ってないからな……人間みたく毎日食べなくても生きていける」

「……だからか」


 この街へ来たときに抱いた違和感……。彼らが痩せすぎている問題の答えがようやくわかった。


「それはそれで羨ましいけど、食べないと体力はつかないし、もし万が一何か病気になったりすると闘えないよ」


 ゼプスが瀕死の状態にも関わらず、洞窟内で生き延びられた理由わけがわかったような気がした。


「あんな怪我ごときで命を落とすものか?」

「あんな怪我!?かなり酷かったんですけど?臭いも強烈だったし、バイ菌が躰を蝕んで死にかけてたんだよ!第一、空腹過ぎて回復する力も無かったんじゃないの?」

「ぐぬっ……」


 私の口で猛攻する姿勢にゼプスは何も言えずにいた。


「とにかく!食はエネルギー源なんだから疎かにしないで。……と言ったものの、この屋敷にはキッチンがあるのかな……」

「キッチンならあるぞ。私もたまに使っていたからな……そこまで汚れていないとは……思う」


 案内されてキッチンへ向かうとゼプスの言う通り汚れは少なかったが、料理をするには最適といえる環境ではなかった。


 ――とりあえず使えそうな物を探すか……。


 私はキッチン内ですぐにでも使えそうな食器や調理器具を探すことにした。その姿を見ていたゼプスも同じように探し始めた。一通り探し終えた私たちは、食材の調達をするために屋敷を出た。


「そういえばこの辺りって川はあるの?」

「あるにはあるが、もう日も暮れかけている……私が魚を捕ってこよう」

「……わかった。じゃあ私はこの辺りで食べられそうな物がないか探してみるね!」

「この辺りって……草しかないぞ」


 私が腰に手を当てやる気に満ち溢れている隣で、呆れ顔のゼプスが背中を丸め面倒くさそうに言った。


「草は草でも食べられる物もあるから!それに、香りが付くだけで格段においしくもなるんだよ」


 自信満々にウィンクまで決めてみたものの、ゼプスは気乗りしない様子のまま川へと向かってしまった。


 ――何よ。どうせ食べるならおいしい方がいいと思って言ったのに……。


 腕まくりをし気合を入れなおした私は、屋敷内にわんさかと生えている草をかき分けながら食せそう物を探し始めた。異世界と言えど敷地内には見たことのある野草がたくさんあり、私は嬉しさのあまり採取に没頭していた。その足で屋敷の裏側へ向かうと、木製の扉が設置されている場所へと辿り着いていた。


 

 

 *****~

 

 ――コノ……ケハイ……ハ……ニンゲン……カ……。


 近づいてくる人間の気配を感じ、これまで眠っていた何かが目覚める予感がした。


 ――ワガ……イノチ……メザメル……マモナク……ダ。

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