7話➤痛感する己の力不足

 洞窟への帰り道で迷わないように私なりの工夫として考えたのが、洞窟からあまり離れないことだった。幸いなことに、洞窟を出てしばらく歩いただけで川が見えてきたため、私はその場所で釣りをすることにした。


 ――私が釣った魚よりも大きいのがいる!これならドラゴンさんのお腹も満たせるかも!


 そう思った私は、さきほど作った竿よりも頑丈な竿を作るべく太めの枝を探した。そしてツルもすぐに切れないような丈夫な物を探し出し、頑丈な即席の釣り竿を作り上げた。

 

 ビュッン――。

 魚よりも手前にツルを垂らし小刻みに動かしていると、案の定エサと勘違いした魚がパクリと食いついた。タイミングよく釣り竿を引き上げると、今まで釣った魚よりも大きな魚を釣り上げることができた。


「大物っ!」


 その後も面白いくらいに魚を釣ることができ、気付けば10匹もの魚を釣り上げていた。


「大漁~大漁!」


 釣った魚を洞窟へ持ち帰るため、使っていた釣り竿のツルで魚をまとめ担ぎ上げた。ずっしりとした重みを肩に感じながら、私は足取り軽く来た道を戻り始めた。


「ドラゴンさ~ん!戻りました」

「……そうか」


 どこか弱々しい返事だったことが少し気になったものの、私は魚を焼く準備にとりかかることとした。その姿を見ていたドラゴンがゆったりとした動作で歩み寄ろうとしていた……。ぐらっ、ドラゴンの躰が少しだけ傾くのが見えた私は、咄嗟に振り向きドラゴンへ尋ねた。


「……大丈夫ですか?」

「あぁ……少しよろめいただけだ。ところで私は何をすればよいのだ」


 何事もなかったかのような態度だったため、私もドラゴンのことを気にかけながらも彼の問いかけに答えた。


「これから準備する場所に火をお願いします」


 そう伝えながら、私は釣り帰りの際に拾った枝を高さが均等になるように積み上げた。

 ある程度積みあがったところでドラゴンに目配せし、火を点けるように訴えかけた。少しだけ息を吸い込んだドラゴンは、ふぅ、と軽く息を吐き、積み上げた枝へとあっという間に炎を燈した。


「……さすがです。私があんなに時間をかけて点けたときとは大違い」

「そなたも火を起こせるのか?」

「ドラゴンさんのようにはできませんけど、地道に石同士を打ち合わせて火花を起こしてました」

「……そんなやり方、初めて聞いたな。……それよりも、そのドラゴンさんとやら……やめないか。話し方も、そんなに畏まらなくてよい」

「うぇっ!?……確かにそれもそうですね。威厳があり過ぎて無意識に畏まっていました……。ではお言葉に甘えまして……ごほんっ、自己紹介が遅れました……私は河瀬百菜、よろしく……です」

「変わった名だな……。私の名はゼプスだ。……よろしく、モモ」


 私好みである低めの声で「モモ」、と呼ばれ少しだけどきっ、としたことは言わないでおこうと思った。

 魚が焼けるまでしばらく時間を要するため、その間に私はこの世界の事をゼプスから聞くことにした。

 

 


 ここは人間とドラゴンが共存する世界――。

 白龍、黒龍、赤龍、蒼龍とドラゴンにも数種類存在しているらしく、中でも蒼龍は少数頭しかいない貴重な存在だそう。

 以前は人間と共に生活をしていたのだが、長寿や不老不死にはドラゴンの血肉が有効だ、という信憑性のない噂が広まり、いつのまにか人間同士が意気投合した挙げ句、ドラゴンを襲うようになったそう……。ドラゴンも自らの命を守るために戦い、両者に多くの犠牲が生まれた。

 このことがきっかけとなり、人間とドラゴンの間には見えない溝が生まれ、やがて計り知れないほどの深い溝となっていった……。

 人間はドラゴンを恨み、ドラゴンは人間を恨むような世界となり、今に至るそうな……。


 


「ゼプスも……人間に何かされたの?」

「……まぁな。この躰はヒトの手によって蝕まれている」

「…… ……」

「そないな顔をするでない。モモは何もしてないであろう」

「それはそうなんだけど……何にもできないのが心苦しい」

「何もできない?ははは、そんなことないだろ……。現にこうして私のために食材を用意してくれたではないか。モモが来てくれなければ、蝕まれて命を落とすか……、飢え死にしていたに違いない」


 私はゼプスの話に対してどう答えて良いかわからず黙り混んでしまった。


 ――私に魔力があれば……治癒師のように治す力があればゼプスを救えたのかな……。そんなことを考えても仕方ないんだけどなぁ……。


「モモは……ここに来る前は何をしていたんだ?」


 気を使ってなのか、ゼプスが話題を変えて話しかけてきた。


「私はね、魔法が存在しない世界で看護師をしてたんだよ」

「かんごし?……何か特別なことができるのか?」

「特別……ってわけじゃないけど、怪我した人の手当てとか、病気の人たちのお世話をする仕事かな」

「この世界で言う治癒師、みたいなものか」

「まぁ……似てるけど……私には魔力がないし……治癒師みたいなことはできないんだけどね……へへへ」


 自分で言っときながら虚しさを感じ、そのことを隠すように私は笑って誤魔化した。

 

 静まり返った洞窟内には、焚き火の音だけが響き渡っていた。


 ――ぼちぼち頃合いかな……。


 表面がほんのりと焼き焦げた魚からは湯気も出ており、食べ頃であるとゼプスに伝えるため振り返った。


「ゼプス、そろそろ食べられ……っ!!!」


 その時私の目に入ってきたのは、長い首を地面に着け、息が上がった状態でぐったりとするゼプスの姿だった。

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