5話➤洞窟内での邂逅

 川辺に釣り上げた魚を置き、私はまじまじと観察していた。


 ――川魚……たまに毒があるらしいけど、これは……大丈夫でしょ。なんとなくだけど……。


 さすがにこれ以上空腹を抑えることはできないと思い、釣り上げたばかりの魚を食べようと決意した。ただ、生で食べることに抵抗を感じた私は、かき集めてきた小枝を積み上げ、焚き火の準備へ取り掛かることにした。


 ――ソロキャンプの経験がこんなところで役に立つとわねぇ……。


 火起こしですらこの世界の人たちは魔法でぱぱっとしちゃうんだろうなぁ、と思いつつ石同士をカチカチと打ちながら火花を起こしていた。何度か打ち込むと、ようやく小さな火が着き始めた。消えないうちに枝を追加し、なんとか火を起こすことができた。


 ――なんでだろう……。焚き火の音って、こんなにも落ち着くものだったっけ?


 しばらく炎を眺めた後、火の近くに串刺しした魚を並べた。


 パチパチッ――。

 火花が散る音とともに、魚がこんがりと焼ける匂いを堪能していた。表面が少し黒ずんだところで食べ頃だと思った私は数時間ぶりの食事にありついた。


「いただきますっ!」


 パクっ――。

 ホロホロと程よい柔らかさ、口の中に広がる焦げた苦味をかき消すような魚の風味……。


「おいひぃ~」


 久々の食事に感動しながら食べていると、さっきまでは晴天だった空模様が曇り始めてきた。黒く厚い雲がもくもくと近づいて来たため、魚にかぶりついたままどこか凌げる場所はないかと探していた。しばらく歩いていると、ポツポツと雨粒が降り始め、次第に雨脚が強くなってきた。


「もうっ!」


 全身ずぶ濡れ状態のまま走り、ようやく雨宿りできそうな洞窟を見つけることができた。


 ――こういう世界の洞窟って……中にモンスターとかいるのかな……。


 元いた世界では考えられないことがこの世界では起きる……、そう考えながら洞窟の奥へは行かないようにしようと思い、入り口近くに座った。雨は一向に止む気配がなく、風が少し吹いただけでも身震いするくらい私の身体は冷えてきていた。火を起こそうにも、肝心の枝は雨で濡れており湿気を伴っている……。思わず私はため息をついていた。


 ――雨に当たったせいだ……。めちゃくちゃ寒いし……。お腹も空いているはずなのに、魚1匹でお腹いっぱいだ……。


「ほんと、ツイてないわっ!」


 少し大きめの声でぼやいてしまったせいか、洞窟内に私の声が反響していた。ぼやいたところで何かが変わるわけではないものの、声を張らないと私自身の心が折れそうになっていた。


 身を縮こめ、少しでも身体を温めようとするも、冷え切った身体は温まるはずもない……。


 ――このままここで死んじゃう……のかな……。


 瞼が重くなり始め、気付けば私はその場で倒れ込んでしまった。

 寒気で全身がガタガタと震え始め、視界もぼんやりとし始めていた。

 



『先輩っ~!』


 ――この声は……?


『もう!しっかりしてください!私、先輩のこと頼りにしているんですからね!』

『よく言うよ~。河瀬がいなきゃ何にもできない癖に~』

『なっ……主任~ひどいですぅ』

 

 目の前にいるはずもない後輩と主任が楽しそうに会話をしている。どこか懐かしいようなやりとり……。

 

 看護師を夢見て一生懸命勉強して、国家試験に挑んでようやく掴んだ資格……。看護師になりたての頃は、怖い先輩にああだこうだと言われてきたけど、それも今では私が言う立場……。


 『河瀬さん、ありがとうね』

 『ももちゃん!ありがとう』


 担当した患者さんからのお礼の言葉……。元気になって退院される姿もあれば、無言の帰宅死亡退院もあった……。そのどれも大切な思い出……。


 ――もしかして……これって……走馬灯?……やっぱり私、死ぬのかな……。まだ……死にたくないな……。

 

 


 再び意識が遠のき、そのまま私は深い眠りについた……。

 


 

 *****~

 

 ――ヒト……。こんなところにヒトが来るなんて……。

 

 怒り……という感情よりも、好奇心の方が勝った私はゆったりとした足取りで彼女に近づいた。


 ――眠っている?というか……泣いている?


 洞窟の入り口近くで横たわっている人間を覗き込むと、目元には涙を浮かべていた。小刻みに小さな身体を震わせており、私はなぜか彼女を放っておけなかった。


「我らを傷つけた人間ゴミごとき……このまま野垂れ死ねばよい」


 そう言ったものの、さきほどの雨で全身ずぶ濡れ、寒さで震えている彼女から目が離せず、しばらく私は考えていた。


 ――我らを傷つけたのはヒトであるが、こやつではない……。そもそも、なぜこやつはここにいる?ヒトが立ち入るような場所ではないはず……。何か事情でもあるのだろうか……?


 そうこう考えながらも、気付けば私は彼女の傍に座り込み、震える小さな身体を包み込んでいた。しばらくすると、小刻みに震えていた身体は治まり、すーすーと一定のリズムで寝息を立て始めた。


 ――呑気なものだ……。さっきまでぷるぷると震えていたのにな……。気の迷いか、私もどうかしている……。私の死期も近いのだろうな……。


 近くで眠る彼女を見つめながら、私も同じように目を閉じ眠りについた。

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