フィーネマン 回送

 父は警察、母は教師。

 物心ついたときには、僕の心には確かな正義感が芽生えていた。

 良識や常識、そういうものをはっきりと、しっかりと理解していた。

 両親は小さな僕に、ヒーローものの作品を好んでみせた。

 きっと、ヒーローを好きになって、優しい子供になるのを期待したんだろう。


 でも【そうはならなかった】。


 僕の心には正義感があり、良識や常識が、正しい事だとはっきり刻まれた。

 しかし、だ。

 戦隊ヒーロー、仮面のヒーロー、超人ヒーロー、その他色々。

 何を見ても、僕が一番に惹かれたのはそんなヒーローではなくて。


 自分勝手な【悪人】たちだった。


 自分勝手で、他者のことを考えず、横暴に振る舞い人々を危険に晒す。

 そんな【悪人】を、どうしても好きになってしまった。


 育まれた正義感は、それをおかしいと判断している。

 それなのに、僕の心はどうしようもなく悪人に惹かれる。

 正義を善と、正しいとはっきり理解しながら、悪事の描写に心が躍る。

 両親の教育によって生まれた正義感と、生まれ持った悪人好きという癖。

 その板挟みの矛盾に、小さい頃から僕は苦悩してきた。

 しかし、警察の父や教師の母にそんなことは言い出せず、やがて中学生になり。

 彼女に出会った。


 彼女は、真面目で努力家なクラス委員長。完全な【善人】だ。

 一目惚れだった。

 僕は彼女に一目惚れした。

 その事実が、僕の心を軽くした。

 僕は真っ当な人間に恋が出来る、悪人以外も好きになれるんだと。


 ある種、彼女に救われたとも言える僕は、猛アタックをかけた。

 彼女に好かれるため、思いつく限りの努力をした。

 やがて、僕の努力は実り。

 紆余曲折を経て、僕たちはカップルになった。

 人生で最高の瞬間だと、本当に思っていた。


 あの時までは。





 付き合って、少しした時。

 彼女の家に遊びに行くことになった。

 偶然、本当に偶然だ。

 僕はそこで、偶然彼女のスマホを見て。

 彼女が小動物虐待癖のある、【悪人】だと知った。


 そう、結局何も救われてなどいなかったのだ。

 僕の悪人好きの勘が、彼女を好きにならせただけだったのだ。


 幸せから、一気に不幸のどん底へ落とされた。

 この時僕は、狂いかけていたのだと思う。

 不登校になり、食事も拒絶して、死のうとさえ考えていた。

 死ぬべきだと思っていた。

 存在してはいけないと考えていた。

 悪しか好きになれないなんて、生きていてはいけないと本気で憂いていた。

 そんな時だった。


 aikoだ。


 aikoに出会った。


 aikoは狂いかけた僕を救った。


 aikoの歌う恋の切なさ、それが僕を生かした。


 何故僕は、正義感と悪人好きという矛盾するものを持って生まれたのか。

 この切なさを、味わうためだ。

 悪人を好きになり、そして失恋するためだ。


 そうだ、正義のヒーローになろう。





 こうして、フィーネマンは発狂したうまれた











 時は現在、二等客車貨物部。


「正義のヒーローとして、これは見逃せないな」


 敷島入鹿の死体を運ぼうとしていたアルファは、フィーネマンに目撃された。


「君、一緒に警察にいこう」


 アルファは小さく舌打ちした。


 両手を広げる黒ヘル野郎。

 一拍遅れて、もう聞きなれたポップソングが音漏れし始める。

 ……こいつ、やっぱりわざと音漏れさせてやがるな。

 敷島の死体から手を離す。


「……嫌だと言ったら?」


「そりゃあもちろんヒーローらしく」


 自称正義のヒーローは、銃を抜く。


「暴力で解決だ」


「望むところだぜ!」


 こっちもスカートから銃を抜く。

 赤と青の相棒が、頼もしい重さを腕に伝える。


 戦いが始まる。


「君のこと、どうして好きになれないか分かったよ」


「そりゃよかったな! 俺もお前のこと嫌いだぜ!」


 肩の傷が少しだけ痛むが、関係ねぇ。

 撃つ、撃つ、撃ちまくる。

 三等客車の貨物部で戦った時のように、やつは避ける。

 違うのは、撃ち返してこないのと、大袈裟に躱さないことだ。

 最小限の動きで、手足を狙った弾丸が躱される。

 行き場を失った弾は、壁に荷物に穴を空ける。


 動きを、読まれてる?


「変だと思ったんだよね、牧野君を脅してるし銃を撃ちまくってるのに、全然タイプに見えないんだもの」


 素早く、小刻みに、ぬるぬると動いて鉛玉を全て躱すフィーネマン。


『アルファ、撃ちすぎ!』


 動きを読まれている焦りか、それとも敷島を殺して気が緩んだか。


「ちっ!」


 両手の拳銃が、同時に弾切れを起こしてしまう。

 高速でリロードするが、それを見過ごしてくれるほどあいつは甘くない。


「君、さぁ」


 目の前まで近づかれる。

 距離を――離せない。

 荷物が邪魔をする。


「【ここ】、撃てないでしょ?」


 フィーネマンは銃をしまうと、親指でトントンと自分の胸を叩いた。


「何言ってやがるっ!」


 リロードを終えた銃を構え、心臓に狙いを定める。

 フィーネマンは、腕を広げて動かない。

 俺が引き金を引けば、死ぬというのに。


「ずっとずっと、毎回毎回さ」


 ゆっくりと、両手をこっちに近づけてくる。

 ずっと銃口は心臓に向いている。


「殺す、本当に殺すぞ!」


「手足しか狙わないじゃん、君」


 あいつの手には、電撃を流す仕掛けがある。

 触られたらアウトだ。


「怖い言葉遣いしてるけどさぁ」


「撃つぞっ! 撃つって言ってるだろ!」


 手が近づく。

 引き金に力をこめる。



「君、悪人向いてないよ」



 引き金を――引けない。


























「私は引けます」


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