イルカ 回送

 私の未来は、安泰のはずだった。

 一流の大学を卒業し、ニューアイランド製薬に入社。

 そこで慢心もせず、出世の街道をひたすらに進んだ。

 やがて会社への忠誠心と清濁併せ呑む度量を重用され、若くしてある研究プロジェクトの主任になった。


 それは、人間の潜在能力を開花させる研究。

 借金の形であったり、裏市場で取引されていた子供たちを使って、その研究は進んだ。

 倫理にもとるだとか、人道的にどうとか言い出し離反しようとした職員は処分し、従順なものだけが残った。

 研究は順調に進み、最後の実験を残すのみとなった。


 私の栄達は、昇進は、確実なはずだった。

 だが、一人の被検体の所為で全てが崩れた。


 AA01。


 奴が研究所にいた人間を皆殺しにし、脱走したことで、私は責任を問われた。

 若くして幹部になるはずだった私は、敵対組織への潜入などという下部組織がやるような仕事を、禊として与えられた。


 【憂う魚たち】、それが私の潜入先であるカルト宗教の名だ。

 屈辱を噛みしめながらも、私は腐らなかった。

 返り咲くことを諦めず、全力を尽くし、たった半年でそれなりの地位になった。


 そんな折、新島社長自ら私に下したのが、今回の計画だった。

 どうやら、新島社長に新高天原警察の捜査の手が伸びてきているらしかった。

 あそこは狂っている。いつ、どんな強引な手段をとってくるか分からない。

 そこで社長は、一石二鳥の大胆なプランを計画した。


 まず、敵対組織にわざと【新島社長がグローリーライナーに乗る】という情報を流す。

 そして、実際に社長が乗り込む。

 【実力行使】を躊躇わないような敵対組織が列車に乗り込んだところで、爆破する。

 新島社長と私は脱出用装備で秘密裡に列車から離れる。

 危険な敵対組織は消え、新島社長は死んだことになり捜査の手を逃れられる。


 そんな夢のようなプランだ。

 実際、情報を流すと幾つかの敵対組織は襲撃を計画し始めた。

 私が情報を流した【憂う魚たち】もその一つだ。

 夢のようなプランだったが、現実になりかけていた。

 だが、結局夢と消えた。





「あぁああああ!?」


 体を襲う激痛に、イルカは目を覚ました。


「走馬灯でも、見ていたんですか?」


 おどおどしたAA01に、怒りが湧く。

 こんな、こんなような【失敗作】に私の人生は!


「おま――」


「あ、ごめんなさい、何かムカつくことを言われそうな気がして……」


 胸の中心を、弾丸が貫く。


『発車します、ご注意下さい』


 アナウンスが鳴り、列車が動きだす。

 そうだ、ここは新四国。

 【憂う魚たち】が、乗り込んでくる駅だ。

 





 こうなれば、全て滅茶苦茶になればいい。

 そう思いながら、イルカの人生は幕を閉じた。


 列車は、走り出す。

 

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