8話➤命と向き合い、寄り添う看護
「ゼプスっ!」
慌ててゼプスへ駆け寄ると、ある違和感に気付いた。
――さっきは感じなかったけど……この
鼻にツンとくるような腐ったような臭い。これまでにも何度か嗅いだことのある臭いに、私は発生場所を探そうとゼプスの周りをぐるぐると回り始めた。
――躰も随分と熱い……。なんで何も言わなかったの……、って私に言ったところで何もできないのには変わりないんだけど……!
そんなことを考えながら臭いの元を辿っていると、ひと際臭いを強く感じる場所を特定した。ゼプスもわかっていたのか、私には見えないように尾っぽで隠そうとしていた。
「ゼプス……この怪我っ!」
「…… ……」
何も言わない彼に、私は優しさを込めて言葉をかけた。
「お願い……見せて」
「見せたとて……もう手遅れさ……。私の命は……もう間もなく終わる。モモ……ありがとう」
まるで別れの挨拶をしているかのように話すゼプスに、段々と私は腹が立ってきた。
「なに勝手なこと言ってるの!そんなの許さないんだからっ!」
大粒の涙をポロポロと落としながら私は叫んでいた。
「モモ……」
「とにかくっ!傷の状態を見せてっ!」
私の力ではどうにもできないような大きさの脚を、精一杯の力を込めて必死に動かそうとしていた。そんな私の行動にゼプスも観念したのか、ゆっくりと脚を動かし傷を負った左脚が露わとなった。
何か鋭利な物で切られたような痕はあるものの、適切な処置をしなかったこともあってか、菌が入り込み感染を起こしたような炎症が起きていた。傷口はじゅくじゅくしており、茶色みがかった黄色い膿が出ていた。適切な処置をせずに時間だけが経過したこともあってか、私が看護師をしていた時に嗅いだ臭いよりも強烈な腐敗臭を放っていた。
「この傷……」
「ひどい……ものだろ……。痛みすらも感じなくなった」
――この傷で痛みを感じないなんて……よっぽど深いところまで傷んでいるのかも……。それよりも今はできることをしないと!
そう意気込んだ私は、さっきまで流していた涙を拭い、ゼプスへ思いの丈をぶつけることにした。
「ゼプス、躰がしんどいのは重々わかってる。けど、それを踏まえてして欲しいことがあるの」
「……死にゆく身に……何をしろと」
「……川辺まで一緒に来て欲しい」
「……川……か。……洞窟で……看取ってくれてよいものを」
「そんな事考えてないしっ!」
――このドラゴンはなぜだか生きることを諦めてる……。そんなこと私がさせない!何が何でも生き延びてもらうんだから!
人間である私にできることは限られている。だけど、目の前で救える可能性がある命を見捨てるほど薄情じゃない。看護師として培ってきた知識を屈指し、私はゼプスにできる限りのことをしようと強く決意した。
私の促しに、ゆっくりとした足取りだったもののゼプスは川辺まで歩いて来てくれた。石がゴロゴロしている地面から少し離れた草木の茂みへと座り込もうとしていたため、私は傷を負っている脚を出して横になるように伝えた。
「……今更この傷が……治るとは思えん」
「それでも!」
「……モモの好きにするがよい」
――傷の手当てもしないといけないけど、まずは食べてもらわないと!
「ゼプス……、焼いた魚は食べられそう?」
「そう……だな……。久しく食べてない分……、食えるかわからん」
最後に食べたのはいつか尋ねるにしても、話すだけでエネルギーを消耗してしまう彼のことを思い、私はある決断を下した。
――そうと決まれば……何か大きめの葉っぱを探さないと。
川辺を歩き回り、ようやくみつけた大きめの葉を川で一旦洗い流した。その葉を平らな石の上に広げ、焼きあがった魚の身をほぐし、骨も取り除いたうえで団子状に丸めた。いくつか同じような団子を作り上げ、ゼプスの元へと急いで戻った。
「ゼプス……お待たせ。さっき焼いた魚を食べやすいようにしたよ」
そう伝えるとゼプスは薄目を開け、団子状になったものをマジマジと見つめながら言った。
「それは……本当に魚……か?」
「そうだよ。ゼプスが早く良くなるように願いも込めて丸めたの」
「……そのような形は……初めてみたな……。確かに匂いは魚だ」
「これならきっと食べやすいはず」
「……せっかくモモが……用意してくれたんだ……いただくとしよう」
少しだけ口を開けたゼプスに、私はすかさず魚団子を入れた。
もぐもぐもぐ――。
なんどか噛んだ後に飲み込んだのを確認した私は、その後も繰り返しゼプスの口の中に魚団子を入れた。
――こうやって食べられてるから体力はまだ大丈夫……。
そう言い聞かせ、私は食べ終わってすやすやと眠るゼプスの脚の処置へと取り掛かることにした。
まず、しなりの利く木の枝を編み込み、大きな葉で覆い即席のボウルを完成させた。傷口からこれ以上菌が入らないようにするため、再び大きめの葉を探し出し、川で綺麗に洗い終えた。
――一通りの準備はこれで大丈夫かな……。
ゼプスの脚に触れると、躰のどこよりも熱を持っていることがわかった。
――よく我慢してたよ……。というか、ドラゴンなら空を飛ぶとかして治癒師の元に行くことができるんじゃ……、って治癒師は人間側か……。
考えたところでどうにもできない、今できることをすると決めたのだから、と頭の中で考えを切り替え、即席のボウルに水を汲みに川へと向かった。
並々と汲んだ水をゼプスの脚へかけ流し、傷口の膿を洗い流す。この作業を何回も繰り返した。一向に膿は洗い流せなかったものの、一番初めに見た傷口よりかは少しばかりマシになっているようにも見えた。処置をしている間、ずっとゼプスは起きる気配がなく、途中で何度か呼吸をしているか確認しては安心していた。
――今日はこのくらいでいいかな……。
傷口を綺麗に洗った葉で覆い、ようやく一息つけるまでになった。
感染を起こした傷口が治るまで時間も手間もかかるが、ゼプスを救うためなら何だってできる、そう私自身に言い聞かせ、彼の傷を治すべく同じような工程を数日間繰り返した。毎日傷口を覆う際に願いを込めて……。
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