14話➤紡がれる思い
屋敷へと案内された私は、目の前に広がる光景を見て愕然としていた。
「……あのさ、今までここでどんな生活をしていたの?」
「どんな……と言われてもな……ここで寝起きしていただけだが」
外観は廃墟、中に入ればごみ屋敷……。この言葉が一番合っているように思えた。
日の光が差し込めば屋敷内は埃まみれなのがはっきりとわかり、長年放置されていたのがありありとわかった。
「こんな環境で生活できていたなんて俄かに信じがたいよ」
「ふぅむ……。住まいなど、寝られる場所さえあれば良かろう……」
――おっと……、考え方が怠惰すぎる。衣食住は生きていく上で欠かせないはずなのに……。環境が悪すぎると身体にも良くないんだけどなぁ……。
私は少しだけ悩んだ結果、ゼプスへある提案をしてみることにした。
「ねぇゼプス。この国では魔法が使えるんだよね」
「まぁ……使えると言っても一部の者だけだがな」
「全員が使えるわけじゃないの?」
「……モモ、少し昔話をしようか」
ゼプスが屋敷の入り口に設置されていた螺旋階段に腰掛け、隣へ来るように促されたため私は散り積もっていた埃を払いゼプスと同じように腰掛けた。
*****~
これはまだ私が幼かった時の事――。
当時は王都を中心にドラゴンと人間が共存している世界だった。東と西で大きく分けられていたものの、互いの存在価値を認め、良好な関係を築けていた。東エリアには蒼龍と赤龍、西エリアには白龍と黒龍の群れが住んでいた。王都には縁龍が住み、長きに渡りこの世界を見守っていた。縁龍ことソアレは私たちドラゴンの師であり、底知れない魔力の持ち主でもあった。人間と共に生きる世界を築くために街を造り、互いに足りないことを補い合う、本当に素晴らしい関係性だった。幼い頃の私にとって、ソアレは憧れの存在だった。
だが、そんな穏やかな世界にも亀裂が生じ始めた。魔力を持ち合わせた者、魔導師が現れたのだ。奴らは魔力を己のものとし、世界を支配しようと目論んでいた。そこに助力したのが王都に住まう王族たちだった。王族たちも魔力を欲し、ソアレに手段を講じた。だが、一族の繁栄に大きな影響を与えかねない事態となることを恐れ、人間側には一切情報を与えなかった。
そんなある日、1人の魔導師が気付いたのだ。魔力を簡単に手に入れる禁断の方法を……。そして王族と魔導師は手を組み、我々ドラゴンとの戦いが始まってしまった。対立するどちら側にも味方することなかったソアレは、自らの身を犠牲にすることで魔導師に和平を持ちかけた。そのことに同意した魔導師によって打ち首が決まった日、ソアレは私たちにこう言い残したのだ。
『希望は我が子孫に託す』
そう……、ソアレは誰にも明かさずに妊娠し、誰にも知られないままに卵を産んでいた。そして自ら犠牲となり戦いを終わらせた……はずだった。
私たちにもようやく安寧が訪れると思っていたのだが、その思いを人間どもは易々と裏切ったのだ。
*****~
「とまぁ……こういった過去があって今に至る」
ゼプスから聞いた内容は、私がいた世界では考えられないくらいスケールが大きく、いかに私が平和な場所で過ごしてきたのかを思い知らされた。本当のことのようで未だに信じられない、そんな複雑な気持ちを抱えながらも、ふと疑問に思うことがいくつかあったため聞いてみることにした。
「いくつか聞きたいことがあるのだけど……いいかな」
「あぁ。構わない」
「ありがとう。じゃあまず、魔導師は一体どこから来たの?もともとは人間とドラゴンしかいなかったんだよね」
「……鋭い質問だな。おそらくだが、人間とドラゴンの交配だと考えられる」
ドラゴンの中でも魔力を保持している者と人間の血が交われば自然と魔力を保持する子孫が産まれてもおかしくない……。ゼプスはそう付け足した。
「なるほど……、それもそうか……。だったらソアレさんも……」
「おそらくそうだと思うんだが、確証がないんだ」
「え?どういうこと?」
ゼプスの話によると、ソアレさんは卵を産んだと言い残しこの世をさったものの、いくら探しても卵は見つからなかったそうだ。
「子孫がいない故に、その事自体に信憑性がないんだ」
「そう……なんだ」
「ドラゴンの卵は、母親の思いが強ければ強いほど孵るまでに時間がかかる……。もしかしたら未だに眠りについているのかもしれんな」
ドラゴンの寿命は人間よりも遥かに長く、特に縁龍は1000年もの寿命があるそうな……。
「あのさ……。今、王都にいる王様たちって……昔みたいにドラゴンたちを……」
うまく言葉が続かなかった。どう聞けばいいのか、聞いたところで思っていた答えが返ってくるのが怖かった。そんな私のことを思ってか、ゼプスは優しく頭を撫でながら私に言った。
「私には現王族のことはわからぬ。私たちの仲間も住んでない故に、情報は一切ないのだ……。私たちは人間に見つからぬように生活をしているからか、犠牲になったと言う話は聞いてない」
優しく微笑んだ表情にはどこか寂しそうな印象も受けた。
――王都って確か私がいたところだよね……。王様は何を考えているのかわからなかったけど、王子様っぽい人は……話が通じそうだった……。
「ゼプスは……いつか……戦うの?」
自分で聞いときながら声が掠れていることに驚いた。
「そうだな……。仲間を守るためなら戦う覚悟だ。……だが、同時に戦いたくない……とも思ってる」
ドラゴンと人間の間に生まれし溝が簡単に埋まることはなくても、少しずつ歩み寄ればいいのに……、そう願うばかりだった。
「さて……。湿っぽい話はこれくらいにして、ここで生活をするのであれば片付けをしなければな」
「……そうだね。というか、魔法でぱぱっと綺麗になったりしないの?」
「そんな魔法はない!」
「えぇっ!?」
「……そんな魔法が存在するならばとっくに使っておる」
ゼプスは、しょぼくれる私を呆れたように見つめ、とっとと片付けるぞと言いながら部屋を出て行ってしまった。
――まだまだ知らないことばかりだけど、私にできることをしよう!
そう意気込み、私はゼプスの背中を追いかけた。
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