11話➤ドラゴン島の当主
「モモ、島に着いたぞ」
横抱きにしたまま平地へと着地し、平然と私に向かって笑顔を向けるゼプスの顔を睨みつけ、私は未だに治まらない脈打つ鼓動を落ち着かせようと必死だった。
「どうも……ありがとう。……ふぅ、ふぅ」
「しばらく休んでから行くか……」
そう言い、ゼプスは腰掛けられそうな場所へとさりげなく誘導してくれた。
休んでいる間、心地の良い風に吹かれ一息ついていると、どこからか大勢の足音とともに話し声が聞こえてきた。
「……来たか」
休んで治まったはずの鼓動がまた速くなるのを感じ、それと同時にその場には緊張も走っていた。
「モモは何も心配することない」
私の緊張を和らげるかのように、ゼプスは私に微笑みかけた。
――心配することない……と言われても、結構な数の足音が聞こえてきてますけど……。本当に大丈夫なのかなぁ。
そんな私の心配をよそに、ゼプスは堂々とした姿勢で迎えようとしていた。
足音が近づき、私は恐怖のあまり近くにあった草木の茂みに身を潜めた。
「おい、モモ!なぜ隠れる」
「……無理だって。私はここで様子をみる」
「はあぁ……、わかった」
身を潜め様子を伺っていると、木々の間から複数の人影が見え、やがてその人影はゼプスの目の前に現れた。
「誰かと思えば……」
赤髪をゼプスと同じように三つ編みで束ねた強面の男性がゼプスへ近づくと、肩をガシッと掴み満面の笑みを浮かべながら話し始めた。
「ゼプスじゃねぇか!久しいな!俺はてっきり、どこかでくたばっちまったと思ってたぜ」
「そういうお前は何も変わらないな」
「はぁん?その目でよく確かめてみろ!俺だって強くなってんし。男前にだってなってんだろうが!」
「……そうか」
「いやいや、その目はなんだ?俺を馬鹿にしてんのか?」
――あの2人……、仲良いのかな……。まぁ、喧嘩するほど仲が良いって言うからなぁ。
茂みに隠れ、まじまじと2人の様子を見ていると、突然背後から声をかけられた。
「お姉ちゃん、ここでなにしてるの?かくれんぼ?」
「ふぎゃっ!……しいぃ」
私と目線を合わせるかのようにしゃがみ込んだ女の子が突然現れ、無邪気な笑顔を向けていた。私は自分自身の存在がわからないようにするため、口元に人差し指を立てその場を凌ごうとしたが、その甲斐虚しく大勢の見知らぬ人たちの前へと出る羽目になった。
「誰だ……てめぇ」
「姑息に隠れて観察ですか。いい度胸してんねぇ」
「我らも舐められたものよなぁ」
私に向けられる複数の視線は、この世界へ足を踏み入れたときに感じたものとは少し違うように思えた。
――あの時、魔導師たちに見られていたときとは何かが違う……。魔導師たちは私を見定めようとしていた。けど、この人たちは……。
「皆の者、紹介が遅れてすまない。彼女は私の命の恩人、名は……」
「河瀬百菜です」
ゼプスの紹介に後れをとるまいと思い答えた。その途端、さきほどよりも冷たい視線が突き刺さるような感覚を覚えた。
――何……この感覚……。見られる、というより睨まれてる……?
「貴様っ!」
一瞬の出来事だった。
私の目と鼻の先には、さっきまでゼプスとじゃれ合っていた赤髪の男性の顔があったのだ。
「あの……」
「黙れ人間!何しに来たか知らねぇが、ここから先へは行かせねぇ」
「そう言われましても……」
「何も言うんじゃねぇ!」
始めからわかっていた。
私に声を掛けてきた女の子以外皆、私の事を『敵』と見なしていることくらい……。魔導師たちに囲まれていた時とは違い、殺気を帯びた多くの視線を痛感していた。
「鎮まれクレジョス。モモが怯えているではないか」
そう言いながらゼプスは私を引き寄せ、そのまま背中で隠すようにしクレジョスと向き合っていた。
「なぜそいつを庇う!憎き人間だろうが!」
「人間どものしてきたことは確かに許されない。……だが、モモは何もしていなではないか」
「ぐっ……んなこと言ったって、簡単に受け入れらるわけねぇだろ!俺たちは……俺たちは人間どもに裏切られたんだ!忘れたとは言わせねぇぞ!」
――私には到底理解できないなにか……、人間を忌み嫌うなにかがあったのだろう……。
頭ではわかっていても、目の前で怒りをぶつけられると萎縮してしまうのも確か……。きっと私が何を言っても聞く耳はもってもらえないだろう、ならば……。
「何があったのか存じ上げませんが、私がこの場からいなくなればいいのでしょうか」
「モモ!何を言う!」
「ゼプスは黙って」
「貴様っ!ゼプス様に向かってなんという口の利き方!」
これまでただ殺気を向けていただけの人たちが怒りを露わにし、私に罵声を浴びせて来た。
「人間の小娘が何を偉そうに!」
「どうせまた何か企んでいるに違いない!」
「何なら今ここで処分してもいいんだけどな!」
――急にちゃちゃ入れしてくるやん!一体なんなのさ!というか、ゼプスってどういう立ち位置にいるのかわかんないし!
ここで私が何を言おうと、火に油を注ぐことになるだろうから黙っておこうと思い、ふと周囲を見渡してみた。すると、さっき私に声をかけてきた女の子が、草木の茂みの中で耳を塞ぎ
その姿を見た途端、私の身体は女の子の元へと駆け寄り強く抱きしめていた。
「大丈夫だからね。怖い思いをさせて……ごめんね」
小さく首を横に振り、彼女は私にしがみ付いていた。
――この状況を治める術なんてないし、ヒートアップし過ぎて私のことなんか視界から外れてしまってるやん……。
この状況に終止符を打つかのように声を張り上げたのはゼプスだった。
「いい加減にしろ!」
彼の一喝でその場は一旦落ち着いた。静まり返る中、ゼプスは私の元へと歩みより、抱きしめていた女の子の頭をそっと撫でた。
「驚かせてしまってすまない」
「……あたしは大丈夫です……。お姉ちゃんがギュッ、ってしてくれていたから」
「そうか」
嬉しそうに顔を綻ばせる女の子を見て私も少しだけほっとしていた。すると、女の子を撫でていた手が今度は私の頭の上に乗せられ、ゼプスは同じように撫で始めた。
「ちょっと……」
「当主様になでなでされて、お姉ちゃん照れてるぅ。ふふふ」
――ん?当主……様?
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