13話➤新生活の始まり

 彼らの後に続いて歩き、どのくらいの時間が経ったのかわからなかったが、目の前には街のような景色が見えてきた。


「モモ、まもなく私たちが生活している街に着くぞ」

「……うん」


 私の反応がいまいちだったのか、カリアーナが私の顔を覗き込みながら笑顔で話し掛けてきた。


「心配しなくても大丈夫よ。お兄様から街の皆へはきちんと話をしてもらうように伝えてあるから」

「……うん、カリアーナがそばに居ると心強いし、大丈夫な気がする」

「そうでしょそうでしょ~」


 彼女の頭を撫でながら私は笑顔で応えたが、内心は不安でいっぱいだった。これまでにも何度か働く環境が変わってきたことがあったが、こんなにも不安に思ったことはなかった。環境の変化に慣れるまでに相当な時間と労力がかかりそうな気もしたが、唯一の救いと言うなれば言葉が通じることくらいだろう……。


 ――これからどんな生活になるのかなぁ……。自給自足の生活なのかな……。街、ってことは商業施設とかあるのかな……。色々と未知過ぎる。


 街の入り口へと差し掛かかると、門番をしている人たちに早速止められてしまった。


「貴様っ……、クレジョス様が言っていた人間か」

「はい……、お初にお目にかかります」

「ふん、見た目からして弱々しいな。この街で何かしてみろ、その首を嚙み千切ってやる」

「……私がいることを忘れていないだろうな」


 私の背後に立っていたゼプスが低めの声で門番に声をかけていた。


「貴方様は……!よくぞお戻りになられました」

「モモに対する態度をよく考えろ」

「……承知しました」


 ――まぁ、おおよそこうなることはわかっていたんだけど……。いちいちこの人たちの態度にしょげていたらキリがないな……。全員と仲良くなんてできるわけないんだから、ここは割り切ろう!


 そう決意した私は、門番に軽く会釈を済ませ街の中へと足を踏み入れた。


「ようこそ、アルバストゥルへ」

「アル、アルバストゥル……なかなか言いにくいけど、すごくいい響き。それに……結構賑わってるんだね」


 そうは言ったものの、想像していた以上に行き交う人たちからは活力がないような印象を受けた。私の事を見てはコソコソと話す姿は見受けられるが、クレジョスみたいに直接的な文句は言ってこない。ちらほらと店らしき建物はあるが、営業をしている雰囲気は感じられなかった。


 ――クレジョスさんたちにも感じていたことだけど、ここに居る人たちって……痩せすぎなのでは?ちゃんと食べてるのかな……?というか、そもそも食料品を取り扱っている店がないような……。


 そんなことを考えながら歩いていると、ゼプスが私の隣にピタリと付き、まるで何かから守るような体勢をとっていた。


「少しだけ我慢してくれ。この界隈は古い考えの奴らが多くいるんだ」

「当主様の言う通り……。お姉ちゃんも、この界隈には近寄らない方が良いですわよ」

「……えぇ、わかったわ」


 2人の言う通り、突き刺さる視線には殺意が込められているようにさえ思えた。

 裏路地を通り過ぎ開けた場所に到着すると、そこには鉄製の柵に囲まれた大きな屋敷が私たちを出迎えるように建っていた。

 

「ここが私の屋敷だ」


 そう言いながら、ゼプスは自信満々な様子で屋敷に向かって片手を振りかざしていた。


「へぇ……。なんというか……立派は立派なんだけど……」


 廃墟――、その言葉がしっくりとくるような印象を受けた。

 建物自体は問題なさそうなのだが、何年もの間手入れが施されていないくらい、雑草はあちこちで生い茂り、柵や屋敷に蔦が絡むほどの長さに伸び放題状態だった。


「ここには誰も住んでないの?」

「屋敷の主はこの私ひとりだが」


 ――ひとりでこんな大きな屋敷に住んでるの!?さすがは当主……。


「こんなところで立ち話するのもな……。モモ、中へ案内しよう」

「あぁ……うん。カリアーナも一緒にどう?」


 ――薄気味悪い屋敷に入るには人数が多いと安心できる、というより何か出そうな雰囲気にゼプスと2人っきりは私の精神がもたない……。何よりも幽霊が苦手な小心者にはこの状況は厳し過ぎる……。


 そんな私の願いはあっけなく断れた。


「あたし、これからお兄様たちと鍛錬なの。せっかくのお誘いですが、ここで失礼しますわ」

「そんなぁ……」

「お姉ちゃん……モモナ!これからよろしくね」


 片手を挙げ手を振るようにしてカリアーナは颯爽と去って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで見届けた後、屋敷の方を振り返ると何とも言えない静寂な雰囲気がより一層恐怖を醸し出していた。


 ――何も出ない、何も出ない。きっと大丈夫、きっと、大丈夫。この世界に幽霊なんて存在しないし、そもそも見えやしない……。百菜、落ち着くのよ……。大丈夫よ、大丈夫。


 深呼吸を繰り返す中で私自身に暗示をかけていると、ふいに隣から声をかけられ驚いた反動で思わず息を止めてしまった。


「……ぷはっ。ふぅ……ふぅ……。ちょっとゼプス!急に脅かさないでよね!」

「悪い……。その……、いつまで経っても動こうとしないからつい……」

「私の方こそ大きな声を出してごめんなさい……」

「モモが落ち着くまで待つからいい」

「ありがとう……。けどもう大丈夫。案内、お願いします」

「あぁ」


 笑顔で答えたゼプスにエスコートされるように、私は屋敷の中へと入る決意をした。

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