終わりが見えるは戦役

 一対一タイマンは文句のつけようが無い決着で終わった。

 父親の遺体に近づく同業者を見るバジェットの目はどこか羨ましそうであり……過ぎた時代を思うモノ。

 最悪、毒親という評価されるべき人間の元に産まれていれば……この様な事はしていないだろうから。

 それに興味すらも無く勝どきをあげるイビルディア帝国陣営に向かって、誰でもいいから応急処置をしてくれ。と響くは間違いなく戦果第一位の声。

 利き腕に甚大なダメージを受けているマークの口から出る音は、アドレナリンの加護が無くなった事もあり震えている。

「ほらお前らももういいだろ?軍を預かる将官同士の一対一が終わったんだ。この後に突っ込んでくる奴には何をしてもいい。と戦争法で決まってるのは知っているだろ?ホラホラ死んだ友人をこの地に埋葬してやるのが一番じゃ無いか?」

 名前も知らない敵の声を聞いたガザールの軍人達は悔しさを飲み込み、叶う事が無いと先の人間が知る一年後の復讐を誓う。


 メイショ平原の戦いはイビルディア帝国の勝利で終わった。

 疲れた体のまま双方がするのは、負傷者の治療と死者の埋葬。

 それはどんなに時代が経とうと、文化が変わろうと美しき人間の習性。

 埋葬が終わった事もあり、折れた左腕をギプスで固定したマークは部下を集める。

「さて、全員分済んだか?今は他国の地で眠ってもらうが……まどろっこしいな。オレ達が全ての大地にイビルディアの旗を立てる。だから今は他国の地で眠ってくれないか?あぁここにイビルディアの旗が揺れるのを楽しみに待っていろよ。」

 彼は軍を預かる者、即ち他者の命を預かっていた者として思いの丈を告げるのは当然。

 その言葉に真摯に向き合うは生き残った者達。

「全員黙祷!!!」

 宗教国家たるイビルディアは、戦って死んだ心清き者達に対して、あの世でも幸せに。と告げた後……生者全員が大将の命に従った。

 その様子を最後の敬礼を終わらせたハザール大公国の軍人達は、あの世なんてあるわけ無いのに。と不思議そうな顔で見ながら、国際法に従って兵糧を譲り渡すタイミングを伺っていた。

 

 ウオオ!俺の望みが一つ叶ったぞ!!!とバカみたいな声で騒ぎ復讐を喜ぶはアッシュ。

 彼には、自分の手で殺したかった。という気持ちは少なからずあったが、仇が死んだという事実に比べればソレは小事と判断。

 影が薄くなっていた主人公が喜ぶ理由を勘違いする部下達は、少将昇格おめでとうございます。と的外れな上に早とちりな事を口にする。

「キイィ悔しいよ。少将を大佐が討ち取った時点で昇格確定じゃん……くそが」

「酒だ。酒をもってこい。あぁ!今すぐ飲みたいの!!えっ、戦果に応じて振り分けられている……ちっ使えねぇな。」

「なぁ、ふと思ったけどガザールの地を切り取ったところで飛び地だろ。これはグレテンにとってのラヴァオンと同じ……な訳無いかウチのモードレッド様はレベチだし独立なんてさせないか」

 つまらなそうにしている他部隊に、凄まじく数を減らしたアスモデウス隊は優越感。

 その時、アスモデウス大佐!ベルフェゴール大将が呼んでますよ。とデジャヴ。

 ここで呼び出しがあるのはおかしい。と誰もが思った。


 バカみたいな量を食うは巨漢。

 利き手と異なる右手を器用に動かせるのは彼が武人であるからであろう。

 事実、素人と経験者の違いは逆手の使い方と使用頻度。

 そんな食事という治療行為を邪魔する様に、アスモデウス大佐入ります。という声が一つ。

 その嬉しそうな声色が、甥の獲物を横取りしたと思っていたマークを安心させる。

 妻の願いを叶えるために死なせたくなかった。とは二つの意味で言いたくなかった事もあり、おお入れ入れ。と嬉しそうな口振り。


「ああアッシュ、随分と楽しそうにしていた所呼び出して悪かったな。」

「いえいえ、叔父上と勝利を祝いたいという気分でもあったので、呼んでいただいてありがたいくらいです。」

 公な立場を除外した身内通しという事もあり二人は乾杯。

 一気に飲み干すと同時にアッシュは、しかし叔父上が利き手を折られた以上これからの戦いが心配ですね。と己が顎に手をやる。

「あぁ、その事ならここからはスイスイ行けるぞ。義父の調略と師匠がラヴァオンの人間連れて横槍いれるから十中八九首都陥落で決着予定。」

 叔父の発言に、ハァ!と驚きを口にするのはアッシュ。

 そもそも国際法にかかるんじゃ?という浮かび上がった疑問に対して

「小競り合いにいちいちお役所仕事丸出しの中央は首突っ込まないだろ?だからその程度の人数、パット見は不利な方が足掻いている様にした上で強者を選抜、そのままイカれた思想に取り憑かれたガザール国民達の暴動に乗じ首都進行……だからこっちが本命っぽくみせるために大将である俺が出てる訳。そもそも徴兵に一番乗りで参加する連中をこっちに引っ張り出した時点で論考物。」

 イビルディアが誇る相国と元帥のイカレっぷりを知っているが故に、そもそも体質の都合状基本的に防衛戦しかでない叔父が前線に出てるという事実、プラスこんな圧倒的な大駒と混迷した時代で無ければ許されない謀略が証明。


「という訳だからもうこれ以上の戦果は望めん。まぁ論考にはまだ早いと承知の上だが……もう十中八九昇格確定の戦果を上げているしな。ようこそ将官の世界へ。さて今夜は飲むぞ。無論主役が付き合わないと言うまいに?」

 嬉しそうに笑う叔父に対して、アッシュは申し訳無さが勝ってしまう。

 イビルディア帝国で産まれていれば、東亜皇国での記憶さえ無ければ……素直に、どこまでも素直に喜べたのに……と。

 相撲でいう十両昇進と同じく左官から将官に上がる際は、片っ端から私物を新調せねばならない。

 そんな事もあり階級章の色が、銀から金に変わるタイミングでは内示が出される。

 まぁ、厳密にいえば出陣前に大まかな昇格条件を明示される故に……率いる軍のトップ限定で

 この時、彼は一時だけ復讐を忘れた。

 史に名を刻む乱世の有名所が、軍に入って一番嬉しかった事は?と聞かれれば、ほぼ全員が将官になった時と答える。

 武という修羅の道で、一人前となった評価がもたらす感情は……何かを達成したモノにしか生の演技はできないであろう。


 代替品がもたらす解放の時は短かった。

(そうなったら十中八九後ろで糸を引いていたアイツは死ぬ。そして復讐を終えるために……俺は一旦東亜皇国に帰る。名残惜しかろうが、武術は……あくまでもここは手段でしかないのだから)

 彼は再び深淵に精神を置く。

 彼の心にある汚濁を、可愛がってくれた存在にすら正直に話せないため。

 それは他人を見下している行為。

 自分を傷付けないための逃避。

 だが、アッシュの欲しいモノは過去にしか無いのだから……否、先にまだ復讐が残っている。

 そんな心中のざわめきを隠す様に、酒をあおる混血児。

 他者の心など、所詮人間には見えすらしないのだ。


 事実、マークは口を開く。

 全く、空気も心根も見えぬが故。

「もうお前は少将になるんだ。いい頃合いだし叔母にあたるベルの望みを叶えるためにも結婚したらどうだ?将官服を含めた支度品の準備も男が手配するのは恥だし、アスモデウスの姓に従う心清き部下達だって独身を上司とは思いたくないだろうし……何よりも運良く子供を授かった未来を想像wtjαmfdjp2569741jtwmdartxβdaq856722687tphjmda@mwγ12896553542687ptjg@amtgmtpam」

 どこまでも、どこまでも世間体一番な話をしてしまう。

 これを血の繋がった人間にすら行う生物がいるのだから……げに恐ろしきは現世。

 やっぱりこの人も俺の事を理解してくれないんだ。途中から何を言ってるか分からないし!と複雑な感情を一瞬で吹き飛ばし、心中で罵るは復讐鬼。


「お前は東亜皇国の空閑天満では無く、イビルディア帝国のアッシュ・アスモデウスだ。……高い評価を与えた祖国を裏切ったりはしないよな?」

 実の子がいない事もあり甥を心から可愛がっていた優しい叔父は、名前の主たる少年の性根を見抜けなくても……薄々次に何かをしようとしている事は察していた。

 こういう局面では嘘をつく以上にやってならない事がある。

 それは、おためごかし。

 相手の事を思って等。と言えば互いの距離は遠ざかるだけ。

「一度久遠の顔を見に、東亜皇国へ帰ろうと思っています。」

 だからこそ真実は告げられた。

 別の雄になびいた女への執着はキショイだけだぞ。と口にするマークの目は冷たい。

 それはもう、自分以下の馬鹿を見下すのだから当然と言わんばかりに。


「そもそも顔と関係が崩れてから会ってないんだろう?金や宝石を送ったところで……側にいたがらない時点でお前の本心はもう冷めてるんだよ。」

 妻の顔が見れない日々がストレスになる怪物からすれば……復讐鬼の言動はどこまでも薄っぺらく。

「弱い雄が何を言っても戯言でしかないですからね。何一つ成してない男が側にいて喜ぶ程イカレタ女ではないですからね……だからこそ強くなった今会ってみたい。この感情が未練なのか、幼き頃の幻影を追いかけているだけかを確かめたい。」

 そこに嘘はなけれど、最低最悪な詐欺師はいた。

「醜くなった彼女から目を背けた事実があるよな?人間過去を隠しとおせるもんじゃないぞ。」

「あぁ、そこは久遠も一度坊っちゃんに乗り換えてるんで、心の醜さは引き分けですね。」

 これだけで余程の鈍感でない限り、アッシュの異性に対する性根を感じ取ってしまう。

 どこまでいっても産まれながらの弱者。

 男の器量をゴミ箱の様に、扱われる事を受け入れた異常者。

 莫大な戦果を上げた訳でも無い一途なストーカー、そんな復讐鬼を日記に刻んだ物好きが、将官服を用意した妻がいる事を、治世の人間は知っている。


「東亜皇国に、帰る。という表現は二度と使うなよ。まだこの呼び方は早いがアスモデウス少将には、イビルディア帝国の軍人として死んでもらいたいからな。文句言う連中はオレが全員黙らしてやるから……必ず帰ってこい!」

 惚れた女が他のモノになるくらいなら!と強姦したマークはこれ以上言えなかった。

 男子が産まれたときのサンプルとして、甥に武術を教えた負い目がある事もあり……多少のワガママは聞いてやろうと判断したのは弱さであろうか?

 それは否強き者の弱さは優しさでしかないのだから。

 この場にある全ての事象に対して、流石に性根がひん曲がった存在たるアッシュですら、ありがたく。と素直に膝をつき拱手。

 酒が注がれる音が彼の耳にはただ心地よかった。


──ガザール戦役が終わるまであと二日。 

 そんな未来、乱世を生きる人間が知る訳も無い事であった。──

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る