6話➤想像上の生き物は実在する

 眩しい日差しで意識が戻り始めた私は、ふとあることに気付いた。

 

 ――大雨に打たれ冷え切ったはずの身体が、不思議と今ではポカポカと温かい。それに……、何か大きな羽……に包まれている……?


 もぞもぞと私が動き出したせいか、私を包んでいた羽もゆっくりと主の元へと戻って行った。その羽の行先を見ていると、想像すらしていない光景が目に入ってきた。


 ゲームやアニメではお馴染みと言っては過言ではない、想像の生き物ドラゴンが私を見下ろしていた。日の光に照らされ、蒼色の鱗はキラキラと輝き、透き通った瑠璃色の瞳は精気が無いようにも思えたが、私をしっかりと捉えていた。


「……はじめまして」


 ――挨拶をしたものの、ドラゴン相手に通じるのかな……。


 そんなことを考えていると、絞り出すような低めの声が頭上から聞こえてきた。


「人間よ……生き延びたか」

「……喋った!」


 自分でも驚くくらい大きな声が出たため、慌てて口元を押さえた。

 

「……生きていたら話もするだろ」


 ドラゴンは呆れるように溜息を吐きながら言った。

 

「確かに……」


 1人で納得していると状況を理解していないのか、と言わんばかりの表情でドラゴンは私のことを見つめていた。


「……なんでしょうか?」

「呑気なものだな、と思ってな……。この私が恐ろしくないのか?」

「……恐ろしい、という感情はとうの昔に通り過ぎていきました。今はこうして話のできる相手ができて嬉しい……?う~ん……安心してます!」

「くははははは……そなたは変なヒトよなぁ」


 大きな口を開けて笑う姿に、私はどこかほっとしていた。

 話が通じるからなのか、1人ぼっちじゃないと安心したからなのか……。私自身でもよくわからない感情が込み上げてきていた。


「つかぬ事を伺いますが、ここは一体どこなんですか」


 ドラゴンだろうとこうして話ができるのであれば情報は多い方がいいと思い、私は意を決して尋ねることにした。


「ここはアルバストゥル。我ら蒼龍の住処だ」

「アル、アルバストゥル……。そうりゅう……。……どっちとも聞いたことないです」


 ――王様も魔導師ですら言わなかった土地の名前……。聞いたこともない蒼龍という言葉……。もしかして他にもいるの?


 そう思った私はついつい尋ねていた。


「この世界にはあなた以外にもドラゴンがいるのですか?」

「…… ……」


 無言で私の事を凝視するドラゴン。大きな瞳で見つめられるとなぜか背筋がぞわっ、とし始めた。


「そなた……、一体どこから来たのだ。我らのことを知らぬ上、この地以外のことも知らぬなど……あり得ぬだろ」

「えぇ……っと、そうですよね……私も少々混乱してまして」


 どこから話をして良いかわからず戸惑っていると――。

 ギュルルルルルル――。

 洞窟内に響き渡るように盛大な音がドラゴンから聞こえてきた。


「もしかして……何も食べていないのですか?」

「まぁ……そうだな。最後に食事をしたのはいつだったか……。こうして話すこと自体久々だからエネルギーを消費したのだろう」


 そっぽを向いたドラゴンは少し照れているように見えた。


 ――もしかして……私がここに飛ばされた理由わけって……ドラゴンの獲物エサにするため?


「何を考えておる」

「……言っておきますけど、私……美味しくないと思います、よ?」

「ぐふっ……くくくくく……まさかとは思うが、私がそなたを食すとでも思ったのか」

「……違うんですか?」

「我らにヒトを食す習慣など断じてない!」


 ――じゃあドラゴンは何を食べるんだろう?


「ヒトと同じような物を食べる」

「そうなんですね……。って、もしかして心の声聞こえていました?」

「聞こえたもなにも……そんな表情かおをしておったではないか」


 昔から顔に感情が出やすいとは思っていたけど、ドラゴンにまで見破られてしまうとは思いもしなかった。

 

 ――私たち人間と同じような食事……?


 少し疑問に思いつつも、今はそこまで追求しないでおこうと思った私はドラゴンにある提案をした。


「もしよければ、さっき釣った魚があるんですけど……食べますか?」

「魚……まさかそなたの近くにあった……生臭いやつをまんま食べろと言うのか」

「生では食べないのですか?……てっきり生でも食べると思ってました」

「……はぁ」

「あっ、私の思い込みで色々と言ってしまってすみません……」

「構わん……。そなたに悪気がないことはなんとなくわかるからな」


 これ以上何か言って不快な思いをさせまいと思った私は、洞窟内に持ってきた魚を一旦持ち、洞窟を出ようとした。すると、背後からドラゴンに声をかけられた。


「どこへ行く」


 振り向くと、ドラゴンがどこか寂しそうな表情をしていることに気づいた。


「魚を焼きにいこうと思って……。あと、4匹だと少ないかなぁ、と思いまして追加で釣りにいこうかと……」

「焼くなら私が火を起こそう。それくらいなら今の私でも問題なくできる」


 ――さすがドラゴン……。口から火を吐けるんだ!火力はちょっと想像できないけど、チマチマと火起こしせずに済むならいいかも……。


「頼もしいですね。でしたら、私は近くの川で魚を釣りがてら、小枝を拾って戻ってきます」

「……本当だな」


 そう言ったドラゴンはどこか切なげな表情をしていた。


「必ず戻ってきますよ。なんなら一緒に行きますか?」

「いや……私はここにいる」


 出たくない理由でもあるのだろうかと思い聞こうとしたが、私は深入りしないでおこうと踏み留まった。ドラゴンに向かってにこりと微笑み、私は洞窟を出た。




 *****~


 ――私としたことが……。大して思い入れもないはずなのに、願わくば無事に、一刻も早く戻って来てほしいと思うだなんて……。


 後ろ姿を見つめながら私は彼女の無事を願ったのだった。

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