たいして強くない復讐鬼

 互いの正面に目的にがいないと判断した結果、モブの横っ腹をカッキリ……前進。

 咲き誇るは暴、吹き荒れるは武。

 蹂躙されるは弱者、猛り狂うは強者。

 戦場横断によるウォーミングアップは双方が乱雑に済ませていた。

 互いの周りには、階級章と認識票を奪われた弱者達。

 無駄に年だけ重ねた無能の前でガザール人の青年は笑い、同い年であり呪われた苦悩を共有する部下達の前でイビルディアの混血児は憤る。

 ただこの場には適正を示し続けた存在、すなわち若手のホープと呼ばれし二人が向き合っていた。

 武勲と成長は目の前に……それは己がための餌であり贄。

「姓はアスモデウス、叔母より賜りし名はアッシュ。ガザール大公国の少将殿とお見受け致す。」

 リーチ差の源たる身長差は二十センチ以上、幼年期程の圧倒的な格差では無いが年の差四つも重いハンデ。


「ミハイロ・カリーニンだ。銀の三本線で星五つの階級章を見れば貴殿は将官への昇格戦か……もしもし聞こえてますか?」

 戦場で集中力をかくマヌケに疑問を呈すは青年。

 ここで殴りかからないところを、見れば彼はそれなりの家で大切に育てられたのだろう。

 ハングリー精神が足りない人間が孤児な訳無いのだから。

 その名字が、祖父の敵と同じ姓がアッシュの中に溶けていく。

 タッパのデカさを復讐対象からの遺伝と考えれば辻褄もあってしまう。

 それでも同性の他人だったら?等といった当たり前の疑問?

 こんな事を考える時点で、アッシュは復讐にむいていないのだろう。

 そんな常人の価値観は不要で邪魔で……修羅道を歩むには重荷でしか無い。

 だが、産まれながらの弱者は、余計なことを確認してしまう。


「失礼ながら父君の名前はマキシムで……階級は星五大将であったりするか?」

「あぁ、そうだが……イビルディア帝国の軍人は親の名で少佐以降も出世が決まるのか?不純だな。乱世を生きる資格無し!」

 大柄な青年がムッとするのは無理もない。

 周りの人間もそれを他国の人間に聞くとか、馬鹿だろ。と言いきっている。

 戦場で親が誰だの、先祖の階級がいくつだのを聞くのはマナー違反。

 つーか、どんな古今東西聞いていい瞬間は来ないだろう?

 じゃあお前は親の七光野郎なんだ。という愚弄と捉えられても文句を言えないからである。

 事実周囲はタイマンでも無いのに、口撃をするアッシュに呆れ顔。

 トラッシュトークは将官になってから……いや戦う相手が少将だし……関取と相撲を取る取的が大銀杏をゆうのだし、これも別にいいのか?

 

 だが復讐鬼は呵呵大笑。

 だって仇の心に傷をつけられてやれるモン。と悪意に満ちた羅刹の思考。

 それはもう、やられた側がやる側になった瞬間。

 また一人、世界の真理へと近づいていく。

 多くの女と子を作るは強き雄。

 選ばれた女の戦いは正妻の座を巡るだけに収まらず、誰の子が一番優秀かに舞台を移した。

 己ではなく装飾品で戦う事など雄には理解できない感覚であろう。

 産まれた場所がそこだった。という理由で巻き込まれた青年の前に、強姦によって作られた被害者と称するには余りにも猛る光を帯びた目。

 復讐に快楽を求める自己陶酔者はどこまでもおろか。

 事実父親の過去など何も知らない、仇の息子に平然と牙を向いたのだから

 そして彼の行為は加害者と何も変わらない。事に気付いてすらいな……ければどれだけ良かったか

「ミハイロ殿、大望がために死んでくれ。そうじゃないと俺が苦しくて仕方ないんだ。……今死ねすぐ死ね早く死ね!!!」

 だがそうで無ければ汚濁に沈むは己。

 悪意の最終地点に成らぬため足掻くのが人、降りかかる悪意を弱者に押し付けるのが人の性。

 

 挨拶も、互いの心情もそこそこに……格下が格上に殴りかかる。という暴挙。

 乱世の美学に唾を吐きかけた混血児の表情は不気味な事に破顔、崩れるは建前。

 異常者の相手はしたくない。と言わんばかりに長身の青年は、部下に顎で指示を出す。

「ぎゃはは、同格帯だしそれなりの戦果だ。先に仕掛けたのはテメーだ。恨むなよ。」

「ははは、テメーが昇格戦の様に、こっちも昇格戦だ。もらったー。」

「おおお、何だコイツ一瞬で二人をぶちのめした……あっ、俺の番ですよね。やられ役のほうが演技は上手い!」

 どんなに間違った思想に取り憑かれようと、アッシュに意外な才能があってしまった事と、二人の優秀な師から指導を受けた日々は疑いようが無い事実。

 そうで無ければ歴史に名を刻める訳無かろう。

 

 雑魚モブ三人をぶちのめしたところで、主役は、信頼する部下達に対して命令を口にする。

「あのデカイのと一対一タイマンがしたいから頼んでいいか?いやヤれ!」

 アッシュの言葉に、ハイ喜んで!の言葉と心清き者達から返り、低レベルなぶつかり合いが始まる。

 他への移籍がデキナイ、もといする気もない混血児達は誇りを胸に、ひたすら前進と闘争。

 乱戦のなか擬似的な一対一、一応正々堂々と言っても過言でない闘争の場ができあがった。

 二人の距離がゆっくりと間合いへと変わる。

 セオリーガン無視、リーチの差を捨てた予想外の動き。

 すなわちミハイロの膝が敵対する混血児の膝に外から力を加える。

 押し倒して、マウントからのパウンドで終わらせよう。という将官の怠慢が透けて見え。


(やられた。こんなどの流派でも名前がつかないような技術!)

 受けた左官の慢心と油断は初陣からスイスイ来たツケであった。

 弱者程、上手く行くと調子に乗り慢心するのだから……本当に不思議!

 基礎、基本というものは一見誰でもできるように見える。いや実際できる……がその練度はひたむきさと集中力が露骨な程出る地金!

 事実、外への移動はより強い力をいれ無ければならず、脱力もくそもない状態を強いられる。

 故に、基本は内への動きが最適解。


 が!動く方向が分かれば、それなりの一撃を自信持ってぶち込む事ができる。

 多少の窮屈さはあれど青年の利き手による殴打。

 後の先等、この年齢でできるはずも無く。

 相手から振られた一撃が、伸びきる前に自ら当たりに行くのは本能か才能か。

 双方の距離が一気に縮まる。

 即ちリーチ差という概念が長短の意味が逆転。

 圧倒的な程に短躯が有利な間合い。

 前に出した手を相手の体に当てるや否や、後ろ足を勢い良く蹴り、力を正面に解放する。

 腕を振り回す余裕等無いせいか、皮肉にも選ばれた択は同じ。

 すなわちアッシュは体重差による押しつぶしの択を嫌った証明。

 それは逃げであり、復讐鬼にあるまじき命を惜しんだ証左。

 ミハイロは長身が超近距離用の択を持っている事を……早めに示し接近戦への恐怖を刷り込んだ。

 それは思い違いであり、そこまでの技量も相手の精神性も勘違いした証左。


((とんでもねぇモン、仕込んでやがったな。……うん?でも威力はそこまでじゃないな。これならイケるか?))

 ワンインチパンチ、ショートストライク、言葉にすれば他愛もないが、成すのはかなり難しい。

 他にも多数の呼び方があろう技術が双方の距離を押し開ける。

 出来るようになるのは、どれだけの鍛錬を積めば良いか等……考えるまでも無く。

 双方体内に深刻なダメージを与える程の経験値は無かったのか、はたまたそれ以外か?互いが相手につけた評価は想定以下。

 すなわち倒して武功に変えれる。と顔を出すは欲望。

 雄は二匹、己が勝利する決着を目指し、再度接近……とはならず。


 再び空いた距離、リーチ差は己から詰めねばなら無い。

 だが、体重差による押しつぶしは怖い。

 ダメージレースで少々不利を背負ったアッシュは覚悟を決め前進。

 対して、ミハイロは楽に勝てる相手で無い。と冷静な判断を下したのか、リーチ差による遠距離攻撃。

 戻しを意識しているせいか威力はかなり弱い。

 だが、そこから脱出経路を見出すにはあまりにも細い勝ち筋を相手に提示。

 戻し、打つ。というシンプルな逆手の攻撃は、混血児にタイミングをつかませた。

 打ち終わりを迎えにいき、掴んだ腕の肘へと関節技が理想形。

 が、そんなうまい話など……人より腕が多くない限り似たような練度相手には不可能。

 事実、ミハイロの左足が踏み込む。

 即ち腰が入った一撃を叩き込むために右手が前方へ叩き込まれた。

 妥協案をすませた事もありアッシュは後方へ自ら飛びダメージを逸らそう……としてしまった。

 落とし所を見つけ、双方が応援に終始する。

 そんな周囲のイビルディア陣営から、馬鹿ー!!!という叫び。


 女が男を受け入れる光景なら、そんな罵詈雑言はとんだりしない。

 だって実際は同性による闘争なのだから、周囲が罵詈雑言を飛ばすのは当然の反応。

 自分より体格がいい存在の進行方向に重心を投げる。という愚行。

 来て。と言いながら押し倒される事を望んでいるようにしか見えない……同性間ではいや多様性だから平和な時なら良いのだが。

 それは、ミハイロの左手首に対して行われた小手返しのダメージすら、お釣りがくるレベルの有利盤面が痛みに耐える存在には見えた。

 事実、そのまま体重を預ける形でアッシュに覆い被さる。

 不細工な形ではあるが、ここでの選択肢次第でマウントポジションが完成してしまう。

 またがる青年が振るう右手によるパウンドの威力は平時程とはいかないが、またがられた混血児が振るう両手と比べるのもおこがましい。

 上と下どちらが有利か等……喧嘩や性行為を一度でもしていれば分かるだろう?

 何なら手首を可動域以上に曲げられた左ですらそれなりだ。

「泣いて謝ったら許してやるよ。すいません貴方はパパのコネが無くても間違いなく将官に成れる器だと……死にたくは無いだろ?」

 もしこれが盤上競技やゲームなら投降がよぎるであろう。

 そもそも初対面の相手でなおかつ因縁が薄ければ、降伏します。の一言で乱打地獄から解放される。

 事実、五年武の道から外れてもまだ若いだろう?やり直せるよ。という主の真意から的外れも甚だしい外野の声。


 だが、本懐を忘却している彼は、強さに恋い焦がれた思い人、修羅道を歩む鬼。

 ダメージによって弱々しくまどろっこしい動きをする捌きとガードを行う両手がドンドン遅くなっていく……演技

 余計な事等考えず、復讐すらも忘れて脳はただ待っていた。

 ミハイロが、じゃあ死ね。と言って振りかぶられた利き手によるフィニッシュブローがくる瞬間を……

 時は来たれり。と言わんばかりに深手を演じていたアッシュは右手で青年の玉か棒かは分からないがとにかく握り、生物としての当たり前な反射を引き出す事に成功。

 またがる人間の背筋が伸びるのに、合わせて全体重を左に向け、死地から脱出。

 炎症か打撲かの判断は医者に任せる。と即決したアッシュにはアドレナリンの加護が……流石にダメージの蓄積から立ち上がるまで時間を要した。

 一方有利盤面を手放し、くそが。と言うミハイロのダメージは一物と左手。

 脳内麻薬で誤魔化すには片方のダメージが重すぎる。

 ガザール陣営は、降伏してくれ。とはやしたて始めた。

 ここで引けば青年は、五年もの長い月日武術から離れなければならない。

 それは多くのモノを習得する機会を失うだけでは無く、今まで手に入れたモノを手放す事でもある。


 武術は湯のごとし。より高みを目指すからこそ理解できてしまう概念。

 乱世に才能を持って産まれた両者は笑った。

 暴力を肯定し、自分の我を通すため武術に時間を注いだが故に……目の前の存在が積み上げたモノを分かってしまう。

 死ねば全てを失う、それよりはの妥協案が浮かんだが故の行動。

 事実、ゆっくりと青年は再び構えた。

 誰もが予想するは、決着の時が近い……という状況を前に本懐を思い出すは復讐鬼。

(じいちゃんは天満が仇を討ってくれたら嬉しいな。)

 幻聴に対して、死者は黙っていろ!と一喝。

 修羅道を歩む鬼も、強さを求める敵の息子に武芸者として答え、真剣な顔で構えた。

 双方の距離は、今までと違い一瞬で縮まる。

 利き手による重い一撃で、混血児の意識と命を刈り取ろうとするミハイロ。

 両手による圧倒的な連撃で、青年の意識と命を奪い取ろうとするアッシュ。

 

 ぶつかり合うは打撃と意地。

 思い等あって当然、努力なんてして当然!覚悟を決めた雄が二匹。

 双方が味わうは極限状態によるミックスアップ。

 降伏や投降等といった言い訳を二人が並べるはずも無い。

 事実、青年の利き手によるストレートを、アッシュは右手と左手でつかまえ肘を支点に……双方を反対へ力を加えた。

 決着は練度がモノをいう関節技。

 両腕を失ったミハイロが……極技の練度を、鍛錬の濃度を察し笑った。

 その死すらも超越した戦士の意地!

 復讐の前座でしか無かったはずの彼に、打撃じゃ最後まで勝てなかった。と心からの賞賛が主人公から送られ……一つの命が終わった。

「祖国の、家族と同じ墓に入れてやれ!首を晒す事も、死体を恥ずかしめる事も殺した俺が許さん!」

 コイツ絶対復讐向いてないだろうな。とある情報を手に入れ、歩を進める怪物が素直な感想。


 そんな清らかな決着をつけた闘争の場。

 だが、感嘆も憎悪も全てが消し飛ぶ。

 それは突如意味不明な程、激昂する存在に全員がビビった故。

「小僧!自分が何をしたか!分かっているのか?」

 期待していた息子の死に目に、雑兵モブ達を蹴散らしながら向かってきたが、間に合わなかったのは巨漢。

 同じくらいの身長を持つ父の前には、まだ温かい死体。

 一部の才を引き継げなかったミハイロの命は、名前も知らぬ混血児がキッチリと終わらせた。

 修羅道を歩む武人の表情が鬼へと変わる。

(じいちゃんは天満が仇を討ってくれたら嬉しいな。)

 真実に対して、当たり前だろ。とそのために戦っていると言わんばかりに、正当な権利を持つは復讐鬼。


「マキシム・カリーニン!やっと会えた。此度の本命さん。この人はアンタのせいで死んだんだ。ザマァ見ろ!今死ねすぐ死ね早く死ね!」

 意味が分からん事を口走る息子の仇にふるわれるは、単純にして明快な技術の欠片も無い右腕の振り下ろし。 

 怒り狂うガザールの巨人が行うは、技術もくそもないただの一撃。

 先程のダメージかはたまた、先程の成功体験かアッシュは攻撃を受けにいってしまった。

 勝利がもたらしたのは慢心!

──身体が大きいなら力持ちって事だ。

 現世に生きている人間がたまにする勘違いにして、間違ってはいない決めつけ。

 何故なら筋肉の質が同じという前提条件なら搭載できる量の違いでデカイ方が有利だから。──

 父と似たような身長だが、母の筋質を受け継いでしまったミハイロの暴が想像以上に軽かったせいで誤認するは復讐鬼。

 優秀たる雄の一撃で地に伏すはアッシュ。

 筋肉の質と量がもたらすは……上回っている方が勝つ。という当たり前の真理。


 怨敵の攻撃によって土を噛む彼が思い出すは、伯父の親友と叔父から手取り足取り教えてもらった努力の日々。

 絶対強者には遠く及ばない弱者に、優れた指導者がつく時点等……コネ以外にありえない。

 そんな事実から目を逸らしたイビルディア帝国の星五大佐は、何かを勘違いもしくは思い違いをしているようだ。

 努力に勝る天才無し。という言葉は傲慢で不遜なクズ兼、物事を見たこともない競争から逃げた引きこもりが考え出した言葉である。

 だってそうであろう。

 まるで天才が努力をせずに現状維持に終始するという甘えた希望的観測。

 そして向いているから、評価されるから好きになって頑張れる。というこの世で最も有り触れた真実から目を反らしているのだから。

 今の現状は復讐鬼より適正と才能を持つ存在が、ボンクラ劣等負け犬の弱者より努力を重ねた。という事実を当たり前の結果として具現化したにすぎない。

 

 そんな周りが絶句する圧倒的な格下狩り。

 乱世の風習で考えれば、殺した方が恥になるレベル。

 しかし古今東西、身内を殺された人間が加害者に復讐をして悪くいう事は許されない。

 もし、それを悪く言うのならばソイツの過去は汚濁にまみれているのだろう。

 事実、雑兵モブは誰一人止めようとはしないし……何よりも殺されかけているアッシュですらソレは受け容れていた。

 復讐鬼が復讐されるという訳のわからない状態。

 その時、飛来物!

 それはマキシムめがけて回転しながらとんできた。

 手刀一発で地面に落とし止まったモノの正体は、ガザール大公国の軍人。

 人間を手裏剣の様に投げるのは……怪物の膂力。


 肯定された暴力と正統な復讐は一時的に止まる。

 巨人の前に立つは頭一つ小さい怪物フェノーメノ

「イビルディア帝国大将、マーク・ベルフェゴール。そこで無様晒してるガキは血が繋がってない甥なんでね。一対一タイマンよろしいかな?その後は好きにしてくれていい……オレに勝てればな。」

 名前の主が持つは己に対する圧倒的な自信。

 投げられた手袋とハンカチが喧嘩を売っていることの証明。

 それは国際法による決闘の作法。

 敵軍のトップと思われる将プラス、息子の仇を世間体一切関係無しに殺していい条件に、マキシムは首を縦にふった。

 

「叔父上、何勝手な事を!!!」

「「「アッシュ様。ベルフェゴール大将の顔に泥を塗る気か!貴方が武人なら分かるはずです。」」」

 うおぉ!!!一対一タイマンだ!という叫びが双方から、重症の混血児は己が率いる部隊によって外野へ引っ張られていく。

 雑兵モブ達はそれぞれが得意な術式で、楽器や騒音発生機を作り出す。

 馬鹿みたいにかき鳴らされた音は、連鎖していきそれぞれの闘争が落とし所を見つけて終わる。

 戦争法によって、この場で一番立場ある存在が一対一タイマンをする場合、下の人間は速やかに闘争をやめソレを目撃しなければならない。

 事実ゾロゾロ。と音の発生源へ向かって人が集まってきた。

 そして、互いの陣営が混じり合った輪。

 その中心には巨人と怪物フェノーメノプラス二人の書記官。

 腹違いの兄以上に武才が無かった存在と、父から疎まれる程に武才が無い存在……どちらが不幸であろうか?


 いかにも言いたい事がある。と言いたげな顔を双方がしている事もあり、前哨戦の時間が取られる。

 それは互いの心に悪意と憎しみを作り出すための口喧嘩。

「息子と一緒に戦場か羨ましい。まぁ死んでるみたいだけどな……スマンこれ以上は特に何も思いつかない」

 脳筋プラスボキャ貧文盲を地で行くマークが見せた隙。

 そんな狙うべき弱点を逃す様な弱さを優しさと履き違えている負け犬は、この場にいても高みにはいない。

「あぁ、だいぶ冷静になったよアレは我の血が薄かったようだな。そうで無ければ負けた説明つかないし、そもそも子供は他にもいるし戦場を共にするなら別に……何だウヌは子無しか?見るからに精気滾った漢に見えるのだが不能か?いや下半身が二つの意味でカスな者が将官になれる訳がないし……フン随分と質の悪い女に引っかかた様だな。ウヌも子供が欲しいなら我を見習い気に入った女全員に粉をかけるといい。まぁ、真の強者だけに許された特権だがな!」


 ガザール人からは、流石に問題発言じゃないか?と感度が優れ、価値観のアップデートがすんでいる者が騒ぎ出す。

 対して、ウチの大将弱っ!という声がイビルディア人から、叔母上を馬鹿にしやがったなじいちゃんの仇だし惨たらしく殺してやる。と言う声はアッシュから。

 最高の女たる妻を侮辱された事プラス、我が子を大切にしない存在に対してマークは怒りでプルプルし始めた。

「そもそも我等の様な強き雄は子を多く残すのが使命であろう。それとも女共に弱い男と結ばれる事が幸せだ。と嘘吹き洗脳するか?出産というリスクは同じなのに、劣等な遺伝子の存在を孕み、産む事が至上と騙すのか?南の悪魔は随分と残酷な綺麗事をほざくのだな。フンどうせ我の言う事を大半の男が実践しているのだろう?だってそうであろう現世の真実だもんな。オラオラ我は間違っているのか?うん?聞こえていますか?」

 怪物フェノーメノの二つ名が泣いているぞ。と周りが言いたくなる程正義と真実を告げる強者に、耳を塞ぎ背を向けるは情けなき姿。


「はい、それでは長らくお待たせしました。一対一タイマンの場であるメイショ平原が、ガザール領でありますため戦争法に乗っ取り、イビルディア帝国書記官兼星一少佐バジェット・バティンが開戦の合図を務めさせていただきます。」

 前哨戦の勝敗がついたこともあり、乱世のならいはつつがなく行われる。

 怒りに震える負け犬はとっくに背を向けている事もあり、マキシムも同じくデカイ背中を相手に向ける。

 始め!の声で二人は十歩分足を進め、瞬時に反転。

 二十歩分開いた距離。

 その先で支線がぶつかった。


 ヘビー急は遅い。というイメージが何故作られたのか?

 それは軽量級の闘争と違い、ノッソノッソゆっくりと動いているからであろう。

 本当はもっと早く動ける存在でもトップスピードは出さない。

 怠慢と言われても文句を言えないであろう愚行。

 だが、理由は機動力と関係ない場所にある。

 筋肉と脂肪を纏う事で発生するウェイトの増加は攻撃力においては圧倒的な恩恵を与えるが、人間の耐久力は手に入れた火力と比べればあんまりにも伸びしろが少ない。

 だからこそワンパンチで昏倒、勢いがのった状態でカウンターをもらえば白目向いて大いびきという悲劇が起きてしまう。


 それを知っている雑兵ギャラリーたちは乱打戦は起きない。と想像。

 大柄な二人の始動は、ゆっくりと距離をつめていく。と月並みの予想が大多数。

「ぶっ殺してヤる!生きて祖国の血を踏めると思うなよ!!!」

 論破され苦し紛れのフェノーメノ震えた声で意地を張るかな。

 全速力で距離をつめる様子はイビルディア帝国の大将とは思えない程に泣き面。

 こんな情けない顔を晒す雄は感情の制御ができない証明。

 心技体の一要素が完全に欠落している事を、誰もがそう思うであろうし……紛れもない事実。


 エエ?と欠落者に対して口から出すのはマキシム。

 それは己が想定通り、否想像以上すぎるが故の困惑。

 事実、真っ直ぐ正面から利き手でぶん殴ると言わんばかりに引き絞られた左拳がとんでくる。

 へー、その図体で左利きは珍しいな。とうそぶく余裕があるは巨人。

 当然、怒りにまかせたテレフォンパンチ等当たるはずも無く空をきった。

 二メートル二十センチのマキシムが、頭一つ小さなマークにタックルをかます。

 きる、膝をあわせるという択を取れなかった以上、この場にいる半数が想像するはマウントポジションからの決着。

 それは重心の要たるへそに左肩を下から押し当て、足を大地から開放して倒れた瞬間右手によるパウンド、連打をしながらジックリと体制を作ればいい。

 もし、相手が特異体質で無ければその通りになっていただろう。

 

 事実!最高レベルの筋質を持った相手より遥かに背の高い男が、重心下から完璧なタックルをしている。

「オレに地べた這わせたいなら、そんな技術に頼った事なんてせずに金的でもした方が良かったな。バカめ!ボコボコにしてやる。」

 本来ならテイクダウンをとれる攻撃ですら、正常に産まれた個体より何倍も筋肉を搭載できてしまった怪物を倒す事にはいたらなかった。

 特異体質は闘争の世界において、圧倒的なアドバンテージをもたらすのは……語る必要も無い事実であろう。


 とんでもない体幹しているな。と判断し、筋肉ダルマから即座に距離を取るはマキシム。

 という怪物の考えは希望的観測であり、間違いであった。

 っつ!という声と共にマークは一気に足を後ろへ下げた。

 その択は正解である。

 事実もしそれをしていなければ鍛えようが無い股間の一物に、巨人の練度あふれるショートストライクを叩き込まれていたであろう。

「無様だな。そんな虫のような腹をしている以上ウヌが戦士の身体を持って産まれなかった証明だな。」

 衝撃を散らす必要な脂肪すらも、食いつぶす燃費最悪な身体の持ち主は吐血。

 人外じみた腹筋を貫く事はできなかったが、衝撃は間違いなく臓器に重篤なダメージを与えた。

 ボディブローはじわじわ効く?

 いいえ、本当に良いものをくらったら、アドレナリンの加護すらも貫通し腹を抑えジタバタと見苦しく動くのみ。


 事実、マークはのたうち周りこそせずとも怯んでいる。

 痛みがもたらすのは動きと思考の低下。

 敵対者へのダメージを見逃す様な二流が軍の大将に等慣れるはずもなく接近。

 太い左腕が振り回されようが、無傷の時と比べれば攻撃力も選択肢も遥かに劣る。

 そうなってしまえば、打ち終わりを抑えつつ肘関節を決め、いい音を鳴らすのも不可能にあらず。

 自分達の大将がメインウェポンを使えない。という事実がイビルディア陣営を闇に包みここませる。

 香り立つのは敗北。

 全軍撤退すらも頭によぎるモノがいても無理はない。

 諦めのいい性格、もしくは命が一番大事なタイプの人間ならこの場で降伏もありえる。


 が、本来あってはいけない事が起きてしまう。

 折れた左腕を振る。というただの動作。

 それだけでマキシムの巨体が後ろに、即ち重心が意図しない方向に動かされた。

 ハッキリいえば有ってはならないことである。

──古今東西どこにでもある筋肉自慢のおとぎ話。

 それは医術が発達していないが故に、解明されていないだけの超人伝説。

 だが旧文明と治世では、そんなもんミオスタチンに異常があったんだろう。というロマンもへったくれも無い解を出していた。

 科学はロマンとファンタジーをぶっ壊す。──

 人の隙につけ込むは悪意。

 それは他者を出し抜く。というこの世で最も優れた才覚。

 乱世の軍人ましてや将官を務めるものには必須技能。

 何なら治世でも、上を目指すには必要な才能。


 それはもう……予想だにしなかったであろう。

 怪物が持つ人外の力が起こした動きに、マキシムが腰を下ろす事で対応した時。

 巨人の頭部が蹴りやすい位置に落ちた事を確認したマークは、右足で踏み込み!その瞬間軸へと変換。

 そのまま流れるような動きで左足を振り切るは怪物フェノーメノ

 フィニッシュ。と言わんばかりの一撃に対して頭部を守るためとはいえ、左腕を差し出してしまう愚行。

 もしマキシムに後先考えず両腕を差し出す勇気があれば……否それでも生き延びる時間が増えるだけで、勝者と結果は絶対に変わらなかっただろう。


 


 


 

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