食堂車両のポップソング そして列車は

「こんなところで刀を振り回して、何をしているんだい? 君」


 助けを呼ぶ声に応えるよう、登場したのはもちろん彼だ。

 黒いヘルメットからaikoを音漏れさせる自称正義のヒーロー。


 フィーネマンである。


「俺は」


「aikoに代わってお仕置きだ!」


 尋ねておきながら返答を待たず、フィーネマンの銃が弾丸を放つ。

 祇園精舎は今までと同じように斬り捨て。


「ぬっ」


 刀から身体へ電流が走った。

 フィーネマンの銃は、非殺傷の特殊な電撃銃だ。

 直撃したイルカや牧野は、しばらくの間昏倒していた。


「どういうタフさなの君? あとこのロックンロールも何?」


 恐るべきことに、祇園精舎は動きが止まっただけで、耐えてみせた。


 だが、そこまでだった。


「俺は、妖怪を、」


「【ヨシ!】って言うまでおねんねしてなさい!」


 フィーネマンの両腕が祇園精舎の両手を掴む。


「必殺、ダブル握手サンダー!」


 激しく痙攣しながらも、しばらく意識を保っていた祇園精舎だったが。


 やがて一際大きく体を跳ねさせ、動かなくなった。


「ふぅ」


 一仕事終えたように、黒いヘルメットを片手で拭うフィーネマン。

 祇園精舎を担ぎあげると、アルファに人差し指を突き付けた。


「申し訳ないけど君は後だ。恋するヒーローは忙しくてね」


 一方的に言い放ち、食堂車両に向かう。


「ふむ、困った子猫ちゃんだ」


 しかし、そこに牧野の姿はない

 ただ制服の破片らしき布片とナイフと、溢れ出したペットボトルだけが残るのみだった。

 その中からジュースを一本拾い、壊れた自動販売機に硬貨を入れる。

 その後、しばし食堂車両観察してから、踵を返してキッチンに戻るフィーネマン。


「ほらジュースだよー……って、君も逃げ足早いねぇ」


 だが少し目を離した隙に、A/アルファはいなくなっていた。


「さて、これどうしようか?」


 自称ヒーローは、気絶した般若面とジュースに視線をやり、肩をすくめた。


『間もなく、新四国、新四国。一〇分少々停車致します』


 自動音声のアナウンスが鳴ったころ、ようやくロックンロールは鳴りやんだ。

 静けさを取り戻した食堂車両。


 列車はゆっくりとスピードを落とし始める。





 自称ヒーローの乱入により、新淡路から始まった騒動に一つの決着が着いた。

 列車は新四国に止まり、しばしの休息が訪れる。

 しかしそれは、終点へと向かう混乱の前の、一時の静けさでしかなかった。

 




 二等客車のドアが開く。

 新四国のホームに降りたのは、偽刑事の佐々木健二だ。

 その手には大きな【死体入り】のキャリーバッグ。

 その背中には、大きな鞄。

 何故か荷物が増えている佐々木に続き、ヒマリと老婆も列車を降りた。


「ごめんねぇ、お兄さん」


「いえいえ、当然のことをしているまでです」


 人の好い笑顔に汗を浮かべながら、佐々木健二は思う。


 ヒマリちゃんがお婆ちゃんの荷物を持つと言い出したのは、もういい。予想の範疇だ。

 ただただ、シンプルに重くて辛い。


「大丈夫? ヒマリがこっちのキャリーバッグ持とっか?」


「いやいやいやいや、全然大丈夫だよありがとうヒマリちゃん!」


 前言撤回。精神にも来る。





 そのように佐々木とヒマリが降りた直後の、同じ車両。

 食堂車両につながるドアからやってきたのはロボとユアだ。


「もう! 急いでください!」


「ちょっと、まだお姉さん完全にアルコール抜けてないから」


 ユアの片手には【爆弾入り】のキャリーバッグ、逆の手にはロボの腕。

 遅れを取り戻すよう足早に、自分のバッグを探して激しく瞳をキョロキョロと動かしながら、ロボを引きずるように最後尾に向け進む。


「私のバッグを持った人がここで降りちゃったらどうするんですか!」


「横須賀から乗って新四国で降りる人なんて殆どいないって、お姉さんを信じなさい」


「今までの行動で! 貴方を信じられる要素が! あったと思いますか!?」


「ごめん、酔ってて覚えてない」


「……っ! このポンコツロボ!」


 ユアとロボは、足早にこの車両を通り過ぎた。


 もし、ユアが少しでも外を見ていれば、ヒマリに気づいていたかもしれない。

 しかしそうはならず、二人の少女はすれ違った。





 嵐の過ぎ去った食堂車両。

 真っ二つにされたワゴンの前で、氷取沢は嘆いていた。


 真っ二つ、真っ二つだ。

 ワゴンも、スマホも、グロリーくんも。


「やっぱりかぁ……」


 そんな気はしていたので、精神へのダメージは致命傷で済んだ。

 ……よし。

 車内販売をする必要がなくなったと、前向きに考えよう。

 穴だらけになって中身を無料で吐き出してる自動販売機たちも、いい気味だと思おう。

 このワゴンと自動販売機たちみたいに私自身がならなかったことを喜ぼう。

 私は真っ二つじゃないし、中身も吐き出してない。


 トイレでご一緒した二人がこの惨状を見た時、「いつもこんな感じですよ?」と適当に誤魔化したら納得されたのを思い出す。

 やっぱり潰れるべきだよこの列車。


 それはともかく、今やるべきことは通報だ。

 降りて、新四国駅の駅員に事情を説明しよう。

 決めたからにはすぐ、列車を降りるため歩き出した。


 ……適当なことを考えたり動いたりしてないと、恐怖で震えてしまいそうだった。

 いつも妄想していた、テロとか起きて自動運転装置が壊れて、私が運転してってやつ。

 実際にはそんなことになっても私は運転なんて出来ずに、トイレで震えてるんだろうな。






 佐々木とヒマリは、老婆の荷物を運ぶためホームに降りた。

 ユアとロボは二等客車を早足で、三等客車方面へとバッグを探しながら進む。

 氷取沢は巻き込まれた事態を報告するため、駅員室に足を向けた。

 そんな移動を始めた三組と違い、身をひそめるものがいる。

 場所は、二等客車の貨物部。


 荷物の陰に身体を隠し、アルファは痛む頭を抑えていた。


『ねえアルファ、もう降りよう? この列車、何かおかしいよ』


 降りる、ということは復讐を諦めるということだ。

 確かにAが言う通り、今日のクレイジートレインは何かおかしい。

 でも、でもだ。


「……それはない」


 胸の中で俺を焼き続ける怒りと憎しみが、許してくれない。

 あと一息で【敷島主任】の居所が掴めるかもしれない。

 最悪でも、顔くらい分かるはずだ。


 残るあいつらは、あと一人。

 あいつらのせいで、あいつらのせいであの子たちは――あの子たち?


「痛っ」


『落ち着いて! 深呼吸して、ほら』


 割れるように痛む頭を抱えて、Aの言葉にあわせて呼吸する。


『吸って、吐いて、吸って、吐いて』


 ……少しだけ痛みが治まり、頭がクリアになる。

 どうする?

 Aの言う通り今回は諦めるか?


『……今回だけじゃなくて、ずっと――誰か来るよ』


「わかってる」


 誰かがドアを開けようとする音が聞こえてきた。

 声を潜め、じっとする。

 ここに来る奴が通りすぎるのを待つ。






 二等客車貨物部のドアを開いたのは、イルカだった。

 自分の爆弾入りバッグを持つ子供は、二等客車以上の席だろうと当たりを付けたイルカ。

 この貨物部にバッグがある可能性も考えた彼は、一応と言った様子で周囲を確認した。


 ない。まあ当然だろう。貨物部に手荷物を預ける阿呆はそういない。

 この大量の荷物は恐らく……と、ポケットのスマートフォンが揺れた。

 取り出して確認した表示は、梨司部だ。


『イルカか?』


「はい、イルカです」


 折り返しが遅すぎることへの苛立ちを抑え、冷静に言葉を選ぶ。


「今回の計画にイレギュラーが発生したのですが、新島社長の所在はご存じでしょうか?」


『社長?』





 梨司部は【特等客車】の柔らかな座席に肥えた身体を沈め、片手でブランデー入りのグラスを揺らしながら笑った。


「社長なら朝から見とらんよ、列車に乗ってるかも怪しいんじゃないか?」


 一口ブランデーを嗜み、苦笑を漏らす。

 新島社長は、我等が【ニューアイランド製薬】を一代で築き上げた天才だ。

 だが、奇人でもある。

 その行動を読もうなんて、考えるだけ無駄だ。

 私のように、社長が予定通り現れなくとも特等客車を楽しむような大きな心が重要だ。


 だが、計画にイレギュラーが出た時にいないというのは、困るな。

 私が判断しなくてはならないではないか。


「それで、イレギュラーとは何だ?」





 イルカは、少し考えた。


「……脱出用装備が三等客車の屑共に盗まれてしまったようです」


 私の失態で――実際には私以外の誰であろうと同じ結果になっただろうが、組織はそう見てはくれないだろう――爆弾を小学生が持っている。そのことは隠す。

 奪い返せば、問題ないからだ。


『そうか…………なら計画は中止だ。爆弾は開かずにもっておけ』


「かしこまりました」


『詳しいことは……お前も特等客車に来い。ではな』


 通話が切れる。

 ……計画は中止、これで今回の栄達はなくなった。

 だが、爆弾さえ取り返すことが出来れば、私の失態でもない。

 まだ取り返しがつく。


 その、はずだった。


「イルカ……」


 少女の声とともに、銃声が響きふくらはぎを灼熱感が襲う。


「がぁ!?」


 一拍遅れて、それが激痛だと脳が理解した。

 撃たれた!? どこから!?


「お前……」


 その問いに答えるよう、声と銃弾の主は目の前の荷物の陰から姿を現した。



「お前、【敷島入鹿しきしまいるか】か?」



「……っ、AA01!?」


 もう片足を撃ち抜かれてから、失態を悟る。


「あぁああああ!?」


「会いたかったぜ、【敷島主任】」


 どうする!? どうすればいい!?

 立っていられず崩れ落ちる。痛みで思考が纏まらない。


「……っと、お客さんか。ちょっと黙ってろ」


 腕で首を締めあげられ、呼吸も出来ずうめき声一つ上げられなくなる。

 苦しい! 痛い!


 私の首を絞めながら、AA01は私を荷物の陰に引きずり込む。

 滲む視界の中、通りがかった少女のバッグで【赤い】ゾウのストラップが揺れた。


 あぁ、あと少しで……。





 列車はまだ、動き出さない。

 新淡路と新四国の間と違い、次の駅までは間隔が開く。

 一度走りだせば、しばらく列車を降りることは出来ない。

 そのため一〇分前後の時間、新四国に停車していた。

 それを知っていた佐々木健二は、十分間に合うだろうと老婆の荷物を運んでいた。


 現在。

 彼の予想は崩れることなく、佐々木とヒマリはホームから列車に乗りこんだ。

 場所は、一等客車の手前。エンジン部だ。

 一等客車と特等客車は、外から直接乗ることは出来ず、必ずエンジン部を通らなければいけない。例外として運転席を経由すればエンジン部を通らずに行けるが、乗客には関係のないことだ。

 車内販売員ではなく偽刑事である佐々木は、エンジン部の轟音を聞きながら噂話を思い出していた。


 クレイジートレインのエンジン部がなんで一等客車のすぐ後ろにあるのか。

 それは、二等客車とかでテロが起きた時、切り離して一等客車以上の客だけを逃がすためである。

 聞いた時はネットによくあるクレイジートレインデマだと思ったが、実際に轟音を聞くと話が変わる。


 こんなうるさいところを、わざわざ一等客車の近くに設置しているんだ。

 何かあるんじゃないかと、考える気持ちも分からなくない。


「刑事のおじさん、開けるよ?」


「あ、ああ。ありがとうヒマリちゃん」


 ヒマリちゃんがドア横の機械にチケットを入れ、別の機械に指を触れさせる。

 何事もなく、ドアは開いた。

 開いてしまった。


 ヒマリちゃんに先導されながら、一等客車に足を踏み入れる。

 綺麗なところだ。

 実物をみたことはないが、豪華客船とかそういうイメージを覚えた。

 現実逃避するように一等客車を眺めていると、【展望デッキ】はこちらと書かれた案内表示を見つけてしまう。


「刑事のおじさん、展望デッキまで案内しようか?」


「い、いや……大丈夫だよ」


 首を横に振り、必死に取り繕う。


「ヒマリちゃんは自分の個室で待っているんだよ? 一人で冒険は危なすぎるからね?」


「うん! わかってまーす!」


 ヒマリちゃんは元気に頷くと、走って去っていく。


「待っ……」


 手を伸ばしかけ、下す。

 聞こえないようなつぶやきしか出なかったことに、安堵する。

 待ってもらって、どうするというんだ。

 俺なんかと接する時間は、短い方がいいに決まっている。

 俯き、自嘲して無理やり笑う俺に、遠くから元気な声が届いた。


「おじさーん!」


 顔を上げる。

 遠くで振り返ったヒマリちゃんが、手を振っている。


「ヒマリ、大きくなったら刑事さんになりたいな!」


 それだけいうと、横の個室に彼女は入った。


「……違うんだ。違うんだよヒマリちゃん。俺は……」


 俺は、ちゃんと笑顔を向けられていただろうか?


 これから俺は、死体を捨てる。

 死体を捨てて、お婆ちゃんを騙して詐欺の受け子をする。

 ヒマリちゃんの笑顔が、さっき荷物を運んだお婆ちゃんの嬉しそうな顔が、浮かぶ。


 胃が痛い。

 気持ち悪い。

 展望デッキに向かう階段が、やけに長く見える。


『間もなく、当列車は発車致します。お乗り忘れのないよう、ご注意ください』


 アナウンスが告げた言葉の意味も、殆ど頭に入ってこなかった。





『間もなく、当列車は発車致します。お乗り忘れのないよう、ご注意ください』


 二等客車の先頭。

 エンジン部の手前の車両にあるトイレで、牧野はそのアナウンスを聞いた。


 今しかない。


「えい!」


 小さく気合を入れて、トイレを出る。

 発車する直前で降りれば、変人たちも追ってはこれないだろう。多分。


 降りる。

 今度こそ絶対に降りる。

 自分の命が、一番大事。

 もういっそ、走ろう。

 強い決意のもと、ダッシュでドアに向かう私。


「……うそでしょ」


 そこで見たのは、継ぎ目なく乗り込んでくる【青い服】を着た大量の人間だった。

 ……何か記憶に引っかかる。

 環境の……いや、今は考えてる場合じゃない。


「ちょっと、降ります! 降りさせてください!」


 叫ぶようにお願いするが、誰も聞いてくれない。

 ……何か変だ。

 私に気づいていない、訳じゃない。

 こっちを見て、ニコニコと薄ーい笑顔を浮かべている。


 何か気持ち悪い。

 全員、同じような笑顔なのが、なんとも気味が悪い。

 鳥肌が立った肌をさすってから、気合を入れなおす。

 今度は体当たりするように無理やりにでも降りようとする。


「降ります! 絶対降ります!」


 なんとか人の間を抜け、片足がホームにつき。


「お嬢さん、どうせなら一緒に乗っていきませんか?」


 優し気な笑みを浮かべた男に、手を掴まれた。


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