小鳥遊ユア 乗車経緯 & イルカ 乗車経緯
一等客車のゆったりとしたソファーに座り、
楽しい旅行のはずだった。
ヒマリちゃんの両親は先に飛行機で新高天原に行く。
私の説得の成果だ。
一等客車から出ないことを条件にして、交渉を成功させた。
私の両親はそもそも旅行にこない。いつも通り無関心だ。
だから、二人きりで列車に乗れる。
本当に楽しみだった。楽しみだったのに。
きっかけは、本当に何気ないことだった。
もう旅行に行くことも、二人きりで列車に乗ることも決まったあと。
放課後の公園。
「ねえユアちゃん! あっちには【ロボ人間】がいるんだって! ロボ人間見れるかなぁ」
私の隣で、力いっぱいブランコをこぐヒマリちゃん。
ヒマリちゃんは、そんなに頭が良くない。でもそんなことはどうでもいい。
他の馬鹿な同級生たちは、優秀な私に嫉妬して無視したりするけど、ヒマリちゃんだけは違う。ちゃんと私を正しく評価して、いつも一緒にいてくれている。
でも、間違いは正さないといけない。
「サイボーグのこと? サイボーグならいないよ」
何かの拍子にネットで得た知識だ。
身体の何割かを機械に置き換えるサイボーグ技術が、新高天原では研究されているらしい。本州だったら、絶対にできない実験だと思う。流石は新高天原だと思った記憶がある。
でも、まだまだ実験段階の技術で、実用化には程遠かったはずだ。
「そんなことより、革新的な警察組織の方が気になるよ」
新高天原は技術……なんとか特区として作られたから、色々な法律が本州より緩い。
その影響で、警察組織の権限や体制も全然違うという。
ネットで得ただけの噂みたいな話だけど、【天才的な才能を持った人だけが集められた特殊部隊】みたいなのもいるんだとか。
将来、落ち目の本州で働く気はない。
新高天原での就職先候補として、仕事っぷりを見れたらいいなと淡い期待を抱いている。
「えー! ロボ人間はいるもん!」
と、私が未来のことを考えていると、ブランコをこぐのをやめたヒマリちゃんがこっちをふくれっ面で見ていた。怖くはない、かわいいだけだ。
「サイボーグはいない、あり得ないよ」
ヒマリちゃんは、ちょっと夢見がちで現実を見ていない所がある。
四年生最初の自己紹介で、将来の夢を魔法少女と言っていたのを思い出した。
「あり得なくない! 新高天原は大きいから、魔法少女みたいにどこかに絶対いるもん!」
そういうところも好きだけれど、でももう私たちも十歳になる。
正しいことを、ちゃんと教えないといけない。
「サイボーグはいないし、魔法少女もいない」
「いる! いるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいるっ!」
そんな風に、私とヒマリちゃんは喧嘩になってしまった。
そして、旅行当日の今日も、未だ仲直り出来ずにいる。
「ヒマリちゃん……」
本当はいますぐ仲直りして、ヒマリちゃんのいる個室に遊びに行きたい。
でも、間違ったことを言っていないのに謝りたくない。
なんだか胸の辺りがもやもやする。
窓の外の、何も変わらない海を眺めるのをやめて、キャリーバッグを見る。
子供っぽくない、大人が使っているような飾り気のないお気に入りのバッグだ。
その持ち手部分には、ヒマリちゃんから貰ったピンクのゾウのストラップが付けてある。
それを手に取って……え?
「ピンク、じゃない?」
そこにあったのは、【赤い】ゾウのストラップだった。
もしかして……と、バッグを開ける。
「……何だろう、これ」
そこに、入っているはずの着替えとかはなく、よくわからない機械みたいなものが一つだけ収まっていた。
これが何かは、この私にも分からない。
でも、誰かのバッグと入れ替わってしまったということだけは、よくわかった。
喧嘩をしてしまった、二人の少女。
入れ替わったキャリーバッグ。
その片割れを持つ男は、イルカと呼ばれていた。
クレイジートレインで最も高額で最高ランクのサービスが享受できるのが特等客車なら、ただ乗れるだけというのが三等客車だ。
そんな本州の在来線と変わらないような三等客車の席に、青い服の男がいた。
彼、イルカと呼ばれる男は焦っていた。
【ピンク】のゾウに気づき、急いで確認したキャリーバッグの中身は、小学生ぐらいの子供のお出かけセットのようなものだった。
彼が人生をかけて運んでいたはずの荷物。
【爆弾】とは似ても似つかぬものだった。
小学生……あの時か……!
それは、今日の夜明け前後のことだった。
【道路を滑走する冷凍マグロ】等という在り得ないものを見た。
後で知ったことだが、冷凍マグロを運んでいたトレーラーが事故を起こし、積み荷が凄まじい勢いでばら撒かれたのだとか。
私がみたのは、そのばら撒かれたマグロだったのだ。
そんな事情を当時の自分は知る由もなかった故に、呆気に取られて立ち止まったのは至極当然の反応だろう。
しかしその所為で小学校中学年くらいの子供とぶつかってしまい、お互い持っていたキャリーバッグを落としてしまった。
同じようなバッグであったから、取り違えを当然考慮した。
だが、見分けがつくように付けたゾウのストラップを持ち手に確認し、安心してしまったのだ。
まさか、色違いの同じストラップを、しかも同じ場所に付けているなどとは考えもしなかった。
もしも、もう少し明るい時間であれば、このような醜態は絶対に晒さなかっただろう。
もっと早く中身を確認していれば、と考えかけ、却下する。
その選択肢は考慮外だ。
あれは【二回バッグを開いた時点でタイマーが作動する】特殊な時限爆弾なのだから。
何かの時のための大事な一回の猶予を、使う選択肢はなかった。
だが……。
私の爆弾を持っているのは恐らく小学生だ。
既にバッグを【一度は開けている】と考えていいだろう。
二回開けていてもおかしくない。
そうであればもうおしまいだ。
あの爆弾の威力なら一両、いや両隣含めて三両は確実に吹き飛ばすだろう。
だが、それだけだ。
エンジン部の所定の場所に設置しなければ【殆どの車両を吹き飛ばす】ことは出来ない。
証拠も残ってしまうかもしれない。
苛立ちが湧き上がり、片手で【白髪交じり】の頭をかきむしる。
そもそも何故、この私がこのようなことをしなければいけないのだ!
あの不幸な事故さえなければ、今頃は幹部になっていたはずなのに!
計画の要とも言える【
そのことも、私の苛立ちを加速させる。
……とにかく、だ。
あの小学生を見つけ、バッグを回収しなければならない。
そして、必ず始末する。
そう行動指針を決めた、のだが。
不運は重なるものだ。より慎重になった方が良い。
三等客車貨物部に手配されているはずの、脱出用装備。
これの回収を先に行った方が良いかもしれない。
あの小学生はみなりが良かった。
恐らくは二等客車、いや一等客車でもおかしくはない。
ここ三等客車からなら、貨物部にある脱出用装備の方が明らかに近い。
それに装備には【パラシュート】や折り畳み【ゴムボート】だけではなく、万が一の際に爆弾を解除するための【設計図】も入っている。
使うことになる可能性は、低いとは言えない。
優先順位は決まった。
まず貨物部に行き脱出用装備を回収し、その後二等客車方面へ向かいあの小学生を探す。
苛立つ胃を押さえながら、列車最後尾へと席を立った。
イルカが向かう列車最後尾の三等客車貨物部。
そこでは今、一人の少女が屋根上へとつながるハッチを塞いでいた。
自称ヒーローのフィーネマンに追われ、貨物部に飛び込んだ牧野こまりである。
「これで、よしっ!」
ロッカーに入っていたモップとかを使って、ハッチが開かないようにできた。
とっさにやったにしては会心の出来だ。思わずガッツポーズする。
ほっと一息をつくが、まだまだ安心できない。
あの黒いヘルメットの変態は、私がここに入ったところを見ていない。
でも、屋根上から内部に入れる場所はそう多くないだろう。多分。
だから、私がここにいることはいつか必ずバレる。
ハッチからは入れないけど、別のところから入ってこっちまで歩いて来ればいいだけだ。
「どうしよう……」
警察に通報、するべきなんだろうか。なんだろうけど……。
一応スマホを確認する。
「……げ」
スマホの画面は、真っ白のままうんともすんとも言わなくなっていた。
壊れるようなことを……と、思い出す。
フィーネマンに気絶させられた時、背中にバチバチした刺激を感じた。
スタンガン的な何かを使われたのだと思うのだけど、それがスマホをダメにしたのかも。
「フィーネマン許すまじ……何が正義のヒーローじゃい……」
あの変態、言ってることもやってることもヒーローらしさの欠片もない。
ヒーローっぽいのはヘルメットだけだ。
フィーネマンへの怒りをチャージしながら、それはそれとして先のことを考える。
通報は出来ない。
それなら、逃げるか隠れるかするしかない。
ポケットからチケットを取り出す。
これがあれば二等客車まで行けるけど、遠すぎる。
ここから二等客車は、三等客車を全部横切って、二等客車の貨物部も越えてその先だ。
その途中で変態に会う可能性は高い。
じゃあいっそ、ここに隠れる?
ないない、と思いながらも、ちょうど目の前にある鞄はかなり大きい。
中身を出したら私くらい入れそうだな。
なんて、考えてたのが良くなかったのだろうか。
「よっこい、しょ」
その大きな鞄から、本当に人が出てきちゃったのだ。
出てきたのは、パンク? ゴスロリ? なフリルいっぱいだけど露出多めなファッションをした、中学生くらいの女の子だった。
若干苦戦しながら鞄から脱出した女の子が、こっちを見た。
目と目が合う。
なんだか、すごく強烈なデジャブを感じる。
同じくらい、嫌な予感も。
向かい合って、無音の時間が流れて。
「あの、そのチケットを見せて欲しいんですけど……」
女の子はスカートの内側から【赤と青の二丁拳銃】を取り出しながら、何故だかおどおどと要求してきた。
どうやら出会いの運が最悪というのは、フィーネマン一人のことではなかったらしい。
狂った悪人が何人も乗り込んでくる。
フィーネマンが叫んでいた言葉が、何故かはっきりと脳内再生された。
自称ヒーローから逃げた先で、今度は鞄から出てきた少女に銃を向けられた牧野。
少女が何故そんなところに入っていたのか。
時は本日、5月20日の0時ごろに遡る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます