3話➤人を簡単に信じてはいけない
コンコンコン――。
扉がノックされる音で目が覚めた私。しばらくすると、この部屋へと案内してくれた執事らしき人が入ってきた。
「準備が整いましたので、ご案内致します」
「準備……ですか?」
「はい。モモナ様にはこれからネグルという街へ行っていただきます」
「あの……少しだけ教えていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「えぇ勿論でございます。私でよければお教えいたしましょう」
――親切な執事さんで良かった。魔導師はどうも胡散臭さが否めなかったからなぁ……。
私が連れてこられたガルベンは王都、いわばこの世界の中心部であり位の高い人たちが多くいる場所。魔力の威力もピカイチな人たちが多く、王都に住んでいるだけで他の地域の人たちからは慕われるらしい。
王都より南の地域はロスと呼ばれ、物作りの街として有名であり、王都へは武器や防具を搬入しているらしい。
私がこれから向かう北の地域ネグルは農作物が豊富に育つ地域であり、魔力がなくとも働ける所が多いそうだ。
「モモナ様でしたらすぐに馴染めると思いますよ。ネグルには私の知り合いも多くおります。何かお困りの事がありましたらお尋ねください」
そう言うと、執事は私に1枚の地図と小さな布製の巾着袋を差し出した。
「……これは?」
「この地図はネグル全域の地図です。赤く印をしております箇所が、私の知り合いがいる場所です。遠慮なくお訪ね下さい。こちらは、しばらく生活に困らないように、と王太子殿下より受領いたしました物です」
巾着袋を受け取ると、ジャリっとした音とともに、ずっしりとした重みが感じられた。
「お金……ですか」
「オカネ?ふむ……あなた様がいた世界ではそのような表現をされるのですね」
――この世界ではお金と表現しないのか……。ん?
巾着袋に詰め込まれた銀色のコインを取り出しよく見てみると、見覚えのある顔が描かれていた。
「この人って……さっきお会いした人ですよね」
「えぇ。そのお方は、国王陛下でございます」
――うげっ!?……ということは、私は王様と王子様の前であんな啖呵を切ってしまったということ……?
「女性にしては珍しいお方だと伺っておりました」
「……そうですよね」
「ですが、時には主張も大事なことですので、私はいいと思いますよ」
優しく微笑みかけられ、少しだけ気持ちが楽になるのがわかった。
――いきなり違う世界に来たせいかな……。ここにいる全員が敵に見えていたけど、この人は信用してもいいような気がする。
「ご親切に教えて下さりありがとうございます。王様……陛下と王太子殿下にもお礼をお伝えいただけますでしょうか」
「畏まりました。ネグルへは転移魔法でお送りいたします。どうぞ、お身体にはお気をつけ下さいませ」
――なんでも魔法でできちゃうって……私、本当に違う世界に来ちゃったんだなぁ……。
執事の後に続き城の外へ出ると、3人の魔導師が地面に向かって杖をかざしていた。
――あれが転移魔法の模様……?私が来たときに見た模様とは違うんだ。にしても……あそこで杖をかざしている魔導師……さっきいた人たちとは別部隊か。
「お待ちしておりました。モモナ様、どうぞこちらへ」
魔導師に促され私はペコリとお辞儀をした後、地面に描かれた模様の中央に立った。すると足元の模様が光始め、眩しさで周りの状況がわからなくなった。そんな中でも私は、城に向かって一礼をした。
――お世話になったお礼はしとかないとね……。これくらいしか私にはできないけども……。
顔を上げた時、魔導師の1人が不適な笑みを浮かべているのが見えた。だが、その事について聞こうにも時すでに遅し……。私は光のベールに包まれ、
*****~
執務室の窓から転移魔法が執り行われたことを横目で見ていた私は、無意識なのかわからないが、自分自身の拳を力強く握っていることに気づいた。
――なんだこの胸騒ぎは……。自らの手で送り届けなかったことを悔いているのか……?それとも見送りしなかったことを悔いている……?
――ここに誰もいなくて良かった……。王太子たるもの、いかなるときも感情を露にしてはならない……。危うくあの口煩い執事に言われるところだ……。
コンコンコン――。
いつもより少しだけリズムの速いノックに疑問を抱えつつ、私は呼吸を整えて返答することにした。
「入れ」
扉を開け入ってきたのは、執事だった。
「殿下っ……」
いつもの冷静沈着な執事らしからぬ慌てぶりを見た途端、私の鼓動は更に速くなり、胸騒ぎもより一層強く感じた。
「何があった」
「恐れながら……お伝えさせていだきます。……モモナ様の転移なのですが、……予定とは違う地に飛ばされた可能性があります」
「なんだとっ!?転移魔法を執り行った魔導師たちは捕らえたのか?」
「……いえ。捕り逃しました」
「……くそっ」
――おそらく、あの者たちは流れの魔導師だろう。報酬に応じて仕事をするタチの悪い者共だ……。仕事を終えた途端に姿を眩まし、足がつかないよう巧妙に隠れる……。一体誰の差し金だ……。そもそもなぜ気づけなかった……。
「悪い、取り乱した」
「……いえ。私がもう少し早く気づけば良かったのですが」
「お前はなにも悪くない。後の事はこちらで対処する……。下がって良い」
執事に背を向け、いつも通り冷静に答えた。だが、何年もの間私に仕えている執事には全てお見通しだろうとも思っていた。今の私は、執事にですら見せられないほどの怒りを露にした表情をしていることを……。
――こんな
執事が部屋から出たのを確認した後すぐにでも、近衛騎士団長を呼びたかったが、度重なる戦いで傷が癒えていない状況を知っていた私はただただ窓の外を眺め、彼女の無事を願うしかできなかった。
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