■■永依 乗車経緯   そして列車はフィーネへ向かう


 他の被検体たちの、屍の海の中心で、■■永依えいは発狂した。


 借金の形、闇市場での売買、誘拐、その他色々。色んな理由で十歳前後の少年少女たちが集められた研究所。それが【私】の生まれた場所だ。

 全ての研究と手術、実験を耐え抜けば、生きて帰れるという言葉だけを希望にして、彼女たちは抗った。

 拷問みたいな実験に、気味の悪い研究。成功率何パーセントかもわからない、後遺症にまみれた手術。

 地獄のような生活でひび割れた彼女の心に、私の元になる副人格は生まれた。


 それから私は、彼女の心の中から彼女の頑張りや苦しみを見続けた。

 そんな全部を耐え抜いた彼女たちに伝えられた最後の実験。

 それは被検体同士を殺し合わせて、最後に生き残った一人だけが成功作という、最低の実験。


 そこで彼女は、【失敗作】になった。


 被検体たちの中で最年長だった■■永依は、辛い実験の中でも他の子供たちを常に気遣い、励まして過ごしていた。

 そんな彼女を私は好きになり、他の子どもたちも彼女を愛した。

 だから、だ。

 最後の実験で被検体たちは彼女を生き残らせるために、ある行動を選んだ。


 彼らは、彼女の目の前で自殺した。

 彼女を、生き残らせるために。

 何故彼らがそうしたのか理解した彼女は、耐えられなかった。


 自分は死んでもいいから守りたかった子たちが、自分を生き残らせるために、死んだ。

 自分から、死を選んだ。

 選ばせてしまった。


 優しい彼女は、優しい被検体たちの屍の海の中心で、発狂した。


 そこで、完全に生まれたのが私。

 Aだ。


 私は研究所に残っていたやつらを皆殺しにし、脱出した。

 アルファは、彼女は自分を副人格だと思っているが、本当は逆だ。

 アルファこそが、■■永依だ。


 子供たちが自分のせいで自ら死を選んだ。

 その事実に耐えられなかった彼女は自分を偽り、記憶を書き換えた。

 変化した記憶と整合性を取るためか。

 自分の心を守るためか。

 しばらくして彼女の人格が目覚めた時、自分のことを【人殺しが大好き】なアルファだと思い込んでいた。


 でも、どう偽ろうと彼女は彼女だ。

 優しく、人殺しなんて出来はしない。

 思い出せもしない子供たちのために、復讐をしようといいだしたのも、彼女らしい。

 彼女らしいけど、彼女に人を殺させたくなんてない。

 もっと、壊れてしまうかもしれないから。


 だから、私は彼女にルールを課した。

 なるべく関係ない人を巻き込まない、傷つけない。そして絶対に殺しはしないと。


 その代わりに、私が殺す。


 復讐の対象も、アルファの邪魔になるものも。


 全員、私が殺す。






「……見誤った」


 フィーネマンは、笑った。


 弾丸は、完全に胸を貫通した。

 胸に当てた手が、血まみれになる。

 痛みの信号が、脳を激しくノックしている。


「君の方は、aikoは好きかい?」


 返答の代わりに、追加で三発胸を撃たれた。

 なるほど、こっちの子はかなりタイプだ。

 でも、【彼女】の方が……。





 二等客車貨物部。

 自称正義のヒーローは心臓部に四発の弾丸を受け、倒れた。













「がああああああっ!?」


 梨司部の悲鳴が、一等客車の個室に響く。

 蹲る彼の右手には、人差し指がなかった。


「あなたのお陰で、無駄に列車を壊すことなくここに入れました。ありがとうございます」


 優雅に礼をするのは、優し気な笑顔を浮かべた三十代ほどの男だ。

 先ほど、牧野が降車するのを阻止したのと同一人物である。


「ひっ、ひっ」


 氷取沢は恐怖から、引きつった呼吸をしていた。

 新四国の駅員に事態を通報しようとした彼女だったが、駅員室を占拠していた【彼ら】に捕まり、この個室にいた。

 牧野は、俯いて制服の胸ポケットの【お守り】に手を当てている。


 牧野と氷取沢、笑顔の男。そして五名の【青い服】を着た年齢も性別もバラバラな人々に囲まれ、梨司部はなぜこのような事になったのか思い返した。

 列車が新四国を発車してもイルカが現れず、不安になり連絡しても返事がない。

 計画が計画だ、ミスがあり吹き飛びました、なんて笑い事ではない。

 しょうがなく特等客車を離れ、一等客車も抜けたところで、こいつらに捕まった。


 そして、指を切り落とされた。


「私を誰だと思っている! こんなことをしてただで済むと思うなよ!」


 梨司部は知らなかった。

 【青い服】の彼ら、【憂う魚たち】がどういう組織なのかを。


 梨司部は知らされていなかった。

 何故か?


 それは、横須賀駅に捨てられてしまった脱出用装備の数が物語っている。

 脱出予定だったのは新島社長とイルカだけ。

 梨司部はもとより、敵対組織と共に切り捨てる予定の社員に過ぎなかったのだ。

 新島社長が死んだという印象を補強するために、死体になってもらうための駒。

 それが梨司部がこの列車に乗っている理由だった。


 元から死んでもらう予定の男に、計画の全てを話す必要を新島社長は感じていなかった。

 だから、言ってしまった。


「私はニューアイランド製薬の幹部だぞ!」


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