源祇園精舎 乗車経緯
人工島、新淡路。
新高天原が出来る前に、実験のように造られた人工島群の一つだ。
そこそこの大きさとそこそこの人口を持つ、新高天原の法が適用されるそれなりの島。
大都会ではないが田舎と言ったら怒られる、そういう場所。
一般人の認識では、新淡路とはそういう島である。
しかし、行政や警察機関の認識はそうではない。
新高天原建造前に造られた新淡路は、使われた技術も手法も発展途上のものだった。
砂浜すら存在する、そうだと聞かされていなければ人工物とは思えない新高天原と違い、新淡路を含む一部の人工島は金属製の構造体が露出していたりする。
それ故に、島の【内側】に入り込めてしまう箇所が存在していた。
真っ当な人間ならそもそも存在を知らないか、知っても立ち入らない。
島の【内側】。
迷宮じみたそこは犯罪者たちの隠れ家として重宝されてしまっていた。
普通の生活を乗せた島の内側で日々、警察組織と犯罪グループの争いが起こる場所。
新淡路の真の姿はそういうものだった。
そんな内側のある場所。
5月20日の夜明け前、三十前後の年若いボスは興奮を抑えきれず笑みをこぼした。
幸運、まさに幸運だ。
ウチが所属するグループと利権を巡って争っていた、別のグループ。
そのバックについてるデカい企業のトップが、クレイジートレインに乗るという情報を俺たちは偶然手に入れた。
笑いが止まらないとはこのことだ。
ウチがその新島社長を殺すなり攫うなりすれば、新顔だからってナメられることはなくなる。それどころか、かなりの発言権を得られるだろう。
「橋田は上手くやると思うか?」
「ああ見えて器用な男ですよ」
【仕込み】の中枢を担う橋田がトチると、計画はおじゃんだ。
あいつが仕事を失敗したことがないことは知っているが、デカい計画だ。
不安が一切ないと言い切りゃ、嘘になる。
「それに、そろそろ連絡が来る頃――」
俺の腹心が言い切る前に、アジトのドアが開いた。
おかしい。
声掛けもなしにドアを開けるアホは、ウチにはいない。
絶対に本人かドア番の声掛けがある。
デカい仕事を前にして気が立っていた部下たちが、チャカを抜く。
腹心も、黙って俺の前に出る。
何が来ても問題ないよう準備を整え、神経を尖らせる俺たち。
張りつめた脳に届いたのは、意味不明な言葉だった。
「悪しき妖怪が童を丸のみにし、喉を詰まらせ死んだ」
現れた男は、着流しに般若の面をつけた、意味が分かんねぇナリをしていた。
だが問題はファッションじゃねぇ。
そいつが右手に持った抜身の日本刀と、左手に持ったドア番の生首だ。
こいつは、日本刀一本でカチコミをかけにきたんだ。
狂ってる。
どこの奴等の差し金かは知らねぇが、それだけはよく分かった。
「やれ」
俺の掛け声と同時に、アジトにいた全員がチャカをぶっ放した。
何発もの鉛玉が殺到して、恐らく薬をやり過ぎたであろうイカれ野郎はハチの巣になる。
――はずだった。
「即ち」
全ての弾を【斬り捨てた】お面の狂人は、何事もなかったように続けた。
「因果応報なり」
「な、何なんだよお前ぇ……!」
震える声で、狂人に尋ねる。
失禁して濡れたズボンが不快で仕方ない。
この歳で漏らすなんてありえないが、それを笑うやつはもういない。
全員、【真っ二つ】にされ、死んだ。
「俺は地獄の検非違使、名は
何一つ、こいつの言っていることは何一つ分からない。
なんで? なんで突然こんなことに? こいつは何なんだ? 今日の仕事で俺たちは成りあがるはずだろ? なんで皆死んだ? 死んだ?
俺も……死ぬ?
「た、助けてくださいっ! 命だけはっ、命だけはお願いしますっ!」
恥も外聞も何もなく、土下座する。
今まで、危険な目には何度もあってきた。
人の生き死ににも慣れ、死ぬかもしれないことにビビるなんてダサいと思っていた。
死のスリルを気持ちいいとさえ思っていた。
でも、これはそうじゃない。
死ぬかもしれないじゃなくて、絶対に死ぬ。
それも、真っ二つにされて、死ぬ。
嫌だ! 絶対に嫌だ!
恐怖でガチガチと歯を鳴らしながら土下座していると、日本刀が目の前に差し出された。
「ひぃ!?」
「この刀を見よ、刀に映る己を見よ」
「はい! はい!」
土下座しながら何度も頷き、言われた通りにする。
「自らの抱えた業が湧き上がるのが見えるな?」
「……え?」
「見えるな?」
「は、はい! 見えます! 湧き上がってます!」
もちろん、見えているはずがない。
でも見えていないと言ったら絶対殺される。
震えながら、涙を流しながら、何度も頷く。
「ならば、良し」
ふと、目の前から日本刀が取り除かれた。
良し……良いっていったのか?
奴が何を言ったのか、脳味噌がやっと理解し、喜びが湧き上がる。
良しってことは、助かるんだよな? 死なないで済むんだよな!
勢いよく顔を上げる。
振り上げられた刀が見える。
「なれば、地獄の刑期も短く済むであろう」
「……え?」
「因果応報なり」
UI爆裂会のアジトにいた全員を斬り伏せた祇園精舎は、島の地上部で空を見ていた。
血濡れの空に、憤怒の表情を浮かべた月が浮かんでいる。
常と何ら変わらぬ、見慣れた景色だ。
彼方此方から怨恨に怨念が霧となって立ち上がり、人に紛れた妖怪を斬れと囁く。
因果応報、因果応報である。
この世の理に胸を痛める俺の耳に、鐘の音が届く。
と、同時に、天道虫が報せを寄越す。
『列車に乗れ。数多の妖怪がやがて姿を現わす。時が来れば、それを斬れ』
「仕った」
天道虫は去った。
俺は地獄より黄泉帰りし罪人なれば、天命に否はない。
ただ駅に向かい、己の使命を果たす。
妖怪を斬る。
こうして、狂った妖怪ハンターは乗車し、牧野こまりと鉢合わせた。
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