~新淡路 降車・乗車

 三等客車の貨物部で起きた、フィーネマンとA/アルファの戦い。

 隙をついてそこから逃げ出した女子高生牧野こまりは、三等客車を走っていた。

 



 後ろでは銃弾が乱れ飛んでいたはずだが、走行音に阻まれたのか、クレイジートレインの防音性能が大したものなのか、銃声は三等客車までは聞こえてこなかった。

 それでも、牧野は必死に貨物部から距離を取っていた。


「はぁ……! はぁ……!」


 疎らにしかいない乗客に変な人を見る目で見られながら、それでも走らないわけにはいかない。


「あ、車内は走っちゃ」


「無理ですっ!」


 車内販売員らしい、ワゴンを押した小柄な女性とすれ違う。


 しょうがないじゃん! それどころじゃないんだって!


 ストレス、ストレスだ。

 変な怒りとか、不安とかで胸が一杯だ。

 何で現代の日本で、銃撃戦を間近でみないといけないの!?

 次に巻き込まれたら、また生きて逃げられる気はしない。

 どうすればいい、どうすればいいの!?





 牧野が激しく悩みながら走っているその時、全く同じように悩んでいる男がいた。

 死体を隠蔽し、偽刑事になってしまった男。佐々木健二である。


「それでね、ユアちゃんとけんかになっちゃったの!」


「そうか、大変だったね」


 ニコニコと小学生の話を聞いているが、正直それどころじゃない。

 すぐ傍らにある大きなキャリーバッグの中には、死体が入っている。

 見た目はただのバッグだ。血が漏れてたり変な匂いがしたりもしない。

 でも何故だか、今すぐバレるんじゃないかと気が気じゃない。


「それで、刑事さん忙しいんだけど……」


「それでね! ユアちゃんと今はちょっと会いたくないから、探検してたの!」


 気が気じゃないんだが、このヒマリちゃん話が長いし全然解放してくれない。

 だが、邪険に扱って疑われるのも怖い。

 怖いけど、早くこの死体をどうにかしたい。

 どうにかしたいけど、どうにかする手段は見当もつかない。


 ほんと、どうすればいいんだよ……。


「それでねそれでね!」


「えっと、ヒマリちゃんそろそろ」


 とにかく、この小学生とお話ししている訳にはいかない。そう決めた時だった。


「いっとう客車にある展望デッキに行ったんだけど、風が強くて落ちそうになっちゃったの! 海にドボンって!」


 瞬間、脳に電流が走ったように閃いた。


 悪名高いクレイジートレインの展望デッキ。

 新幹線より速いのに、ほぼ海しか見えないのに作られた謎の展望デッキ。

 運行開始早々、二人落ちて死にかけたらしい展望デッキ。


 そこから死体を捨てれば、バレないのでは?


「それだ!」


 解決の糸口に声を上げてしまってから、マズいと慌てる。

 そっとヒマリちゃんを見ると、大きな瞳でじっとこっちを見ていた。


「刑事のおじさん……」


 心臓が高鳴る。

 ちょっと前から動悸がしたり治ったりを繰り返して、きっと寿命が縮んでいる。

 内心の動揺がばれないよう、人の好い笑みを浮かべて待っていると、ヒマリちゃんは首を傾げた。


「展望デッキに行きたいの?」


「うん、そうなんだ!」


 不安が取り除かれ、心からの笑顔が出る。


「刑事の秘密の任務でね、展望デッキに行きたいんだけど、おじさん一等客車のチケットがないんだ」


 そして、口から出まかせが出る出る。

 二十一年の人生で磨き上げた【その場しのぎ】の話術は絶好調だった。

 ……全く、誇れるようなことじゃないんだが。


「じゃあ、ヒマリといっしょにいこう!」


「本当かい? ありがとうヒマリちゃん!」


 笑顔を顔に貼り付けながら、心が痛む。

 事故とはいえ人を殺して、隠蔽して、こんな子供を騙して。


 俺は何をしてるんだ?


 自己嫌悪で一杯になり、胃が痛くなる。

 だが、ダメだ。

 それでもやっぱり、自首する決断を出来る勇気は、俺にはなかった。

 最悪の気分になる俺とは裏腹に、ヒマリちゃんは笑顔で拳を天に突き出す。


「それじゃ、いっとう客車にゴー!」





 既に死んでいた死体を撃ったとはつゆ知らず。

 隠蔽するため、嘘に嘘を重ね自己嫌悪する佐々木。

 小学生の少女を伴い、一等客車に向かい始めた彼とは逆に。

 一等客車から出ようと決意する少女がいた。





『間もなく、新淡路、新淡路です』

 自動音声が停車駅を告げた時、一等客車と二等客車を繋ぐドアが開いた。

 出てきたのは、そうとは知らずに爆弾入りのキャリーバッグを持つユアだ。


 二等客車の先端、配線とパイプがひしめくエンジン部の轟音に、ユアは顔をしかめた。

 一等客車の防音性能は高かったんだ。

 この轟音が、ヒマリちゃんの両親との約束を破った私を責めているような気がしてくる。

 でも、そんなものは気のせいだ。


 確かに一等客車から出ないという約束を破ったのは、私の落ち度だろう。

 だけど、動かざるを得なかった。

 私のバッグを持っているだろう、今朝ぶつかった【白髪交じり】の男の人。

 彼もそのうち鞄を開けて、それが自分のバッグじゃないことに気づくだろう。


 でもそれは、いつになるだろうか? そしてどこになるだろうか?


 新高天原の途中の、例えば新九州で降りて、ホテルで鞄を開けて気づくとする。

 その時、私は新高天原に着いてしまっているはずだ。お出かけセットも、ヒマリちゃんから貰ったピンクのゾウのストラップもなしで旅行をすることになる。


 それは、嫌だ。


 お出かけセットはまだいい。服やシャンプーとかなんて、新高天原で買えばいい。

 でも、ピンクのゾウが無いのはダメだ。

 私は、ヒマリちゃんと仲直りをして、計画通りの楽しい旅行をするのだ。

 プレゼントしたものを失くされたとヒマリちゃんが知ったら、仲直り出来るだろうか?

 私はそうは思えない。


 だから、あの男の人が降りる前に、私のバッグを探し出さなければならない。

 あの人は、大して裕福そうに見えなかった気がする。

 きっと二等客車か三等客車の客だろう。

 だから、一等客車から出る。


 一等客車から出なければ安全だから、と二人でこのグローリーライナーに乗るのを許されたのだが、そこは問題ない。

 いくら二等客車や三等客車の治安が悪いと言っても、歩いているだけの小学生の女の子をさらったり暴力を振るったりしないだろう。

 そこまで愚かな人がいるはずがない。

 それに、何か問題が起きたとしても私ならきっと対応できる。


 そうやって、完璧な理論武装を反すうしていたのと、エンジン部の轟音の影響で、私は列車が止まったのに気づけなかった。

 ドアが開いて、人が乗ってきたことにも。


「あ」


 ぶつかってしまってから、そのことに気づいた。


「ご、ごめんなさい」


「おい、危ねぇだろ」


 慌てて見上げる。

 ぶつかってしまったのは、恐ろしい顔と格好をした男の人だった。

 革ジャン? と言っただろうか。黒い光沢のある上着には、なぜか鉄のトゲが幾つもついている。髪型もスキンヘッドで、顔には大きな傷跡があった。

 そんな外見に違わず、声も怖い。


「あ、あの……」


「前見て歩かねぇで、怪我してぇのか? あ?」


 しゃがみこみ、至近距離で目を合わせてくる男の人。


 ――怖い。


 なんだか身体が震えて、思考が纏まらず何も言い返せない。


「ていうか、お前一人か? 親はどこだよおい。どこだって聞いてんだよ」


「あ、あ」


 情けないことに、怖さで目じりから涙が溢れてきてしまった。


「ちっ」


 そんな私を見て、男の人は舌打ちしてから手を伸ばしてきた。


「い、嫌っ」


「嫌って、お前――」


 男の人の手が私に届く直前。


「ボケコラァ!」


 女の人の足が、サッカーボールを蹴るように男の人の頭に吸い込まれた。


「何子供泣かせてんだ! 床舐めてろタコ野郎!」


 背の高い、なんだか赤い顔をしたタンクトップの女の人は、動かなくなった男の人を何度も踏みつけてから、私の方に笑顔を向けて。


「大丈夫? このおじさんはお姉さんがこらしめたから……うぷ」


 すぐに振り返って。


「うぇろろろろろろろろろろ……」


 男の人に向かってゲロを吐いた。

 そのゲロには。


「……ロボ人間?」


 何故か【ネジ】が混ざっていた。






 爆弾を持った少女ユアは、友達のプレゼントを取り返すために一等客車から旅立つ決意をし、社会の洗礼を受けた。

 そうやって小学生が酔っぱらいのネジ吐き女と出会っていた時と、全く同時刻。

 別の場所で、もう一つの決意と出会いがあった。






 『間もなく、新淡路、新淡路です』


 二等客車の貨物部。少し前まで佐々木達がいたところまで、牧野は逃げてきていた。

 アナウンスを聞きながら、荒くなった息を整えていた牧野は決意する。


「えい!」


 声を出して、決断した。

 私は、列車を降りる。

 確かにオープンキャンパスは大事だ。チケットも安くなかった。

 でも命と比べたら全然どうでもいい。


 命、イズ、ベスト。


 狂った人ばっかりいる列車を降りる。そう決意を固めたのと同時に、列車が止まった。

 降り損ねないように、急いで貨物部からドアのある二等客車に向かう。

 途中、やたら床がツルツル滑るところがあってこけそうになった。

 でも問題ない、余裕をもって二等客車につながるドアを開ける。

 そして勢いそのまま降車しようとし。


「因果応報なり」


 何か赤い液体が私の服にぶちまけられた。


 その出所は、列車を降りたホーム。ドアの目の前。

 上半身と下半身で【真っ二つ】になった駅員だ。


 ヤバい。


 これは、今日イチでヤバい。


 直感が全力で警鐘を鳴らしている。

 二つになった死体の向こう、抜身の日本刀を持った着流しの男がこちらを見ていた。


 目と目が合う。多分。


 多分なのは、その男が般若のお面を付けていたからだ。

 デジャブ。デジャブだ。

 無言の時間が一瞬流れ、男が口を開く。


「悪徒が翁を切り殺した。除夜の鐘の鳴る夜だった。一年後、悪徒は翁の骸に足を滑らせ、死んだ」


 真っ二つになった死体を踏み越え、こっちに向かってくる。


「即ち」


 男が、日本刀を振りかぶる。


 ――ヤバいヤバいヤバい!



「因果応報なり」




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