喜劇

 窓が突き破られる音と共に、聞き覚えのある声と歌が牧野の耳に届いた。


「フィーネマン!?」


 気づいたAも振り向く。

 そこにいるのは、牧野に銃を向ける確かに殺したはずの男。


「どうして……?」


 疑問に答えることはなく、ヒーローはただ、告げる。


「みんな、列車は境界線を越えた」


 それは、牧野とAたちに伝えたわけではない。


「ここから先は、新高天原の管轄だ」


 通信が繋がった、【仲間たち】への連絡だ。


「やっちゃっていいよ。【ヨシ!】」


『仕った。因果――』




「――応報なり」


 三等客車貨物部の、荷物の一つが内側から弾け飛んだ。

 現れたのは、般若面をつけた着流しの男。

 その腕には、抜身の日本刀。


「あなたは――」


 ユアに銃口を向けていた信者が、何をするよりも早く真っ二つにされる。


「排除しましょう」


「はい」


 残った二人の信者が祇園精舎に向け、銃を乱射する。


「神のため、赤子を殺めた僧侶がいた。僧侶は死後、地獄の業火に焼かれた。即ち」


 全ての弾丸が、何事もなく切り捨てられる。


「そんな、馬鹿な」


「あ、ありえない!」


 祇園精舎が近づく。

 信者たちの顔に、張り付けられた笑顔はもうない。


「因果応報なり」


 恐怖に引きつった二つの顔が、真っ二つに両断された。



「子供に何見させるつもりだ祇園精舎!」


 助けられた形となるロボは、困惑するユアの目を両手で覆っていた。


「因果応報なれば」


「マジで話通じねぇな! おい、他の方は?」


『二等客車は問題ねぇよ』





「お前に蹴られた頭が痛んで、ゲロくせぇ以外はな!?」


 スキンヘッドの、顔に大きな傷がある男は、叫びながら斧を振るった。


「あぁああああ!?」


 信者の腕に叩きつけられ、銃を握ったままの腕がポトリと切り落とされる。

 食堂車両に、もはや両腕が残った信者はいない。


 状況が理解できずに泣き止み、目を丸く見開いていた子供に男は笑顔を向けた。

 返り血まみれの、威嚇にしかみえない凶悪な笑みを。


「おう、安心しろやお前ら、あ?」


 子供は再び泣き始めた。





『三等はダメ』『俺たち暴力担当じゃないから』


『『祇園精舎よろしく~』』


「仕った」


「二人もいるのに使えねぇなぁあいつら……」


 祇園精舎が貨物部から去り、ロボは呟いた。


「あの、えっと、お姉さん?」


「あぁ、ユアちゃんごめんね? ちょーっと子供の教育に悪い景色がねぇ」


 ロボに目を隠されたままのユアが、困惑気味に尋ねる。


「お姉さん、いえ、お姉さんたち一体何者なんですか?」


「あぁ、それはねぇ」





「あなた、何者なんですか?」


 ナイフを構えた牧野。復活したフィーネマン。

 状況を掴めないAは、殆ど無意識に聞いていた。


「あー、僕はねぇ」


 銃を持つのと逆の手で、フィーネマンがポケットから何か取り出す。

 出てきたのは、手帳だ。


「どうも、新高天原警察特務課警部補の、来井六郎くるいろくろうです」





 舞台に残った役者たちに、悲劇を止める力はなかった。

 ならば、舞台を降りた役者がまた登るのみ。

 なにせこの物語は悲劇ではなく。

 喜劇なのだから。

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