三等客車貨物部の戦い
時は戻り、現在。
フィーネマンから逃げた牧野は三等客車の貨物部に飛び込み、目の前の鞄から出てきた少女、A/アルファに脅されていた。
「二等客車のチケット、だなぁ」
少女に手元のチケットを覗き込まれながら、牧野は心の中でだけ反発した。
知ってる。私のチケットだもん。
「お願い、なんだけどさぁ。俺も二等客車まで連れてってくんない?」
にやにやと、トゲトゲしく笑う女の子。
無理、って言いたい。でもそれが無理。
さっきからずっと赤い拳銃が私の方に向いているから。
何となくだけどこの子、無理って言ったら簡単に撃つ気がする。多分。
危険度でいったらフィーネマンより酷いかもしれない。キモさはあっちの圧勝だけど。
「わかり、ました」
恐怖に負けて頷く。
胃の辺りに、不快な感じが溜まりまくる。
ストレス、ストレスだ。
どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの? 何か悪い事した?
してないとは言わないけれど、フィーネマンだけで相殺にして欲しかった。
最悪の日の中でも一番最悪の日かもしれない。
不運には抗える、と思っているけど、拳銃に抗ったら死んじゃう。
こんな時に出来ることは一つだけ。お祈りだ。
カミサマホトケサマ、誰でもいいから助けてぇ!
「正義のヒーロー、フィーネマン参上!」
誰でもいいは、なかったことに出来ませんか?
三等客車から二等客車に行くには、二等客車以上のランクのチケットが必要だ。
そしたらなんか目の前にチケット持った女がいたから、しょうがなく脅した。
もちろん、本当に撃つ気はねぇ。急所には。
そんで、高校生っぽい制服の女に【お願い】を聞いて貰ったら、窓をぶち破って何者かが乱入してきた。
「正義のヒーロー、フィーネマン参上!」
変なポーズを決めながら現れたのは、何かちぐはぐな格好をした変態だった。
しかも、つけている黒いヘルメットから大音量でポップソングが音漏れしていた。
「好きな歌手はaikoです!」
呆気にとられ、思考が止まってしまう。
『アルファ、気を付けて!』
Aの声で正気に戻り相手を見ると、いつの間にか銃を構えていた。あぶねぇ。
「ジャスティスショット!」
変な掛け声と共に放たれた弾丸を、躱す。
「え? 君、いま銃弾避けた?」
「その感想はもういらねぇんだよ!」
お返しにこっちも撃ち返す。足を狙って引き金をひく。
片足を上げて躱される。
「うわっ、あぶなっ!?」
「お前も避けてんじゃねぇか!」
「ヒーローは避けてもいいの! 君はヒーローじゃないでしょう?」
意味不明なことを言いながら、再び撃ってくる変態。
もちろん当たってなんかやらねぇ。
「まぐれ、じゃないみたいだね。どういう理屈?」
「教えてやると思うか?」
今度は腕を狙って撃つ。
バンザイポーズで避けられる。
「ちょこまか避けやがって、当たれよ!」
「そっちこそ当たってよ! これ非殺傷の電撃銃だから! 気絶するだけだから!」
「はいそうですか、ってなるわけねぇだろ! 死ね!」
駆けまわりながら両手で撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。
「ほっ、はっ、ひっ、あぶなっ!」
ふざけた格好で全て避けられ、お返しが来る。
避ける。また撃ち返す。
貨物部の壁に、荷物に着弾し、酷い有様になっていく。
「君ぃ! aikoは好き!?」
「知らねぇよ誰だよ!」
「この僕のマスクから音漏れしてる歌手だよ!」
「音漏れしてる自覚あったのかよ!?」
「この歌詞の切なさとそれをメロディに乗せる時のテンポ感が天才だと思――」
「うるせぇ! さっさと死ね!」
弾がなくなるまで撃ちまくる。ナメたような動きで全部避けられる。
なんなんだこいつ!?
「何故だろう、こんなに撃ち合ってるのに君のこと全然好きになれそうにない!」
「撃ち合ってるからだろうがぁあああ!」
リロードの隙を狙った変態の一射を、ブリッジするほど身を反らして躱す。
弾丸が腹の上を通りすぎ、ドアを開けて入ってきた男に当たるのが見える。
「あ」『あ』
「あ」
「ぎっ!?」
【白髪交じり】の男は変な声を出しながら痙攣して、泡を吹きながら倒れた。
持っていたキャリーバッグが手から離れ、転がる。
バッグの持ち手には【ピンク】色のゾウのストラップが揺れていた。
「……ほら、電撃銃だっただろう?」
肩をすくめる変態に、なんか無性にイラついた。
「この――」
『あの、アルファ、もう、女の子いないよ?』
Aに言われ、辺りを見る。
本当だ。
二等客車のチケットを持った高校生は、いつの間にかいなくなっている。
残っているのは気絶した男と、変態と、俺たちと、銃で空いた穴だらけの貨物部だけ。
それと、どっと湧いてきた疲れだ。
「ふむ、君。一時休戦といかないか?」
フィーネマンが銃をしまい、片手を差し出してきた。
「正直僕、忙しくてね。aikoも知らないし好みでもない君と遊んでる暇はそんなにないんだよ。君も、牧野君がいなかったら僕に用はない。違うかな?」
顔面に銃弾をぶちこみたくなったが、それはルール違反だ。
この自称正義のヒーローはキモいだけで研究の関係者じゃあ絶対ないし、よく考えたら銃で女を脅してた俺から女を助けようとしただけだ。
ヒーローらしい、正しい行動だ。
俺がムカついたからってこいつを殺したら、Aが悲しむだろう。
「ちっ」
俺は銃を下ろし、スカートの内側に戻した。停戦に応じた。
二等客車のチケットを持った女がいない以上、このヒーローの言った通りこれ以上バカスカここで撃ち合う理由はない。
「ほら、僕と握手握手」
だが自称ヒーローはどうしても握手をしたいらしく、こっちに向けた手を降ろさねぇ。
「はぁ、これでいいか」
「うん、これでいい」
投げやりに差し出した俺の手を、マスクだけのヒーローはがっしり掴んだ。
「必殺、握手サンダー!」
「あばばばばばばば!?」
『いぃいいいい!?』
次の瞬間、繋がれた手から凄まじい電流が流れ、とんでもない痛みと共に体がビクビクと痙攣しだした。
こいつ、腕になんか仕込んでやがったのか!?
「ははははは! そのうちまた会おう!」
電撃の後遺症で動けない俺たちを置いて、クソコスプレヘルメット野郎は割れた窓から去っていった。
何が正義のヒーローフィーネマンだ。
次あったら絶対に殺してやる。
フィーネマンとA/アルファの初戦が、一人の乗客を巻き込みながら終わったころ。
どさくさに紛れて逃げ出していた牧野は、人もまばらな三等客車を走っていた。
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