A/アルファ 乗車経緯

 そこは、横須賀のとあるオフィスだった。

 建物の所有者は、沼真田ぬまた清掃株式会社。

 しかし、この会社が清掃の仕事を請け負ったことはない。


 沼真田清掃は新高天原のとある企業の下部組織で、いわゆる【汚れ仕事】を担当する実働部隊であった。

 と言っても、実体は不良以上ヤクザ以下の【半グレ】集団に近い。

 東京を超えた人工島、新高天原の暗い側面だ。

 急激な発展の代償とも言えるかもしれない。


 そんな数多の犯罪を犯し、会社の敵を【掃除して】きた彼らだったが、今日は違った。


「目的はなんだ……?」


 オフィスの椅子に座らされた強面の二十歳そこそこの男が、目の前の存在に尋ねる。

 気丈な風を装いながらも、男の内心は恐怖と困惑で占められそうになっていた。

 目の前の、少女。

 そう、中学生くらいの女だ。

 それが、たかだか二丁の、おもちゃみたいな色をした赤と青の拳銃で、俺たちの仲間の半分以上を殺した。


 ものの【数分の間】に。


 死んだやつらは女の後ろで転がっている。

 生き残っているのは、いま座らされている俺を含めた六人だけだ。

 一応トップである俺が生きているのは、幸運なのか不運なのか。


「目的……ですか?」


 そんなイカれた女だが、何故かオドオドとしたような様子で、それが逆に恐ろしかった。

 楽しそうにでも、怒り狂ってでもなく、オドオドとしながら全員殺された。

 なすすべもなく。

 だから、俺たちは縛られてもいないのに大人しく座っている。


「どこまで話す? うん、うん、そうだね。でも……そうかな?」


 そして、さっきからこの女は時折、誰かと話しているように独り言をする。


 狂ってる。


 それが今のところこの女について分かっている、唯一のことだった。


「えっと、教えて欲しいことがあるんですよ」


 少しの間ぶつぶつと呟くと、女がようやく俺たちに向かって言葉を発した。

 それを聞いた仲間の一人が、口を開く。


「おれは、俺はなにもしゃべらねぇから――」


「ごめんなさい、じゃあいらないです」


 右手に持った銃で、女はなんのためらいもなく仲間の頭を撃ちぬいた。


「ひぃ!?」


 近くに座っていた一人がもろに頭の【中身】を浴びてしまい、情けない悲鳴を上げた。

 普段ならダサいことすんなと怒るところだが、今はその気持ちがよく理解できた。

 俺も、酷く汗をかいて、浅く早く呼吸をしていた。ビビっていた。

 銃声の残響が消えたころ、そこは怯える男たちの呼吸音だけが満ちていた。


「えっと、どうしよう? ……うん、うん。え? ……いいけど」


 女はそんな俺たちを見て、また独り言をしてからこっちに告げた。


「あの、知りたいのは【敷島しきしま主任】っていう人のことです」


 敷島主任。その名前には聞き覚えがあった。

 前のトップが死に、俺がここのトップになる原因に関係があったからだ。

 だが、教えられない。

 教えたら、今生き残っても【上】に俺が殺される。


 でもなぜ、こいつは敷島主任のことを知っている?

 こいつは一体、何者なんだ?


「……だれも知らない、んですか? ……じゃあどうしよう。……うん、うん」


 俺たちの誰も喋らないでいると、女はまたぶつぶつと呟きだした。


「じゃあ、しりとりをしましょう、って。仲良くなったら喋る気になる、って」


 まるで自分ではない誰かがそう言ったように、女は告げる。

 そんな女の言葉が、何か引っかかった。

 こいつについて、何か思い出せそうな気がする。


「そ、それじゃあ、私から時計回りで、いきましょう」


 緊張が走る。

 しりとりに参加しなかったり、ミスしたりすれば殺されるだろう。

 女の次の番のやつは、目が血走っていた。

 一方俺は、女についてなんとか思い出そうと頭を回転させていた。


「リンゴ」


 女が手を二度叩く。


「ゴリ――」


 続けようとした奴が、頭を撃たれて死んだ。


「いぃ!?」


「な、なんで!?」


 仲間たちが怯える。

 俺も、理解不能な行動に恐怖していた。


「なんで、って。アルファがまだ……って、あ」


 女は心底不思議そうに首を傾げてから、何かに気づいたように口をポカンと開けた。


 それから、白目を剥いて、一瞬震えたかと思うと、こっちに向き直った。


 何かが変わった。それが分かった。

 顔は変わっていない。体つきも同じだ。

 だが表情や立ち方、そういった雰囲気が全く違うものになっていた。


「【俺】はアルファ、さっきまでのはAだ」


 今までと違い、堂々と、軽薄に告げる。

 その名前を聞いて、俺は思い出した。

 アルファとA、まさか。


「そう、被検体AA01だよ」


 女は再び、何の脈絡もなく一人撃ち殺した。

 それから、俺の方を向く。オドオドと。


「あなただけ、でしたね」


 何も言えず、ただ荒く呼吸をする。


「敷島主任とAA01、両方ともあなただけ反応しました、ね? だから」


 また女が引き金をひく。

 だが今度は誰も死ななかった。仲間の肩を掠めるように、弾丸は飛んだ。


「だからさぁ、こいつ以外はもういらねぇんだけど、な?」


 軽薄に、刺々しく、俺【以外】の残った二人を見る。


「その、この人の口を割らせて、喋らせてくれたら」


 オドオドと、俺に銃口を突き付ける。


「生きて帰れるぜ?」


 仲間が、仲間だった二人が、俺を見る。


「じゃ、じゃあ。よーい、ドン」




 他の被検体たちの、屍の海の中心で、彼女は発狂した。

 借金のカタ、闇の売買、誘拐、その他色々。色んな理由で十歳前後の少年少女たちが集められた研究所。それが【俺】の生まれた場所だ。


 全ての研究と手術、実験を耐え抜けば、生きて帰れるって言葉だけを希望にして、彼女たちは抗った。

 拷問みたいな実験に、気味の悪い研究。成功率何パーセントかもわからない、後遺症まみれの手術。

 地獄みてぇな生活でひび割れた彼女の心に、俺の元になる副人格は生まれた。

 それから俺は、彼女の心の中から彼女の頑張りや苦しみを見続けた。

 そんで、クソみたいな全部を耐え抜いた彼女たちに伝えられた最後の実験。


 それは被検体同士を殺し合わせて、最後に生き残ったやつだけ成功作ってやつだった。


 そこで彼女は成功作になったが、狂っちまった。

 元から優しくて、気弱な女だった彼女は、お友達たちを殺して、心が完全に割れた。


 そして、俺が、アルファが完全に生まれた。

 気弱な彼女の代わりに敵をぶっ殺す、【人殺しが大好き】な俺が生まれた。

 その日の夜、俺は研究所にいた全員をぶっ殺して脱出した。

 俺には余裕だった。

 何せ奴らの研究のお陰で、俺は力とか反射神経とか、そういう能力が限界までひきだされてたからな。

 今でもハッキリと思い出せる、あの日のあいつらの、惨めな最期を。


 研究所を脱出した俺たちだが、彼女はAを名乗りだした。

 ぶっ壊れた心が自分の元の名前と、研究所に来る前を忘れさせちまったんだ。

 そもそも研究所で生まれた俺はAの過去を知らねぇから、思い出させてやることは出来ねぇ。知ってる名前も、AA01だけだ。元の名前は知らねぇ。


 俺に出来るのは、ただ一つ。

 Aの復讐、その手伝いだ。


 壊れたAの心には、とんでもねぇ憎しみだけが残ってた。

 研究に関わったやつ全てを殺す、それだけがAの望みになった。

 復讐を始めて半年。だが、それももうじき終わる。

 研究に直接関わったやつで、生き残っているのは責任者の【敷島主任】だけだ。


 今回の襲撃でも、やつの居場所も顔も分からなかったが、別のが釣れた。

 新島社長。

 研究所のもっと上、ニューアイランド製薬の社長の居場所だ。

 なんと、今日の早朝に出るクレイジートレインに乗るらしい。

 敷島主任の居場所も、新島なら知ってるに違いねぇ。





『クレイジートレインで新島を襲えば、もうゴール間近ってわけよ』


 奴らのアジトを出た先で、横須賀を走る道路を見下ろすA。


「でも、きっと新島社長って特等客車に乗ってるよね?」


 特等客車。たしかクレイジートレインで一番高いやつだが、確かに社長があの列車にわざわざ乗るならそんくらい使うだろう。


「特等客車のチケットなんてとれるわけないし、その、どうしよう?」


『三等客車から乗り込んで、ドアぶっ壊していきゃいいだろ』


「そう、かなぁ?」


『考えたって無駄だって、とりあえず横須賀駅いってチケット買おうぜ』


 そう言ってるのに、まだうんうん悩むA。

 走る車を眺めて、ため息まで吐いている。

 どう発破かけてやろうかと考えていると、背後でドアが勢いよく開いた。


「クソがァ!」


 Aが振り向くと、殺さないでやった一人が銃を構えて立っていた。


『交代だ』


 男が引き金をひく。

 弾の弾道を予測し、身を躱す。


「じゅ、銃を避けた!?」


「だったらなんだよ」


 拳銃をスカートから取り出し、男の腕に弾丸をぶち込む。

 男はたまらず銃を落とし、激痛に泣き叫ぶ。


「はぁ、折角生かしてやったのに」


 やれやれと首をふって、銃口を頭に向ける。口角が上がる。


『アルファ、私にやらせて』


 ぶっ放す直前に、Aに言われた。しょうがねぇ、代わってやるか。

 泣き言をわめく男に、Aが止めをさす。


『なぁ、たまには俺にも譲ってくれよ』


「でも、私の復讐だから……」


 こう見えて、Aは頑固なところがある。

 まあ仕方ない。こいつの憎しみは、誰よりもよく知っている。

 さっきは生かしてやったが、研究に間接的とはいえ関わっていたやつらだった。

 本当は、殺したくてたまらなかったんだろう。


『……なぁA、復讐が終わったら――』


 俺が先のことを考えたとき、背後で轟音が響いた。

 Aが慌てて振り返り音の源を確認すると、そこでマグロの絵が描かれたデカいトラックが横転していた。

 Aが振り向き、死んだ男を、男の銃を見る。

 男は銃を撃った。俺は躱した。

 行き場を失った弾丸は消えたりしない。どこかに当たる。


『やっべ……』


 計算されたその行先は、横転したトラックの場所と完全に一致した。


「ど、ど、ど、どうしよう、関係ない人を……」


『どうしようったって、いや……』


 俺たちがあわあわしていると、冷凍マグロを凄い勢いで辺りにぶちまけたトラックから、運転手が這い出してきた。どうやら生きていたようだ。


「……はぁ、良かった」


『……そうだな』


 復讐を始めるにあたり、Aは俺にルールを課した。


 なるべく関係ない人を巻き込まない、傷つけない。そして絶対に殺しはしないと。


 俺が撃ったわけじゃねぇが、ルール違反にならなくて安心だ。

 本当は起きちまった事故が解決するまでAは見ていたいんだろうが……ここで銃を何発かぶっ放している。そのうち警察も来るだろうから長居は出来ない。

 なんとも言えない気持ちになりながら、俺たちは横須賀駅に向かうことにした。




「売り切れぇ!?」


 たどり着いた駅の券売機で、俺は叫んでしまった。

 それもしょうがねぇだろ、だってあのクレイジートレインが売り切れだぞ?

 三等客車どころか、二等客車にも空きがない。

 一等客車は空いてるが、俺たちが買えるはずがねぇ。


 マフィアがチケット買い占めて遠足でもすんのか?

 新島が乗る列車以外は普通にスカスカだから、新島が買い占めたのか?

 いや、それなら一等客車も買い占めるだろ。わけがわからん。


『どう、しよっか?』


 そうだ、理由なんて考えても仕方ねぇ。

 列車に乗って、新島をボコして、敷島主任の居場所を聞き出す。これは絶対だ。

 だから、チケットがねぇなら考えるべきは【どうやって密航するか】だ。

 そう発想を転換したとき、チャンスは転がり込んできた。

 俺たちの強化された聴覚が、駅員たちの会話をキャッチしたんだ。


「今日、やたら荷物多いよなぁ」


「そうですね」


 声の方を見ると、やさぐれたおっさんとニコニコした男の二人組が、クレイジートレインの貨物部に荷物を積み込んでいた。


「あー、怠い。ちょっと煙草吸うわ。お前もついてこい」


「……はい、わかりました」


 だが、流石はクレイジートレイン。駅員も終わってる。

 客の荷物を放置して、どこかに行っちまった。

 残された荷物の中には、【ちょうどいいサイズ】の鞄がある。


『え、アルファまさか……』


 周りには……誰もいない。チャンスだ。

 鞄の中身をぶちまけて……なんか【パラシュート】とか折り畳みの【ゴムボート】とか、なんかの【設計図】みたいなのが入っていた。何の荷物だこれ? まあ、どうでもいいか。全部取り出して物陰に隠す。設計図は風で飛びそうだが……どうでもいいな。

 そして変な荷物の代わりに、俺たちが入った。




 こうして多重人格の復讐者、Aとアルファは密航に成功し、牧野と鉢合わせた。

 誰かの大事な荷物を、横須賀駅に置き去りにして。


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