来井六郎 乗車経緯 &……

 時は、本日5月20日の夜明け前後。

 横須賀の深夜の路地で、二人の男が対峙していた。

 一人は、経営者然としたみなりの良い男。

 もう一人は、黒いヘルメットに黒い全身タイツじみたボディースーツ、黒いマントも羽織ったヒーローコスプレのような男だった。


 もちろん、このコスプレ男がフィーネマンこと来井六郎警部補である。


「会いたかったよ、愛しの新島社長」


 様々な策を弄してようやく向かい合った巨悪を前に、フィーネマンの心は高鳴る。

 なんて、なんてタイプの男なんだろう。

 こんなに悪いやつ、そうそういないぞ?

 ヒーローマスクから絶えず流れるaikoが、迫る失恋の切なさを予感させる。


「君は、aikoは好きかい?」


「何――」


 返答が来ることはなく。

 新島社長は【滑走してきた冷凍マグロ】に轢かれた。


「……………………は?」







「後輩君後輩君、緊急連絡緊急連絡」


 マスクの機能で、新高天原の後輩君に連絡を飛ばす。


『なんですか、来井先輩』


「失恋した、しかも死に別れだ」


『え、殺したんですか?』


「説明めんどくさいな、マスクの映像送るから見てよ」


 オペレーター業務の後輩君が映像を確認している間に、僕は新島社長をもう一度診る。

 死因は、頭部の強打による脳のなんかだ。

 冷凍マグロ自体は大した威力がなかったようだが、倒れた時に頭を強く打ったようだ。


 切ない。


 こんな巨悪が、こんな情けなく意味不明な死に方をするなんて、切なすぎる。

 弔い代わりに、aikoの音量を上げる。


『これは……分類するなら事故死ですかね? どうやら冷凍マグロを運搬するトレーラーが横転事故を起こしたようです』


「それで、このままだとまずいよね?」


『まずいなんてもんじゃないですよ』


 後輩君の大きなため息が、aikoを貫通して耳に届く。


『ここ、本州ですよ? バレたら違法捜査で間違いなく捕まりますし、ニューアイランド製薬の悪事は隠蔽されます』


「だよねぇ。で、どうしたらいい?」


『死体は新高天原まで運びましょう。運搬手段は……特務課(ウチ)の船はどこも出払ってますね。グローリーライナーに乗せましょう』


「クレイジートレインね、了解。そこまでの運搬は、っと」


 列車までどうやって隠して運ぼうか考えていると、風に乗って大きな発泡スチロールが飛んできた。

 多分、冷凍マグロが入っていたやつだろう。


「うん、これでいいか。ちょっと生臭くなるかもしれないけど」


『駅近くに倉庫があるので、そこで木箱に移し替えて下さい。発泡スチロールでは運送途中に割れるかも知れませんから。それと移動途中でこのポイントに向かって下さい』


 視界に近隣マップが浮かび、ポイントが強調される。


『ここで現地スタッフに新島の持ち物を全て渡して下さい。スマホとかから情報ぬくので。……それと、倉庫でまずスーツとマントを脱いでください。目立つので』


「マスクは脱げないよ?」


『知ってます』


「了解。頼りになるねぇ後輩君は」


『……先輩と任務をずっとこなしてればこうもなりますよ。それじゃ、【もう面倒ごと起こさないで下さい】ね?』







「後輩君後輩君、緊急連絡緊急連絡」


 横須賀の倉庫。僕の目の前で、女子高生が気絶している。

 僕が電撃銃で撃って、気絶させた。


『……先輩、【もう面倒ごと起こさないで下さい】って言いましたよね?』


「一目惚れした」


『っ、分かりました』


「全部調べて、全部だよ」


 新島社長の死体を木箱に詰め、女子高生の顔をよく見る。

 雰囲気も、顔も、何も委員長には似ても似つかない。


 でも、すごく委員長に似ている。

 委員長に似ていて、委員長よりタイプだ。

 つまり、めっちゃ悪そう。


『牧野こまり十八歳。通った学校のデータは、送ったので後で確認してください。小学生時代、空き巣狙いの男に母親を殺されています』


「犯人、容疑を否認してるでしょ」


『……どうして分かったんですか?』


「恋する男の勘」


『流石先輩、気持ち悪いです。追加するなら、凶器も見つかってません。その子についてはもっと詳しく調べてみますが、こちらから新島社長の追加情報です』


「有能な後輩を持つと助かるね。全然タイプじゃないけど」


『ありがとうございます最高です。新島社長が今日グローリーライナーに乗るという情報は知っていますよね?』


「だから横須賀で出会えたわけだしねぇ」


『その情報を、どうやら意図的に流出させていた疑惑があります』


「……それは、嫌な予感がするね」


『はい、何をするつもりだったのかはまだ調査中です。しかし新島社長狙いの悪人が、何人も乗車する可能性は否定できません』


「列車、圧力かけて止められない?」


『クレイジートレインですよ? 一応やってみますが、諦めてください』


「だよねぇ、じゃあ島にいるやつら全員列車に乗せて」


『今だと……素晴らしいですね。ちゃんとした警察のライセンスを持ってる人、誰もいませんよ』


「つまり、境界線超えるまで僕一人で頑張れ、ってこと?」


『先輩ならできますよ。では』


 通信が切れる。


「さて、と」


 この牧野君、どうしようかな。




 こうして、正義のヒーローは乗車した。






「まあ、という訳で。この列車には実はたくさんお巡りさんが乗っていた訳さ」


 時間は戻り、現在。フィーネマンは喋り続ける。


「そして君のそのナイフ。今ちょうど照合が完了したけど、君のお母さんを殺した凶器とピッタリだね」


 銃を向けられた牧野は、無表情だ。


「署でお話を聞かせてもらおう」


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 Aから交代したアルファが、状況を未だ飲み込めないながらも尋ねる。


「お前が警察なのはわかったけど、なんで生きてるんだよ!?」


 アルファは、実際にはAは、フィーネマンの胸に四発も銃弾を撃ち込んだ。


「あぁ、それか」


 フィーネマンは牧野に銃口を向けながら、片手で血濡れのワイシャツのボタンを外す。

 一つ、また一つと外され、やがて胸部が露になる。

 はっきりと残った弾痕、その一つに、フィーネマンは指をかける。

 ゆっくりと押し広げられた傷跡から見えるのは、【機械】だ。


「サイボーグとか【ロボ人間】ってやつだよ。ヒーローっぽく言うなら改造人間かな?」


 ワイシャツを直すと、親指でヘルメットをコンコンと叩いた。


「僕、生身はここだけなんだよね」




「お姉さん、新高天原警察の特務課ってやつでね。ユアちゃん知らない? 【天才的な才能を持った人だけが集められた特殊部隊】があるって噂。それがお姉さんたち特務課」


「え……?」


 ロボはユアの目を覆っていた手をどけ、警察手帳を見せつけた。


 ぽかんと口を開けるユアちゃん。本当にかわいい。


「そんな、こんな酔っぱらいが、私の将来の就職候補……?」


「酷いこと言うねぇ。いや、何も言い返せないけど」


 もう素面だ。自分の言動に、褒められるところがなかったのはよくわかってる。

 そう、もう酔いは醒めた。

 醒めてしまった。


「それじゃ、爆弾解除して尊敬されますか」


「ば、爆弾解除?」


「そうそう、ユアちゃんの運んでたバッグに入ってた機械。あれ爆弾よ」


「え、えぇえぇ!?」


 今更バッグから距離を取るユアちゃん。本当にかわいいなこの子は。

 いいところをみせたくなっちゃう。


 もう酔いは醒めた。

 全て、【全て思い出せる】。


 ユアちゃんの一挙手一投足も。

 ゲロを拭いて流して捨てた、【設計図】に何が書いてあったかも。


「お姉さん、こうみえて頭脳労働派なのよ」




 新高天原警察特務課。それは何らかの捜査に活かせる才能を持った人物を、【他の全てを不問として】特別採用する部署だ。

 ロボを名乗る酔っぱらいの女が認められたその才能は。


 一度見聞きしたものを一切忘れない、生まれ持った完全記憶能力であった、





 何のためらいもなく、ロボは爆弾を解除していく。

 貨物部で探し出した間に合わせのハサミやドライバーなどで、ネジを回し、線を切り、手際よく爆弾解除を進める。

 ロボは鼻歌を歌いながら、自分の能力について思いを馳せた。


 普段生きてるぶんには、嫌なことも忘れられない面倒な個性だ。

 だから、オフは酒を飲みまくる。

 アルコールだけが、私の記憶をあやふやにしてくれる。


 思い出せない。それが楽しい。

 どうしてこんな個性を持って生まれたのか悩んだ日もあったが。

 こういう時に子供を守れるなら、まあ最高なんじゃないかな?


「よし、これでいっちょ上がりよ!」


 残った二本の線のうち、片方にハサミを近づけ――。





 運転席、氷取沢愛生のすぐ近くで。

 【グロリーくん】が爆発した。


「ぎゃぁああああああ!?」








 テロリストは倒され、悪人は捕まり、爆弾は解除される。

 そんなハッピーエンドを、誰も知らないもう一つの爆弾が吹き飛ばした。

 何故、グロリーくんのぬいぐるみは爆発したのか。

 それを仕掛けた役者は、一応一度舞台に登っていた。






 橋田 乗車経緯&回送

 



 時は、列車が新淡路に停車する少し前である。

 橋田と呼ばれる彼は、駅員の格好をして運転席にいた。

 そう、格好をして、である。

 彼は、駅員ではない。


「ボス、全然電話でないなぁ」


 指令通り、運転席の【適当な場所】に橋田はグロリーくんのぬいぐるみを、ぬいぐるみに偽装された爆弾を置いた。

 そして言われた通りに連絡をするが、彼のボスは電話に出ない。


「まあ、いっか。俺のミスじゃないし」


 気にしないことにした橋田は、特に意味もなく車内をぶらついてから列車を降り。


「因果応報なり」


 祇園精舎に真っ二つにされ、その血は牧野の服を汚した。

 




 彼の名は橋田。

 祇園精舎にアジトを襲われ壊滅した、新淡路のマフィア。

 UI爆裂会の最後の一人だった。


 何故仕掛けられ、どう使う予定だったのか、もはや誰も知らない爆弾。

 それが、ついに爆発した。


 【自動運転装置】の真上で。

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